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1 空よりも蒼く

 ブラウローゼ公爵家の薔薇は、色鮮やかに咲き誇っている。


「赤、黄色、オレンジ! 欲しかった色が全部あるわ!」


 ポシェットから白い糸を取り出す。そして、薔薇の花びらを見つめて念じる。


 ──この美しい色に染まりますように


 さあっ

 白い糸が、一瞬で真っ赤に変わる。


 魔物蟹(まものがに)の巣から紡いだ糸だ。蟹に似た姿の魔物は、柱と壁の間に巣を作る。それを取って、粘液を洗って乾かすと、丈夫な白い糸になった。


 その真っ白な糸を、高級刺繍糸にも負けないくらい綺麗な色に染色する。

 これは私にできる唯一の魔法。


「後は、青色ね。でも、青い薔薇はないわよね。ああ、今日の空の青に染められたらいいのに……」


 まぶしい太陽に目を細めながら、雲一つない澄み切った青空を見つめる。

 でも、どんなに念じても、手に持った糸は白いままだ。


 生きていないものからは、色をもらうことはできない。



「アリア。ここにいたのかい?」


 突然、後ろから名前を呼ばれた。振り向くと、そこには、青い髪の青年が立っていた。空よりも蒼い髪の美貌の公爵令息。


「ギルお兄様! お誕生日おめでとうございます!」


 従兄のギルベルト・ブラウローゼ。公爵家の嫡男だ。子爵令嬢の私にも、いつも優しくしてくれる。

 大好きなお兄様を見て、自然に笑顔になる。


「アリアからの祝いの言葉が一番うれしいよ。来てくれてありがとう。会場には行かないの? アリアが好きなレモンケーキを用意させているんだよ」


「だって、私が行ったら、きっとみんなは嫌がるもの」


 せっかくのお誕生日を、私のせいで台なしにしたくない。


 ギルお兄様の青い瞳から目を反らして、握りしめた自分の手を見つめた。指の隙間から見える糸は青く染色されている。


 ! 


 ああ、どうしよう! 

 お兄様の青に染めてしまった。


 あわててポシェットを開けて、青糸を突っ込んだ。なぜかいけないことをしてしまったみたいな気持ちになる。代わりに、中からハンカチを引っ張り出す。


「これ、誕生日の贈り物です!」


 お兄様の手のひらの上に置いたのは、一月かけて刺繍したハンカチだ。

 貧乏な私には、誕生日プレゼントを買うお金がなかった。だから、自分でハンカチを縫おうとしたのが、この色を染める魔法に目覚めたきっかけだった。


 魔物蟹(まものがに)の白糸でハンカチを仕立てた後、刺繍糸を切らしているのに気が付いた。


 ──庭の草で、この白糸を染められたらいいのに


 と思ったら、綺麗な緑色の糸が出来上がっていた。魔物蟹の白糸は染めることは不可能だから、これはきっと魔法の力。


 でも、このことは誰にも言うつもりなんてない。

 色なしの魔力なしの令嬢として、存在しない者扱いされていた私のことなんて、どうせ誰も気にも留めないから。

 それに、ただ、色を染めることができるだけの魔法なんて、知られてもバカにされるだけだもの。水や火や風の三大魔法が使えない私なんて……。


「すばらしい! 本当に美しい! まるで治癒草(ちゆくさ)がハンカチの上に置かれているようだね。これをアリアが作ったの?」


 お兄様はハンカチを広げて大げさに喜んでくれる。

 何を刺繍していいのか迷って、治癒草の姿をそのまま刺繍した。扇型の葉、放射線状に模様を描く葉脈、産毛が生えた長い茎。私にとっては、これが精いっぱいで最高の作品。


 満面の笑顔になったお兄様は、いつものように私をぎゅっと抱きしめた。

 しっかり筋肉のついた胸板が頬にあたり、恥ずかしくなる。私はもう13歳なのに、3つ年上のお兄様にとっては、いつまでも小さな従妹のままなのね。


「大好きなアリア。また痩せたんじゃない? ちゃんと食事はしないといけないよ?」


 お兄様は私をひょいと抱き上げて、薔薇のアーチの側の椅子におろした。そしてすぐ隣の椅子に座り、恥ずかしくてうつむいている私の顔をのぞき込んだ。


「最近、体調はどう? アリアは魔力がないんだから、無理をしてはいけないよ。何かあったら僕に言うんだよ」


 お兄様は私の頭に手を置いて、ゆっくりと髪をなでた。背中まで伸びている髪は、魔力なしの銀色だ。


 魔力が髪と目に宿る貴族の中で、銀髪に銀色の瞳で生まれた私は、色なしとして忌み嫌われれる存在だ。



 赤の髪と目は火の魔力、緑の髪と目は風の魔力、青の髪と目は水の魔力。

 貴族は、このどれかの系統の色を持つ。


 青の公爵家の青い髪をしたお兄様は、水の魔法を生まれ持つ。私のお母様も青色でお父様は水色だった。それなのに、二人の間にできた私は、色なし。


 幼い時に亡くなったお母様と、病気で死んだお父様。もしも、私が無色として生まれなかったら、二人はまだ生きていたのじゃないかって。

 魔力なしの無価値の私なんかが生まれたせいで……。私は自分が大嫌い。


「私は、水の魔力を持っていないから、お兄様に迷惑をかけちゃダメだから……」


「ああ、かわいそうに。迷惑だなんて思ってないよ。アリアは僕の大切な妹だ。誰かに何か言われたのかい? アリアはこんなにかわいいのに、そんなことを言う者を気にする必要ない」


