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「ゆる、す、わ」

 最後は嗚咽混じりに言葉を吐き出す雅先輩のお母さんの肩をお父さんが抱く。なだめるように声をかけるお父さんに、雅先輩のお母さんはとうとう肩を震わせ静かに涙をこぼし始めた。


 さすがに私も言いすぎてしまったと思って居心地が悪くなっていると、視界の端で雅先輩が動くのを捉えた。


 雅先輩がベンチから立ち上がる。


 その手にはスマホがあって、画面を叩いていた。


 雅先輩の指が止まると、場違いに軽快な音が響く。


 スマホの通知音。


 誰のだろうと思えば、おもむろに雅先輩のお父さんが自分のスーツのポケットを気にし出す。


 私は言葉が話せない雅先輩の代わりに教えてあげた。


「……雅先輩のお父さん。通知を見てあげてください。雅先輩からのメッセージのはずです」

「雅……?」


 目を丸くしたお父さんに、雅先輩はこくりと頷く。

 そしてゆっくりと顔をあげた。


「……!? み、や……!?」

「ひっ」


 雅先輩のお父さんもお母さんも、雅先輩のこの顔を見るのは初めてのようで、二人ともそれぞれの反応を示した。


 驚きか恐怖か、そのまま二の句の告げれない二人に、気まずそうに雅先輩が肩を揺らした。


「雅先輩のお父さん、メッセージを」


 催促するように促せば、雅先輩のお父さんは慌ててスマホを手に取り、画面をタップする。


 そして私たちにも聞こえるように読み上げてくれた。


『お父さん、お母さん、ごめんなさい。これが、今の私の素顔です。』


『私は本物の自分の顔が分かりません。』


『たぶん、私の特殊能力が発動したのは、包帯越しに麗の死を知った時だったと思う。麗が死んだらきっとお父さんもお母さんも悲しむと思ったから。』


『二人とも、確かに喜んでくれた。だけど私は、この顔の代わりに私という人間を失ったことに気がつかなくて。』


『気づいたのが、全部終わった後で。』


『沢山迷惑をかけてごめんなさい。』


『お母さんが悲しんでくれたことを踏みにじってごめんなさい。』


『麗の死をちゃんと認めてあげれなくてごめんなさい。』


『たくさん、たくさん、ごめんなさい』


 それは雅先輩が溜めてきた、心の声だった。


 悲痛な告白に、誰もが息を潜めた。


 震える声でメッセージを読み上げた雅先輩のお父さんは、のろのろと顔をあげた。


「雅……お前が謝ることはない。気づいてやれなかった父さんたちだって悪いのだから。なぁ、お前。認めてやれないか。この子は間違いなく、雅なのだと」

「……みや、び」


 雅先輩のお母さんは堪えるように口許で手を覆うと、その場に泣き崩れた。


「ごめんなさい、ごめんなさい! 本当はっ、あんなことが言いたいわけじゃなかったの!! 雅を悲しませたいわけじゃなかったの!! でも麗だって私の娘で、雅もっ、私の娘で……! 目の前にいるあなたが、どっちなのか、私にはもう分からなくて……っ!」


 子供のように声をあげて泣き出した雅先輩のお母さん。感情の触れ幅が広いこの人にどう反応すればいいのか分からなくて、ついくるみ先輩の方ににじりよる。


 それまで静かに傍観していたくるみ先輩が、私にやれやれと言うように肩をすくめてくるけど、居心地が悪いので避難くらいさせて欲しい。


 じっと明星一家を見ていると、しゃっくりをあげる雅先輩のお母さんが、億劫そうに、それでも迷わず手を伸ばす。


「雅……顔を。顔を見せて」


 雅先輩がぴたりと動きを止める。


 一向に歩み寄ろうとしない雅先輩に、雅先輩のお母さんはおもむろに立ち上がると、ゆっくりと雅先輩と距離を詰めていく。


 僅かに逃げようと思ったのか、雅先輩の足が後方へじわりと下がろうとしたけれど、でもその前に雅先輩のお母さんが雅先輩を捕まえる方が早かった。


 雅先輩の頬を、雅先輩のお母様が両手で包むように触れた。


 凹凸のない、のっぺらぼう。

 妖怪のようなその顔に、雅先輩のお母さんはこつりと額を合わせた。


「どんな顔でも、貴女は貴女よね。……ごめんなさい。私こそ、知らずうちに貴女を傷つけていたことが沢山あるでしょうに。こんな不甲斐ない母を許して……」


 涙をぽたぽたと頬に滑らせながら懇願するお母さんに、雅先輩は。


「ゆる、す、わ」


 ゆっくりと。

 でもはっきりと。


 その口から言葉を紡ぐ。


 全員が顔をあげた。

 雅先輩の顔がある。


 しかもその顔は、妹さんの顔とも、私たちが見つけた顔とも少し違っていて。


 これが雅先輩の本当の顔なのかなって、なんとなく思った。


 雅先輩のお母さんが目を見張る。お父さんも顔が綻ぶ。雅先輩も泣き笑いのような表情を浮かべて、ご両親達の腕の中へと飛び込んだ。






「手がかかる一家だね~」

「野暮なこと言わないでくださいよぅ」


 一件落着だろうという光景へ向けて、ぼそりと水を差そうとするくるみ先輩を私は窘める。


 これから雅先輩がどう生きていくつもりなのか分からないけれど、少しでも肩の荷が降りてくれれば良いと思う。


 人一人分の人生がまるっと入れ替わっていたのを思えば、正道に戻そうとするにはかなりの問題が山積みな気もする。でもどうか、雅先輩が望むように生きて欲しいなと思った。


 私にとっては、最初からあの人は『雅先輩』だもの。

 一人そんなことを考えていると、これまで三人の家族が皆して何かが欠けたままだったなんだなってようやく思い至る。


 雅先輩も、雅先輩のお父さんも、お母さんも。


 いなくなった家族の死を本当の意味で受け入れられないままだったんだ。


 それが今、ようやく乗り越えようとしていて。


 余計なお節介、とも思う。


 だけどもう少しだけ、もう後一つだけ、小さなお節介をさせて欲しくて。


 無闇矢鱈に首を突っ込んで好き放題言った私の謝罪代わりになればいいと思った。


「くるみちゃん先輩、ちょっとお聞きしたいんですけど」

「ん~? 何?」

「くるみちゃん先輩の特殊能力って……」


 私はこそこそとくるみ先輩に耳打ちをする。


 くるみ先輩は私の言葉をひとしきり聞いた後、にししっと楽しそうに笑った。


「なーるほどね! たぶんできるよ! いやぁ、やっぱサヤちん素敵なこと考えるね!」


 くるみ先輩のお墨付きをもらった私は顔をあげる。


 そして未だ家族団欒の中にいる雅先輩に声をかけた。


「雅先輩! ちょっといいですか!」


 雅先輩がぴくりと身体を震わせて私を見る。


 私は雅先輩に、一つの『お願い』をした。




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