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「せ、せせせせせせんぱい!? 顔は!? 顔は!?どこいったんです!?」

 雅先輩、走るの早い!


 体育の成績がそれほどよくない私は、うっかりすると距離を開けられてしまいそうになるから、必死に雅先輩の背中を追いかける。


「せんぱぁいっ! まって! まってくださぁいっ!」


 走りながらも声を大にして雅先輩に呼びかける。


 雅先輩は私のことなんて無視して、ひたすら走る。


 小さな住宅街の小路を走り抜けていく雅先輩に、私は息を切らせながらも距離をこれ以上離されないように必死に足を動かした。


「せんっ! ぱいっ! まっ!」


 走りすぎて、喉の奥から錆の味がしてくる。


 こんな全力疾走、マラソン大会でもやったことがないよ……!


 知らない町並みを、雅先輩の背中を追いかけて走る私は、不意に、視界の端に捉えたカーブミラーにトラックが映るのを見てしまう。


 十字路だ。


 雅先輩が飛び出――。


「待ってっ!!」


 その手を掴んで引き戻した。


 トラックの存在に気づいた雅先輩が足を弛めてくれたお陰で、追いつけた。


 二人して、肺に足りない酸素を送るべく、肩で息をする。何度も深呼吸を繰り返した私たちは、二人で道端に座り込んだ。


「せ、せんぱ……っ、あしっ、はやっ!」


 あーもう、全然呼吸が整わない!


 ぜぇはぁと馬鹿みたいに呼吸する私だけど、雅先輩は私なんかよりよっぽど体力があるのか、もう呼吸が整ってた。


 だけどその顔は完全に地面を向いていて、どんな事を思ってるのかは分からない。


 ようやく呼吸の整った私は、そんな雅先輩の手を握る手に力を込める。


「先輩、こっち見て。顔を見せてくださいよ」

「……」

「先輩」


 雅先輩が、頭を振る。


 だけど私はその頬に手を添えて、無理矢理にでも顔を上げさせる。


「下向かないでください。お母さんとはきちんと話し合いを……っ、て、え?」


 無理矢理上げさせた顔に、私は絶句した。


 のっぺりとして、凹凸のない、のっぺらぼう。


 雅先輩の顔が、なくなっていた。


「せ、せせせせせせんぱい!? 顔は!? 顔は!?どこいったんです!?」


 おそらく眉がある辺り? そこがへにょりと少しだけ皺が寄った。

 ええええ、ちょ、どっ!? どういう状況!?


「お、おお落ち着きましょう、先輩! とりあえず顔を! 顔をなんでも良いので創造してください! アッ、校章取った方が特殊能力使いやすいですかね!?」


 慌てて雅先輩の赤いリボンを取ろうとした私を、雅先輩が手を上げて制した。


「えええ……ど、どうするつもりです? というかその顔で、目、見えるんですか? さっきから言葉も話さないし、鼻もないから呼吸も……ええっ、どうなってるんですか先輩ぃぃいっ!」


 大変なのは雅先輩本人なんだって思うけど!


 でも顔があると思ってた人に、まさかの顔がなかったなんて私の方が衝撃が強すぎてついつい道のど真ん中ってことも忘れて大騒ぎしてしまう。


 私の訴えに、もぞもぞと顔の表面がうねる雅先輩だけど……全然、全く、顔が創造される気配がない。


 これはもしかして。


「先輩、特殊能力の制御ができなくなってます……!?」


 へにょりと、先輩が肩を落として、もう一度顔をうつ向かせてしまった。


 ざあっと血の気が引いていく。


 まずい、このままだと非常にまずい。


 この顔のない人を他の人に見られたら、まず間違いなく大騒ぎになる。


 特殊能力の暴走なんて、醜聞にもほどがある。


「と、とにかく、人のいないところへ行きましょう!」


 私の着ていた薄紫のカーディガンを雅先輩の頭から被せて、先輩を立たせる。


 どこに行けば良いのかと足をさ迷わせる私に、雅先輩が私の手を引いて歩きだした。


 どうか誰にも合わないようにと周囲に気を配りながら、雅先輩を隠すように歩いていくと、たどり着いたのは小さな公園。


 また強い既視感を覚えたけれど、公園の隅のベンチに雅先輩を座らせて、私はその目の前にしゃがんで顔を覗き込んだ。


「先輩、顔、戻りそうですか……?」

「……」


 恐る恐る聞くけど、先輩は首を振る。


 時折何かを話すようにくぐもった声が聞こえるけれど、言葉にはならないせいで私に雅先輩の意志は伝わらない。


 おもむろに雅先輩がブレザーのポケットからスマホを取り出す。そして画面をしばらくの間タップする仕草をして、指が止まったと同時に私のスマホに通知が届く。


 通知を確認すれば、雅先輩からのメッセージだった。


『ごめんなさい。せっかく色々としてくれたのに。ふいにするようなことになってしまって』


 メッセージを読んだ私はぶんぶんと首を振る。


 雅先輩が謝ることなんてない。


 むしろ謝らないといけないのは私の方。


「先輩が謝ることはないんです! 私が変に首を突っ込んで、余計なことをしてしまったせいで、先輩が……っ」


 自分で言ってて悲しくなる。


 偶然知ってしまった、雅先輩の秘密。


 全ての発端は、その秘密を暴いて、私が自分勝手に先輩の最善を突きつけて、その気にしてしまったのが悪かった。


「ごめんなさい……っ! 私がっ、私が余計なことをしなければ……!」

『そんなことを言わないで。私は顔を取り戻せて嬉しかった。それは本当よ』

「でも結局は、雅先輩を傷つけちゃったじゃないですかっ!」


 スマホを握りしめて、私は雅先輩に訴える。


 顔のない先輩だけど、なんとなく困ったように笑っているのが分かった。


『これは私たち家族の問題だもの。遅かれ早かれ、向き合わないといけなかった。それを貴女がきっかけを与えてくれただけ』

「でも……っ」

『私の覚悟が足りなかったの。母のことを思えば、雅は死んでいたままの方がよかったと思うわ。でも私は、私が雅であることを取り戻したかった。雅を見つけてくれた貴女には感謝こそすれ、責めるなんてできないわ』


 そうメッセージを送ってくれる雅先輩の顔は相変わらずののっぺらぼうだ。


 本来なら声や表情に乗せられるはずの感情が読めないせいで、そのメッセージも本音なのか建前なのかが分からない。


 何も言い返せずに黙りとしていると、雅先輩はたぷたぷと画面を叩き続ける。


『変なことに付き合わせてしまってごめんなさい。もう日も暮れるから、貴女は家に帰りなさい』

「嫌です。先輩と一緒にいます」

『私は顔が戻るまでは家に帰れないから』

「なら私も一緒にいます。むしろまた戻る顔が分からなくなった時のために、私を側に置いておく方が便利じゃないですか?」


 自分のことじゃないのに、ツンと鼻の奥が詰まった私はそう主張して、雅先輩の座るベンチに並んで腰を下ろす。


 雅先輩から呆れるような気配が伝わってきたけど、案外頑固な私は絶対に譲ったりなんかしませんから。


 私はスマホの画面をたぷたぷと叩くと、くるみ先輩に遅くなるから先帰ってもいい事の旨と、念のために現在地を送っておく。


 それからしばらくは、ぽつぽつと雅先輩とメッセージのやり取りをした。その内に空は色を変えていき、茜色に染まっていた空がとうとう彩度を落として暗くなる。


 公園に数本あった街灯にも、明かりが灯る。


 すっかり日が暮れても、雅先輩の顔は戻らなかった。


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