「すっっっごい、雅先輩です!」
くるみ先輩が持ってくるという写真を気にして、そわそわとした一日を過ごした放課後。
いつもの体育館の横手のベンチで、私と雅先輩、くるみ先輩が集まった。
「さて、お待たせしました! こちらが例のブツになりま~す!」
くるみ先輩が一通の封筒を出す。
薄いこの封筒に、雅先輩の素顔があるのだと思うと、自然と緊張に喉が鳴る。
「さ、どうぞ。開けて開けて~。自信作だから!」
震える手で、雅先輩が封筒を受け取る。
そして封を開けた。
「…………これが、私?」
出てきた写真には、セーラー服の女の子が一人と、ブレザーの女の子が二人写っていた。
セーラー服の女の子はもちろん私。トレードマークの黒い手袋と紫のカーディガンは間違いようもないくらいの私だ。
そうなれば当然、ブレザーの女の子が雅先輩になるわけで。
さらには雅先輩と同じブレザーを着た女の子が、雅先輩に重なって、二重になって写っている。
見えにくいけれど、それでもくるみ先輩の腕が良いのか、私の思念がすごく強かったのか、見慣れない女の子の顔の造形はよく分かった。
今の雅先輩を美少女って言うなら、美人だって言った方がしっくりするような面立ちの人。雰囲気からして全然違うけど、一番の違いは今の雅先輩が垂れ目なのに対し、写真に写るもう一人の雅先輩はつり目だってことだろうか。
それでもどこか、今の雅先輩と同じような、凛とした雰囲気を持っている人だと思った。今目の前にいる雅先輩も雅先輩だけど、たとえ明日からいきなり雅先輩がこの顔で登校してきたってきっと分かるくらいに、雅先輩らしい顔の人。
食い入るように写真を見つめる雅先輩に、私は笑いかけた。
「成功ですね! 先輩、これが雅先輩の本当の顔です! 私の記憶とはちょっと違いますが、でも記憶の中のお顔を大人っぽくしたらこんな感じになると思いますよ!」
「たぶんこれさぁ、サヤちんだけじゃなくて、雅ちゃんの心象風景も混ざってるんだと思うよ~。深層心理に残っていた雅ちゃんの記憶と、大人になった自分っていう理想が反映されて、サヤちんのと混ざったんだと思う。被写体の心象風景って大概反発するんだけど、混ざるなんて滅多にないよ~! いや~、これは我ながらベストショットだ!」
やんややんやと騒ぐ私たちに、雅先輩は震える手で写真をなぞり、一枚、また一枚と捲っていく。
「……そういえば私、こんな顔をしてたわ。そうね、こんな顔だった。私の、顔……」
声を震わせて、雅先輩はうつ向く。
大丈夫だろうかと囃し立てるのを止めてその様子を見守っていると、雅先輩が不意に顔をあげた。
ちょっとだけ潤む瞳を誤魔化すように、精一杯の笑みまで作って。
「ありがとう、サヤ、くるみ先輩。私の顔を思い出させてくれて」
「お礼を言うのはまだ早いです! 雅先輩の本当の顔を見るまでが私のミッションなので!」
まるでここがゴールだとでも言うかのように話し出した雅先輩に、私は待ったをかける。
雅先輩は私の言葉を聞くと、こっくりと頷いた。
「そうね、まだね。ここからが、本番」
雅先輩が大きく息をついた。
胸元の赤色のリボンに指をかける。
オレンジの校章が隠されたリボンが、しゅるりとほどけ、地面に捨てられる。
雅先輩が大きく深呼吸をした。
肺から息を全て吐き出した雅先輩の口許が歪む。
ゆるりと歪んだと思った唇は徐々に形を変えた。
唇だけではなくて、鼻も、目も、目蓋も、眉も、頬の位置も。
全部がじっくり煮詰めたとろみのあるスープのように、じんわりと形や位置を変えていく。
――そうして生まれたのは。
