18 白い死体
「ここにもいない……」
魔法研究部の部屋には、ルルーシア様はいなかった。
魔道具研究部にも。
「どこにいるの?」
泣きそうになりながら、私は人混みをかき分けてルルーシア様を探した。
フードがめくれないように、しっかりと首元を押さえる。
手首で、リュカ様にもらった金色の魔石が揺れた。
泣いてる場合じゃない。早くルルーシア様を探さなきゃ。だって、リュカ様が私のことを信用して、侍女になるように勧めてくれたんだから。
期待に応えなきゃ。
行列に並んでいる人を見ながら、一生懸命考えた。
ルルーシア様は王室の行事に参加せず、一人でいることを好む。だったら、こんなに人がたくさんいる場所にはいないのかも。
地図を見ながら、人気のない場所を探した。
中庭とか、温室? 魔物飼育小屋?
ううん、ルルーシア様は、虫や動物がいる場所が大嫌いだった。
好きなのは魔法研究と本。
そうだ、図書室かも。
図書室は全部で三つあるけれど、私は離れた建物にある書庫に行くことにした。
書庫棟の門は、開いていた。
男の人が立っていたけれど、こっそりとすきを見て忍び込む。
建物の中に入って、薄暗い廊下を音を立てずにそうっと歩く。階段を登ろうとしたら、上から男の人の声が聞こえた。とっさに、階段下の倉庫の扉を開けて中に入った。
「本当に王女が入ったのか?」
「赤いマントから、金色の髪が見えた」
男たちの話し声が近づいてくる。
ルルーシア様を探しているの?
もしかして、王女様を探している近衛兵なのかな?
一緒に探した方がいい?
出て行くべきか迷いながら、ドアに手をかける。
「!」
後ろから、手が伸びてきて、口をおさえられた。
「静かにして」
不機嫌そうなささやき声で命じるのは、探していたルルーシア様だった。
どうして隠れているんですか?
目で訴えた私に、ルルーシア様は黙って首を振った。
「なんとしても、王女を連れて行くんだ。お嬢様の魔障を浄化できるのは、王女だけだ」
「旦那様は王女様を連れてくれば、一生遊んで暮らせる金を出すと言ってたからな」
「金の問題だけじゃない。魔障の浄化は王族の務めだろう? 俺たち平民の税金で贅沢してるんだ。ちゃんと務めを果たせよ」
「全くだ。浄化できるのは金髪の女だけなんだからな。旦那様はお嬢様のために大金を出すと言ってるのに、拒むなんて。王女は何様だよ。王族がどれほどえらいっていうんだよ」
私の口を押えるルルーシア様の手が、震えていた。
冷たい指先の、長く伸びた爪が私の頬にあたって痛い。
男たちの声が遠ざかって聞こえなくなると、ようやくルルーシア様が手を放してくれた。
「はぁ。もう……」
不機嫌そうにルルーシア様がため息をついて床に座り込んだ。
フードを取って金色の髪をかき上げる。
「なに? あなたも私を責めるの? なぜ浄化をしないのかって?」
「いえ……」
そう答えたけど、本心では、どうしてやらないのか気になっている。
「……使えない」
「え?」
小さい声でルルーシア様はつぶやいた。
「だから、魔法が使えないの。使わないんじゃなくて、私は魔法が使えないのよ」
魔法が、使えない?
「でも、ルルーシア様は金髪で金色の目で……」
「だから、色なしじゃないから使えるはずだって? でもね、私は魔法が使えない」
そんなこと、あるの?
魔法が使えないのは、色なしだけのはずでしょう?
