「えー! めちゃくちゃすごいじゃないですか!」
「まずはきちんと自己紹介を。私は一年の埴岡清花です」
「私は二年の明星よ。名前は麗で登録されてるわ。でもね、誰にも教えていないけれど、本当の名前は雅というの」
お昼休みの時間はまだたっぷりとある。
私は明星先輩にベンチに腰かけるよう勧めると、複雑な明星先輩の事情について話を聞いた。
「私には双子の妹がいてね。十年前に家が火事になってしまった時、唯一彼女だけ亡くなってしまったの。その亡くなってしまった妹の名前が麗よ」
そう切り出した明星先輩の身の上話。果たして私はこれを聞いていいものなのかな?
だって予想以上に重たい話だ。今日あったばかりの私なんかが、気軽に聞いちゃいけない話な気がする。
でも明星先輩は私の内心なんかお構いなしに話を続けて。
「私はその火事の時に顔に大火傷をしてしまって。でもそれ以上に片割れの妹が死んでしまって、とても辛かった。顔中火傷だらけで、治療が済むまで入院することになってたのだけれど……そんなある日、私の顔が急に治ったのよ」
「急にですか? もしかして特殊能力?」
「そうね。その恩恵だわ」
「すごい! 治癒系の特殊能力なんですか!? えー! めちゃくちゃすごいじゃないですか!」
怪我を治すような特殊能力はとても重宝される。大概は小さな傷を癒す程度のものだけれど、先輩のように顔の大火傷を完治させられるようなものなら、あらゆる医療機関から引っ張りだこになるくらいのすごい特殊能力だ。
だけど、すごい、すごいという私を制するように、明星先輩は首を振る。
「治癒じゃないわ。私の特殊能力は『創造』。治癒した訳じゃなくて、私は粘土で新しいカタチを作るように、新しい顔を自分で造り上げただけだったの。それがこの顔。二卵性双生児だった、妹の顔なのよ」
明星先輩はそう言って、首もとの赤いリボンの端に、オレンジで刻印された校章を示す。
私はその校章と明星先輩の顔を交互に見上げた。
「二卵性双生児ってことは、自分の顔じゃないんですよね?」
「ええ」
「どうして自分の顔に戻さないのですか? しかも名前まで妹さんのものを使って……」
たぶん、本当なら踏み込んだらいけない話なのかもしれない。
でも明星先輩は、ずっと誰かに話を聞いてもらいたがっていたように見えて、私は遠慮なく明星先輩に聞いてみることにした。
そうすれば案の定、明星先輩は何かを諦めたかのように笑って教えてくれる。
「……目が覚めた時、母が生きているのが双子のどちらか分からなくてかなり取り乱していたの。私はその様子で麗が死んだってことが分かってしまって。あの様子だと、妹の死を受け入れられないだろうって思った私は、私が麗の代わりになればいいと思ってこの顔を元に戻さなかった。そうしたらいつの間にか、雅が死んで、麗が生きていることになってたの。取り返しのつかないことになってしまったのに気づいたのは、退院してからだったわ」
おっとちょっと待とうよ明星先輩。
それはやっぱり出会ったばかりの私に話しても良い内容なのかな!?
予想を遥かに上回る由々しき問題に、私の冷や汗が二倍になる。
「それは、本当の話をするべきではありませんか……?」
「何度も言おうとしたけれど、信じてもらえなかった。貴女もこの学園に来たのなら分かるでしょう? 私、この学園に来るまで、自分でこの特殊能力を制御できなかった。だから顔が違うだけで雅だってことも信じてもらえなかった。唯一、父だけは私の言葉に耳を傾けてくれて、私をこの学園に入れてくれたのよ。でも」
そこで言葉を止めた明星先輩は、胸元のリボンをしゅるりとほどく。
オレンジ色の校章が入ったリボンが明星先輩の手から離れると同時、明星先輩の顔が、絵の具を混ぜるかのようにぐちゃりと歪んだ。
ぎょっとしてベンチから腰を浮かせれば、瞬きのうちに、明星先輩の顔がまっ平になって、凹凸も顔のパーツも何もない、福笑いのような、のっぺらぼうのような、およそ人の顔の造形をしているとは言えない物に変わってしまっていた。
ちょっとしたホラーのような状況に、私は絶句してしまって、何も言葉が浮かばない。
ぽかんと固まっていると、またぐにゃりと顔が歪んで、さっきまで見ていた明星先輩の顔が浮かび上がってきた。
「驚いたでしょう。あれが私の素顔。特殊能力を制御できるようになって、元の顔に戻してみようとしても、私は自分の顔が作れない。先生に聞いたら、おそらくは私が自分の顔を思い出せなくなってしまっているのが原因じゃないかって言われたわ」
目を伏せてそう言った明星先輩は、達観的な言葉でそう締め括った。
かける言葉が見つからなくて、私は視線を左右にうろつかせる。
そうしている内に、明星先輩は人形を手に持ち、ベンチから腰をあげた。
「話を聞いてくれてありがとう。もう私のことをミヤって呼ぶ人なんていないと思っていたから、つい、独りよがりに勝手に喋ってしまったわ。ごめんなさい。けれど何かの縁だと思って、貴女だけは私が雅だったってこと、知っていてくれるだけでも嬉しい」
そう笑った明星先輩はとても儚く見えてしまって、私は何かを言わなくちゃと思ったけれど。
でも、結局は次の言葉が出てこなくて、何も言えずに明星先輩の顔を見ることしかできなかった。
明星先輩は「それじゃあね」と言って、この場所から離れていく。
私はその背中を見えなくなるまで見送ってから、ベンチにまた座り直した。
空を仰ぐ。
考えた。
広すぎる空から今私のいる場所を見下ろした時、はたして私は、確かにここにいるはずの自分を見つけられるのかなって。
そこにいるはずの自分を見つけられなかった時、私はどんな気持ちになるのか、まるで想像ができなかった。