 お兄様は私の手を取って、両手で覆ってぎゅっと握った。


 お兄様だけが本当の家族のように接してくれる。


 両親の死後、お父様の弟が子爵家を継いだ。私を養女にしてくれて、王都の館に住まわせてくれている。通いのメイドの給料も払ってくれている。

 でも、領地に住む叔父一家には、ほとんど会うことはない。私が生まれたせいで、めちゃくちゃになった子爵家を立て直すのに忙しいのだ。


 私に優しくしてくれるのは、美しいギルお兄様だけ。


 ……でも、いつまでも甘えていられるわけじゃない。


 お兄様の温かい手のぬくもりを、忘れないように心に刻み付ける。こんなふうな触れ合いも、今日限りにしないと……。


 だって、お兄様には婚約者ができたのだから。


 今日のパーティで、お兄様の婚約者が披露される。


「ギルお兄様、あのね、」


 お兄様と婚約者の邪魔になりたくない。

 だから、もう公爵家には来ない方がいいのかな? そう聞こうとしたのだけど、


「うん?」


 こっちを向いて微笑むお兄様の瞳が、あんまりにも綺麗に青く輝いていたから、次の言葉を続けられなくなってしまう。


「ううん、何でもないの」


 もう少しだけ。

 お兄様が結婚するまでは、毎週のお茶会を続けたい。それくらいなら、婚約者の人も許してくれる?

だって、お兄様にとって、私はただの「妹」なんだから……。


「アリア。少しだけ待っててほしい。婚約したことで、父の許しが出たから……」


 お兄様は私に顔を寄せて、内緒話をするようにささやいた。触れそうなほど近い綺麗な顔に、体がかっと熱くなる。

 伯父様の許し? 何のこと? 言っていることが全然頭に入ってこない。吐息が耳に触れる。


「……だから、これからもっと一緒にいられるように……」


 お兄様から薔薇の香りがする。ううん、これは庭園の薔薇。お兄様からじゃない。でも、あんまりにも甘く香るから、お兄様にくらくらする。



「ギルベルト様! こちらにいらしたのですのね!」


 突然、甲高い声が響いて、私達はパッと距離を取った。


 緑色のくねくねした髪を揺らしながら、青いドレスの女の人が走ってくる。きっと、お兄様の婚約者になったブリーゼ・ヴィント伯爵令嬢だ。


「皆が探し回ってましたのよ。って、何をしてるんですの!?」


 ブリーゼさんは、お兄様と手を繋いだままの私を見て、緑色の目をつりあげた。


「ギルベルト様から離れなさいよ!」


 ブリーゼさんが私の腕をつかんだ。そして、無理やりお兄様と引き離される。


「ブリーゼ嬢! 何をするんだ」


 お兄様は私をかばうように立ち上がり、ブリーゼさんをにらみつけた。


「浮気なんて、あんまりですわ!」


「何を言ってるんだ!? 彼女は僕の従妹だ! 妹のような存在だ」


「従妹?! この子が? うそよ。だって、従妹は色なしだって言ってたじゃない……。だって、全然子供じゃないわ!」


「アリアは奇跡なんだよ。この年まで、元気に生きてくれている。髪と目も、白ではなく美しい銀色だ。僕の宝物だよ」


「そんな……。色なしは病弱で成長できないはず……」


「アリアは、健康だよ。でも、かわいそうな子なんだ。無色で、魔力なしだからって、苦しんでいる。両親を亡くして寂しい思いをしているんだ。彼女を守れるのは僕しかいない。君が僕と結婚するのなら、契約通り、彼女には優しくしてあげてほしい」


 かわいそうな子。

 ギルお兄様の言葉に、悲しくなる。私はかわいそうなの? 私が寂しい子だから、お兄様は優しくしてくれるの?


「でも……だって……色なしは、病弱で子供のうちに死ぬっていうから……だから私、承諾したのに」


「なんてひどいことを言うんだ!」


「ち、違うわ! あなたがいけないのよ。婚約発表の時間なのに、私のことを放って、こんな子と二人きりでいるなんて! みんなあなたを探してるのよ!」


「ああ……そんな時間か」


 お兄様は顔をしかめてため息をついた。そして、私の頭をなでた。


「ごめん、アリア。もう行かないと。メイドにケーキを持って来させるから、ここでゆっくりして行くといいよ。また、来るからね」


 そして、私の頭にキスを落として、パーティ会場に向って行った。

 ブリーゼさんは小走りにその後を追いかける。

 でも、途中で立ち止まり、振り返って、緑色の目で私をにらみつけた。

 彼女の唇が「消えろ」と声を出さずに動いた。




 魔力なしの無色の子は、すぐに死んでしまう。

 魔力を持たないせいで、体が弱く、子供のうちに儚くなってしまうのだ。

 今まで7歳を超えて生きられた子供はいなかった。


 でも、私は無色だけど、魔力なしじゃない。だって、糸を染色できたもの。染色不可能の魔物蟹の糸を、鮮やかな薔薇の色に変えることができるのだから。


 だから、本当は魔力があるんだと思う。


 でも、……。

 それが何になるっていうの?

 私の髪と目の色は、「色なし」の銀色。セレスト子爵家の娘なら、水の魔力を持つのが当然のことなのに。私は、ただ、魔物蟹の糸に色を付ける魔法が使えるだけ。

 恥ずかしくて、そんなことは誰にも言えない。


 ポシェットから白い糸を取り出す。

 早く全部染めてしまおう。白色なんて、大きらい。

 綺麗な薔薇の色に、全ての糸を染めつくそう。

 無色なんかじゃない鮮やかな色に、全部変えてやるんだから。


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