17 緑の飾りひも
侍女教育に身が入らない。
最近、叱られてばかりだ。
あれから、ルルーシア様は魔法塔にこもってしまって、出てこない。
「身を挺して王族を守ること。これが侍女の心得です」
「王族はかけがえのない存在。一番近くで控える侍女は、常に王族の気持ちを察して動かなければいけません」
サリア先生は、まるで洗脳するみたいに、王族至上主義の教育をしてくれる。
分かってはいるんだけど、ちょっと疑問も生まれてしまった。
王太子は、王族として陛下を手伝っている。そして、妻を三人娶って、黄金の子供を二人作った。
リュカ様は、まだ学生なのに軍隊に身を置き、魔物を討伐している。
でも、ルルーシア様は?
王女としての役割の魔障の浄化をすることはない。
魔法塔で研究をしているって言っても、その研究成果が世に出ることもない。
こんな風に王女様に疑問を持ってしまったことが、顔に出ていたみたい。サリア先生からは、何度も、王族とは絶対的な存在だとの講義を受けた。
初代国王は金髪金目で光の魔力を持っていた。そして、初代王妃は、赤と青と緑に輝く金髪の聖女だった。光の魔法以外にも三大魔法を全て使えたらしい。
建国際では、王族の女性が聖女の杖を使って儀式を行うのが伝統だそうだ。杖にはめ込まれた魔石に光の魔力を注ぎ、金色の光を出現させる。その後、三大公爵家の当主が、それぞれの魔力を注ぎ、杖を三色に光らせて、国の安寧を願う。
王女はその儀式に出ることを拒否しているとか。
みなが敬う光の魔力を持っているのに、どうしてルルーシア様はそれを使わないのかな。
全く、理解できない。
私だったら、もしも私が、魔石を光らせるくらいに強い水の魔力を持っていたのなら。大喜びでみんなに披露するのに。
◇◇◇◇◇
引き出しの中から、カードを取り出した。
今日は魔法学園の学園祭だ。
でも、この招待状を使うことはないだろう。
今日のために、お兄様はずっと忙しくしていた。あれ以来、私に会いに来ることもなかった。
それはリュカ様も一緒みたい。
狩りからはもう帰って来たかな?
学園祭の準備で忙しくしていたの?
カードをしまって、身支度をする。
そろそろ、王城から侍女教育の迎えの馬車が来る時間だ。
昨日の宿題の貴族年鑑が、まだ全部覚えられていない。きっと、今日もサリア先生に叱られるだろうなって思いながら、家の前に止まっている馬車に乗り込んだ。
そこには、赤いマントをかぶった先客がいた。
「ルルーシア様?」
ルルーシア様は、赤いフードの下から私をにらみつけた。
「遅い。早く行くわよ」
「え? どうしてうちに? 行くって王宮ですか?」
「ちがう。魔法学園よ」
魔法学園? ええっ? なんで?
「今日は学園祭だから部外者も入れるのよ。敵城視察よ」
有無を言わせずに、ルルーシア様は御者に学園に行くよう命令した。
いいのかな? 王族が、お付きの者もいないのに外出して。
あれ? この場合、お付きの者って私になるの? まだ見習いだけど、ルルーシア様の侍女だし。ええーっ?
どうしよう。っていうか、灰色のマントを着ててよかった。これでフードをかぶったら、色なしってバレないよね。ルルーシア様も赤いフード付きマントで、金髪を隠してるし。
大丈夫かな? でも、学園にはリュカ様も通ってるから、平気だよね。危険はないよね。
あ、招待状持ってきてない!
