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イミテーション・ガールズ!~無貌の未来を取り戻せ~  作者: 采火


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2/13

「明星雅は、死んでしまった私の、本当の名前です」

「あれ? まだ置いてある」


 中庭から続く体育館横の陰にあるベンチ。ふらふらとお弁当の入ったミニバックをぶら下げながら、ランチタイムの定位置にやって来た私は首をかしげた。


 中庭にあるベンチより古いベンチはたぶん、使われなくなって移動されたものっぽい。ちょっと錆びてるし。その上にちょこんとお行儀きよく座っている手のひらサイズの人形。


 昨日のランチタイムの時には既に置かれていたその人形を、手に取ってみる。


 ちょっと古びているけど、丁寧に扱われていたのか状態がすごくいい。麦穂色の髪に綺麗な空色の瞳。サファイアブルーのチュチュのようなドレスを着たその人形は、頭のてっぺんに千切れたストラップの紐が付いていた。


 人形が座っていた場所に私も腰かける。お弁当箱を横に置いて、まじまじと人形を見つめた。


 残念ながら持ち主はこれが千切れたことに気づかないままこの場所を去ってしまったみたいで、昨日はもしかしたら探しに来るかもとここに置いておいた。天気予報は晴れだったし、風もそんなに強くないから、一日くらいなら平気かなと思ってたんだけど……どうやら持ち主は未だこれを見つけれていないみたい。


 ふんふんと頷きながら、私は人形を膝に置いた。


「落とし物として先生に預けてもいいけど、直接持ち主に返してあげれるなら、その方がいいよね」


 私はちらりと周囲に目配せする。


 中庭に近いとはいえ、体育館の陰だから誰も私を見てはいない。


 別にこの学園の中では隠すことではないけれど、なんとなく今までの癖で人目を気にしてしまったことに気づいて、ちょっと苦笑い。


「ま、いいけど」


 そうぼやいた私は、手に嵌めていた黒い手袋を外した。


 手の甲に紫陽花のような可愛らしい紫で校章が刺繍された手袋。これは楠木異能学園に入学するにあたり、義務化された校則に則ってオーダーメイドしてもらった私の制服。


 私が入学した楠木異能学園は、名前の通り特殊能力者のための学校。この校章は学生の特殊能力を抑制するための効果があるそうで、この校章さえ入っていれば制服はなんでもいいらしい。


 実際のところ、私は中学の時に着ていたセーラー服に、この手袋が浮かないよう、校章と同じ色をしたカーディガンを着て過ごしている。この校章入りの手袋さえしていれば、私も特殊能力を無意識に使ってしまうことなんてないのだから。うん、こんな便利なものがあるならもっと早く欲しかったと思ってしまうよね。


 その特別な手袋を外した私は、もう一度人形に手を触れた。


 特殊能力を使うことを意識すれば、私の視界が歪んでいく。


 その歪みに逆らわないで目を瞑れば、目蓋の裏にふんわりとした景色が浮かんだ。


 公園だ。遊具がある。視界が揺れる。黄色のワンピース。女の子の顔が見えた。年は七、八歳くらい? 公園の中で女の子が私を握って、遊具の上を駆け回る。


 「ミヤ!」と声をかけられた。女の子が振り返る。女の子とお揃いの黄色ワンピースが見えたけど、顔までは見えない。誰だろう? 仲が良さそうだけど姉妹かな?


 まばたきをするかのように目蓋を開く。

 映像が途切れて、私はぱちぱちとまばたきを繰り返した。


「……んん、まだきちんとコントロールはできないかぁ」


 できると思ったんだけど、残念。

 思っていたよりも時間を遡りすぎてしまったみたい。


 私の特殊能力は物体の過去を読み取る能力で、生き物以外の無機物の過去を追体験するというもの。昔は気づかず特殊能力を使用していて、周囲の人たちを混乱させてしまっていたんだけど、手袋の校章のお陰で今は無意識下で特殊能力が発動することはなくなった。


 でも発動することがなくなっただけで、まだ見たい過去をピンポイントで見れる訳じゃないし、身体に負担がかかるから長い時間能力を使うことはできない。


 でもこれがきちんと制御できるようになれば、将来的に刑事や鑑定士のような特殊な職業に就職できるくらいの強みになる。だから私はこの学園で自分の能力をちゃんと使えるようにしたいんだけど……まだ入学ほやほやのヒヨコ一年生にはまだまだ長い道のりみたい。


