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13 水の魔力

「少しは見られるようになったわね」


 ルルーシア様は私をちらっと見て、そう言った。


 サリア先生の授業は順調だった。

 一般知識がないことに初めは眉を顰められたけれど、最近は、覚えが良いと褒められることも多くなった。


「お茶をお入れします」


 紅茶にジャムをたっぷり入れるのが、ルルーシア様のお好みだ。教わったやり方で、温めたカップに紅茶を注ぐ。

 上手くできてるかな?

 ふと、視線を感じて顔をあげると、ルルーシア様が私の髪留めを見ていた。


「黄金の髪飾り。それはどうしたの?」


「リュカ殿下から渡されました。侍女に支給されるものだそうです」


「お兄様が? あはっ。何それ? そんな高級品を侍女に支給するわけないでしょう」


「え?」


 どういうこと? 支給品じゃないの?


「あの、これはお返ししておきます」


 きっと、髪飾りをつけてない私を憐れんだリュカ様が、支給品ってことにしてくださったんだ。気を遣わせてしまったみたい。髪飾りは、お兄様にもらったものをたくさん持ってる。でも、全部青色。ブリーゼさんのせいで、青い物は身に着けにくくなったから。


「別に返さなくてもいいわよ。そんなことしたら、お兄様に失礼よ」


 ぷいと視線をそらして、ルルーシア様は手元の本を読む。表紙には、『魔法学第245巻』と書かれていた。

 245巻目の本? すごいな。1巻から読んだのかな?


 することが何もないので、私も近くの椅子に座って、教本を読むことにする。


『王族と光の魔法』この本には、王族がどれだけ尊い存在なのかが詳しく書かれている。貴重な光の魔法は王族にしか使えないのに、王族はどんどん人数が少なくなっている。大切な王族を守るため、常に王女様の側に控えて、いざという時には身を挺してお守りしろと教育を受けた。魔物がこの国に入ってこないのは、光の魔法のおかげなのだから。


 ちらりとルルーシア様の横顔をのぞき見する。軽くカーブを描いた淡い金の髪が頬にかかっている。


 ルルーシア様には、まだ婚約者がいないそうだけど、どこかの公爵家に降嫁されるのかな? それとも、大公家の誰かに嫁がれるの? 

 王太子様には去年、男の子が二人生まれた。二人とも魔力が多かった。それでルルーシア様には、自由が与えられているって聞いた。でも、王族だから、政略結婚は免れないよね。

 私の視線に気が付いたのか、ルルーシア様が顔をあげた。


「今日の侍女教育は終わったんでしょう? もう帰ったら? 側に人がいると集中できないの」


「はい。すみません」


 ルルーシア様は一人でいるのを好まれるから、やっぱり邪魔だったんだ。私は素直に帰ることにした。




「もう帰るの?」


 部屋から出たとたん、声をかけられた。リュカ様だ。


「送っていくよ。それに、ちょっと頼みもあるから」


 リュカ様は私の手をとって歩き出す。


「殿下、ダメです。私は侍女ですから」


 王子と手をつないで歩くなんて、周囲に見られたらひんしゅく者だ。ほら、すれ違う人が頭を下げた後、私のことをさげずむような視線を送っている。ただでさえ、色なしの私が王宮にいることは、受け入れられないだろうに。


「殿下だなんて冷たい呼び方だな。いつものように名を呼んでよ。それから、」


 リュカ様は私を側に引き寄せる。そして、壁際に寄って頭を下げている王宮の召使たちに向けて、冷たい声をだした。


「彼女は、王女のただ一人の侍女だ。代わりの存在はいない。敬意を払え。これは、命令だ」


 リュカ様の全身から金色の光が漏れだした。つないだ手が一瞬熱くなる。


「っ! ごめんっ! 魔力制御が!……何ともない?」


 あわてた様子で、手を持ち上げられて、確かめるように指で触られる。廊下にいた近衛騎士や侍女たちが、ぐったりと床に座り込んでいるのが見えた。


「良かった。魔力抵抗が高いんだね。そうか。……やっぱり君は色なしじゃないんだね」


 リュカ様がつぶやいた言葉が、小さくて聞き取れなかったので、確認しようとしたら、すぐ近くで金色の瞳が輝いていた。


「じゃあ、行こう。邪魔者もついてこれないようだしね」


 手をぎゅっと握られて、引っ張られるように駆け足で、私は馬車まで連れていかれた。

「これでいいの? おかしいな。糸にならないんだけど」


 リュカ様は、バケツにいれた魔物蟹の巣をかき交ぜた。

 その様子をみて、私も首をかしげる。リュカ様が水の中で、ぐるぐるかき回すたびに、巣がボロボロと崩れて、小さなかけらが浮いてくる。


「俺には無理みたいだ」


 リュカ様は、ため息をついて、右腕を水の中からだした。



 王宮を出た後、リュカ様は魔物蟹の糸が欲しいと言って、家について来た。

 今はないと言うと、自分で作るって言いだした。

 王子様にそんなことをさせてもいいの? 

 でも、もう礼儀とかは、今更って気もするし。

 侍女教育で王族に対する礼儀作法を習った時、さっそくリュカ様に実践したら、ものすごく機嫌を悪くされた。

 そして、二度とそんな態度はとらないようにって命令された。

 だから、仕方ないよね。


 ボロボロになった巣は、もう使い物になりそうになかったから、取り除いて別の巣を水につける。袖をまくって、バケツに腕を入れて、ぐるぐるとかき回す。白い巣の塊は、すぐにほどけて、キラキラ光る糸になる。


「へぇ。すごいね。ねえ、これって特別な水を使わないとできないんだよ」


「え? 私は、普通の井戸水を使っているんですけど」


「うん。あれから調べたんだけど、魔物蟹の巣を糸にできるのは、魔法で出した水だけらしいんだ。青い魔石の水の魔力で、魔物蟹の巣はほどけて糸になるそうだ。だから、きっと無意識にアリアちゃんは水の魔法を使ってるんだよ」


 魔法!?

 私は糸を作る魔法を使っているの? 糸に色を付けるだけじゃなくて、糸を作る魔法も?

 それが青の水の魔力?

 私にも、お母様とお父様と同じ、青の水の魔力があるの?


 リュカ様の言葉に胸が熱くなった。小さな灯がともったように。ほろほろと熱いものがほほに流れ落ちてくる。


「! アリアちゃん? どうしたの?!」


 突然、笑顔で泣き出した私にリュカ様は、びっくりしたように側に来て手を握った。水につけていたせいで、冷たくなった私の手を、リュカ様の熱くて大きな手がすっぽりと覆って温めてくれる。


「私、嬉しくて……」


 私は、水の魔力を使ってるんだ。ちゃんとお父様とお母様の子供なんだ。髪の色は青くなくても、両親の血を受け継いでるんだ。


 そのことを教えてくれたリュカ様に、

 ありがとうって言おうとしたら、


 ゆっくりと、金色の瞳が近づいてきた。


「!」


 息をのんで固まっていると、


 リュカ様の唇が、私の頬に触れた。

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