招待状は必要なかった。
ルルーシア様がフードを取って金髪を見せると、学園の門番は、すぐさま中に入れてくれた。
そうだよね。金髪は王家の証だから。ルルーシア様の進行を妨げる者はいないって。
「さあ、行くわよ。まずは、そうね。魔法研究部から見ようかしら」
赤いフードをかぶったルルーシア様は、はずむような足取りで、どんどん廊下を進んで行った。私も遅れないように、しっかりとフードをかぶって、一生懸命それに付いて行く。
魔法研究部の部屋に行く途中、飲食コーナーの前を通った。
大勢の人でにぎわっている。こんなにたくさんの人がいたら、誰も私達を気にしないよね。
「ギルベルト様!」
なのに、どうして、一番会いたくない人に会ってしまうんだろう。
ブリーゼさんが、緑の髪を揺らしながら、男子生徒に駆け寄っているのが見えた。
「ここにいらしたのね。ねえ、一緒にお店をまわりませんか? 私のクラスの展示を説明しますわ」
「悪いけど、今は生徒会の見回りが忙しくてね」
「じゃあ、私も一緒に見回りをしますわ。それならいいでしょう?」
「それは、……仕方ないか」
お兄様は、青い髪を一つに束ねて、背中に流している。
見覚えのある緑色の飾りひもが、髪にしっかりと巻かれていた。
ブリーゼさんの色だ。
受け取ってもらえたんだ。
そうだよね。
ブリーゼさんは、あんなにもお兄様が好きなんだから。
お兄様は、ブリーゼさんの気持ちに答えて、プレゼントを髪に結んだんだ。
なんだ……。
二人はうまくいってるじゃない。
契約結婚だなんて言ってたけど、こんな風にブリーゼさんと幸せになれるんじゃない。
だって、結局は、魔力の強い子供を生むことができる人が、求められてるんだから。
後は、邪魔な私がお兄様の前から消えることだけだよね。
ほら、お兄様はこんなに近くにいる私には、全然気が付かないんだから。
腕にブリーゼさんをぶら下げて遠ざかるギルお兄様の背中を、静かな気持ちで見送った。
「アリアちゃん?」
後ろから手をつかまれた。
驚いて振り向くと、帽子をかぶった男子学生がいた。帽子の中から短い金髪が見える。
リュカ様!
「ああ、アリアちゃんだ。よかった。やっと会えたよー」
リュカ様はポケットから何かを出して、私の手首に結んだ。
これは、飾りひも? 私が染めた金色の糸で編まれた飾りひもに、小さな金色の石が付いてる。
腕輪のように金色のひもをきゅっと結んで、リュカ様は満足そうにっこり笑った。
「金眼魔物の魔石を狩りに行ってたんだ。アリアちゃんに会えなくて寂しかったよ」
「金眼魔物?」
「そう、黄金の目をした巨大なヘビ型魔物だよ。王家の森にしか生息していないんだ。ずっと森にこもって探したんだけど、ようやく見つけたのが小さい魔物だったから。小さな魔石しか取れなくてごめんね」
「そんな。そんな貴重なものを、私がもらうわけにはいけません」
「もらってくれないと困るよ。今日は好きな子に、自分の色の飾りひもをプレゼントする日だからね」
「え?」
今、好きな子って言った? まさか、そんなわけないよね。
リュカ様は王子様なんだから。
「アリアちゃんは、一人で来たの? まさかギルベルトと一緒?」
「いえ、私はルルーシア様と……あっ、ルルーシア様?」
見渡したけど、どこにも赤いマントはいなかった。
「どうしよう!? 私、ルルーシア様のお付きで来たのに! ああ、どこに?」
さあっと顔から血が引く。
私はルルーシア様の侍女なのに。
ああ、もう。
自分のことばかり気にして、主人を見失うなんて。
最低、侍女失格だ。
「そんなに慌てないでも大丈夫だよ。ここは学園だし。あ、でも、今日は部外者がたくさん入り込んでるんだったね」
「私、探してきます!」
群衆に分け入って、廊下を進もうとする私を、リュカ様が追いかけてくる。でも、途中で帽子が脱げて、王子だってバレて、皆に囲まれた。
私はそれを横目で見ながら、ルルーシア様が向っていた魔法研究部の部屋を目指した。