「色なしの定義ってね。三つあるのよ。一つ目は、三原色の色を持たないこと。二つ目は、魔法が使えないこと。三つ目は出産時に母親が死んだこと」
ルルーシア様は指を三本立てた。
「あなたの場合は、出産時に母親は死んでなかったわよね」
「はい。母は、4歳の時に馬車の事故で亡くなりました」
「そう。それに、あなたは魔法が使える。つまり、一つ目以外には当てはまらないから、あなたは色なしじゃない」
私は色なしじゃないの? でも、ルルーシア様だって。
「私の場合、この髪の色は、三原色の赤、青、緑のどれでもないわ」
「それは、だって、金色は光の魔力だから」
「そうね。でも、私は魔法が使えない。それに、王妃は私を産んだ時に死んだわ。私が王妃の魔力を奪ったの」
王妃様は、ルルーシア様を産んで亡くなった。でも、そんな、そんなこと……。
「王妃の死体はね、色なしのように真っ白に変色していたそうよ。まるで、恐怖小説に出てくる、魔力を奪われて死んだ侍女みたいに、髪と目が真っ白になっていたんですって」
まさか! そんなまさか。
「魔力を奪って生き残っても、色なしは魔法を使えない。だから、私は魔障の浄化ができないのよ」
ルルーシア様が色なし?
そんなはずない。
だって、
「魔法を使えないんだったら、他者の魔力を奪うなんてこともできないはずです!」
「普通はそうね。でも、私は王族だもの。聖女の血を引く者。聖女はね、あなたが糸を染めるように、人の魔力を奪って、自分の髪色を変えたって伝説が残っているわ」
「聖女が、魔力を奪っていた?」
「ええ、そう。だから聖女の血を引く王族は、生まれた時だけ、聖女と同じ力を無意識に使えるのかもしれないわ」
「そんなことないです。そんなの、ただの空想です」
「でも、あなたは実際に色を奪ってみせたじゃない」
「違います。奪ってません。私は色を糸に写しただけです」
そんなことできるわけない。だって、そう。糸の色を写すのと、他人の魔力を奪うのは全然違うもの。人の魔力を奪って使うなんて、ただの伝説よ。
「まあ、そうでしょうね」
ルルーシア様は、ふっと笑った。
「そういうことを考えてみたこともあったけど、さすがに辻褄があわないわ。何が原因かは分からないけど、私は魔法を使えない。さあ、どうしたらいいかしらね」
「魔法を使えないことを知ってる人は、他には?」
「知っているのはお父様と、エドモンドお兄様、それから魔法塔の関係者だけよ。ねえ、それで、秘密を知ったあなたはどうするつもり?」
自嘲するように笑って、ルルーシア様は私を見つめた。
王族なのに魔法が使えない。それを知られたら、王族の権威が落ちてしまう。
「私は、ルルーシア様の侍女です! 秘密は守ります」
侍女教育で身に着けた王族第一の教えのおかげで、自分の役割はすぐにわかった。
「あはは、侍女ねぇ。じゃあ。どうやって私を助けるの? 書庫のまわりをうろついているのはね、国一番の財力を持つ商人、バルザック家の者達よ。大事な一人娘が魔物障害にかかって、死にそうなんですって。でも、わがままな王女はその浄化を拒んだのよ」
わがままからじゃなかったのだ。ルルーシア様は魔法が使えない。浄化ができない。だから、仕方なかった。
でも、それを知られるわけにはいけない。それなら。
「私が、おとりになります」
「は? どうやって?」
「マントを取り換えてください。走って逃げて、時間を稼ぎます。その間に、ルルーシア様は逃げてください」
私は灰色のマントを脱いで、ルルーシア様に渡した。そして、赤いマントを奪い取る。
「そんなの無理よ。すぐに捕まるわ」
「捕まっても構いません。色なしの私は、役に立たないから、すぐに解放されると思います」
本当はすごく怖い。でも、私は王女の侍女。何かあった時には、身を挺して主人を守る。サリア先生がそう教えてくれたから。
赤いマントをつけて、フードを深くかぶった。
ルルーシア様は不機嫌そうな顔で、私をにらみつけている。
この方は、誰もがうらやむ金色を身にまとっているのに、魔法が使えないから、ずっと苦しんでいたんだ。わがままなんかじゃなかった。
初めて、ルルーシア様を守りたいって気持ちが湧き上がってくる。
だって、私は侍女だから。金色の王族を必ず守って見せる。
──金の王女様の身代わりになる
淡く光るルルーシア様の金髪を見ながら、自分の髪を全てフードの中に押し込んだ。
「じゃあ、お気をつけて」
そう言い残して、ルルーシア様に背を向ける。
「待って! あなた、それ!」
ルルーシア様が何か言っていたけれど、私は、ドアを開けて、振り返らずに走った。