 私はため息をついて手袋をつけ直す。


 持ち主の顔は分かったけど、如何せん、この学園は高等学校にあたる。十歳の幼女が通ってるなんて聞いたこともなければ見たこともない。


 私にできることはここまでかと、人形を隣に置き直して弁当箱を手に取った。


 結論、やっぱり後で先生に届けた方がいい。


 さぁてご飯ご飯とお弁当を広げようとしたとき、ふと視界の隅に何かが映る。


 ローファー。それからすらりとした長い足と黒のニーハイ。絶対領域。チェックのギャザースカート。紺のブレザー。赤いリボン。アイドルのような垂れ目がちの美少女顔。ツインテール。


 私がまじまじと見ていると、美少女はじっとベンチに座る私を見下ろした。


「あの」

「…………」

「何かご用です?」


 じっと見下ろしてくる美少女に話しかけると、美少女はそっと腕を持ち上げた。

 そして私の隣にある人形を指差す。


「それ、返しなさい」


 私は人形を見た。

 それからもう一度、持ち主と名乗り出た美少女を見上げる。


 うーん?


「この人形ですか?」

「そうよ。それ、私のだから」


 目の前に立つ女生徒は記憶に見た女の子とは思えないくらいの美少女だ。むしろ人形の記憶にあった顔の造形の名残がほとんどなくて、まるで別人のよう。お化粧をすれば女は化けると言うけれど、この目の前の美少女は整形してもそんな顔が変わるのだろうかってくらい雰囲気が違って見えた。


 子供から成長して、こんなにも雰囲気が変わる人もいるんだ。


 世の中とは意外なことだらけだと思って、美少女に人形を差し出す。


「どうぞ。お返しします。ずっと置いてあったので、そろそろ落とし物の届けをしようかなって思ってたんです」

「そうだったの、ごめんなさい。落としてから探してたのだけれど、なかなか見つからなくて……助かったわ」

「いえいえ、自分は何にもしてませんよ」


 最初は敵意のように眦をキュッと吊り上げて私を睨んでいたけれど、私がただ居合わせただけだと分かれば、美少女は肩からそっと力を抜いた。


「ありがとう。大切なものだから、見つかって本当に良かった」

「それは良かったです。ミヤさん、次は落とさないようにしてくださいね」

「え…………?」


 気が抜けたからか、つい口からつるっと余計な言葉が飛び出してしまった。


 気がついた時にはもう遅い。お互いに名のりあってもいないことを思い出したのは、目の前の美少女が大きく目を見開いて、私の顔を穴が開くくらいに見つめてからだった。


 人形を受け取り、そのままフリーズしてしまった美少女は、私から視線をそらさない。


 私は気味悪がらせてしまったかと思って、慌てて取り繕った。


「あ、あれ? お名前違いましたか? おっかしいなー、前にそう呼ばれてるのを聞いたことがあったので……。私一年なんですけど、入学してすごい美少女がいるなーって見かける度に目で負ってたんですよ! そんな美少女さんに声かけられるなんてとっても光栄です!」


 誤魔化せたかな!? 誤魔化せたよね!?


 私が慌てて言い訳を並べ立てると、美少女さんはその目元をますます険しくさせた。


 しまった、逆に不審に思わせてしまったのかもしれない。もしかしたらストーカーと思われた!?


 さらなる誤魔化しというか、言い訳を脳内で必死に考えるけれど……その前に、美少女さんが王手をかけてくる。


「……私の名前は、明星あけぼしうららです」

「えっ」


 うっそ、素で名前違うじゃん!?


 冷や汗が止まらない私だけど、同時に一つの疑問も浮かび上がる。


 この人形の持ち主は、記憶で見たものと別の人ってこと?


 え、でも私は「今の持ち主を特定するための記憶」を求めて特殊能力を使った。もし人形の持ち主が目の前にいる人であったら、私は全くもって関係ない記憶を見ていたことになる。


 制御なんて全然できていなかった現実に、自分の特殊能力を過信しすぎていたのかと落胆した。その上、見当違いなことを言って恥をかくなんて……!


 情けないほどに、馬鹿な特殊能力の使い方をしていたのだと痛感し、私は慌てて明星麗さんに謝ろうとして――それより早く、明星麗さんが表情を歪めた。


明星あけぼしみやびは、死んでしまった私の、本当の名前です」


 くしゃりと顔を歪めて、今にも泣きそうな声でそう告げた彼女は、私には想像もできないくらいに大きな何かを背負っているように見えた。




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