「……どう、かしら?」
「すっっっごい、雅先輩です!」
『雅』という名前に相応しい、凛として上品な雰囲気のある美人な女子生徒。
ツインテールが似つかわしくない顔ってのもそうそう無いよなぁなんてことを思っちゃうくらいの別人だ。
それでもこれが雅先輩だって言われたら納得してしまうような雰囲気のある人で、私はちょっとだけ安心した。
「いやー、全く別人になるのかなって思っていたんですが、そんなことありませんね。なんだかしっくりする顔です」
「そう? なんだか恥ずかしいわ」
「雅ちゃんの、あの可愛い顔に澄ました性格っていうのもなかなかギャップあって良かったけど、こっちはすごい三位一体! って感じ!」
「三位一体って、どれとどれとどれを差すんですか」
「体と心と魂かな! たぶんね、麗ちゃんは体と魂は合ってたんだけど、心がちぐはぐで、それがギャップみたいな感じになってたんだと思う。でも今は、ちゃんと心も体も魂も、全部統一された完全美って感じ!」
くるみ先輩が興奮してそう主張するからか、雅先輩の頬が羞恥ゆえの赤に染まった。
「でも完全美だけど、ちょっとこの髪型は似合わないね~。変えて良い?」
「え、ええ……どうぞ」
「やった!」
「くるみちゃん先輩、手櫛は駄目ですよ! 髪ほどく前にちゃんと櫛も通さないと絡まっちゃいます。はい、櫛」
「お~! サヤちんナイス用意!」
雅先輩をベンチに座らせて、くるみ先輩とあーだこーだ良いながら、今の雅先輩に似合う髪型を模索していく。
雅先輩には私の鞄から櫛と一緒に取り出した小さな手鏡を持たせれば、雅先輩は食い入るようにじっと鏡を見つめた。
「ポニーにする?」
「いや、ポニーだと活発すぎませんか? ハーフアップにしましょうよ」
「えー、でもそれじゃあ意外性が」
「じゃあちょっと手を加えてくるりんぱにします? 表はすっきり、後ろは可憐」
「それやるなら編み込みしようぜ!」
「いいですね、採用」
いやもうごめんなさい、雅先輩。
雅先輩の髪長いので、弄るのすんごい楽しいです。
ついつい、くるみ先輩ときゃっきゃしながら雅先輩の髪を弄ってしまった私は、髪型を綺麗にセットすると満足して密着していた雅先輩から離れる。
編み込み式のハーフアップになった雅先輩は顔周りがすっきりして、その横顔がすごく綺麗に目に映る。
鏡の中の自分と視線を合わせ続けた雅先輩が、ようやく言葉を発した。
「……二人とも、本当にありがとう」
「ふふ、どういたしまして、です」
「いや~、私も良い写真撮らせて貰えたからね!」
くるみ先輩とハイタッチして雅先輩からの言葉を受けとると、おもむろに雅先輩が私とくるみ先輩と視線を合わせるように顔をあげる。
「ねぇ。ここまでしてくれた二人にさらに頼むのは申し訳ないのだけれど……もう一つだけ、お願いしても良いかしら」
「そんな、遠慮しないでください! ここまで来たならなんでもこいですよ!」
「あたしもあたしも! なんかもっと良さそうな写真が撮れそうな予感がビビっと来た!!」
雅先輩が改まった様子で私達に声をかけてくるので、私達も意気込んで向かい合う。
一瞬、言葉を詰まらせた雅先輩は、ほんのりと頬を赤く染めて、恥ずかしそうに睫を伏せる。
「両親に見せるのが、恥ずかしくて。でも二人にはちゃんと見せたいから。どうか着いてきてくれないかしら」
友人として、家に遊びに来てくれるだけでいいから。
そう言った雅先輩に、私もくるみ先輩も一も二もなく快諾した。
私たちの――ううん、私のエゴが、雅先輩を深く傷つけてしまうなんて、思いもしないで。




