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「おーふたーりさーん。雅ちゃんはここですよー!」

 スマホの時計を見れば、もう九時だ。


 さすがに春とはいえ、夜は冷えるこの時間に、私は雅先輩の方に体を密着させた。


「冷えてきましたね」


 私の言葉に、雅先輩は首を上下に動かして肯定の意を示す。


 雅先輩の顔はまだ戻らない。


 このままでは家に帰れない雅先輩に私の家に来て泊まるかと聞いたけど、頑なに首を振るばかりでにっちもさっちもいかない。


 それでも雅先輩を一人にはしたくなくて、街灯だけが煌々と輝く夜の公園で寄り添い続ける。


 どうすれば顔が戻るかな、時間が立てば戻るのだろうかと、私が考えてもよくは分からないことをつらつらと考えていると、ふと私たち以外に人気のなかった公園に、人影が割り込んでくる。


「よっす。どんな感じ?」

「くるみちゃん先輩」


 三毛猫模様の猫耳パーカーをかぶって、首からカメラを引っ提げたくるみ先輩が公園にやって来た。


 私が名前を呼ぶのにつられて雅先輩が顔を上げるけど、すぐに下を向いてしまう。


 だけどばっちり雅先輩の状況を確認したらしいくるみ先輩が、パーカーのポケットに両手を突っ込んで苦笑した。


「特殊能力の拒絶かぁ。これだけ時間かかっても制御下に戻らないって、かなり深刻だよ」

「暴走ではないんですか?」

「うん。暴走だったら校章を所持してれば制御できるんだよ。でも雅ちゃんの場合、校章してても、外してても顔が戻らないんだよね? そうなると暴走じゃなくて拒絶だと思う。暴走だったら今頃、雅ちゃんの顔がピカソになってると思うよ」


 くるみ先輩の言葉に驚いた。特殊能力が暴走することは学園でも真っ先に教えてもらうから知っていたけど、拒絶に関しては聞いたことがなかった。


 目を丸くしてくるみ先輩を見ていれば、くるみ先輩は肩をすくめる。


「拒絶はそんなに大事にならないからね。特殊能力がなくても問題ない人が多いし。ただ……雅ちゃんみたいなのは、大問題だよね」


 まだ顔の戻らない雅先輩が肩をぴくりと揺らした。


 その様子を見たくるみ先輩が、話を続ける。


「特殊能力の拒絶って、深層心理で使用者が特殊能力を使用したくないって思ってるのが原因だって言われてる。年齢を重ねたり、大怪我をしたりして特殊能力を失うのとは違って、心的要因が強いんだ。だから、時間が過ぎるのを待つだけじゃ何も解決できないんだよ」


 くるみ先輩があえて言わなかった、今回の心的要因とやらに思い至って、私は恐る恐る雅先輩を見やる。


 雅先輩は相変わらずうつ向いたままで、ただのその手はブレザーのスカートをぐっと握りこんでいた。


 何か声をかけなきゃと思うけど、雅先輩の背中を押せるような言葉が見つからない。赤の他人な上、今は意志疎通にも難儀する人の心を完全に理解することは難しい。


 夜の冷たい風が吹いた。


 あおられる髪を抑えていると、くるみ先輩が動く。


「と、いうわけで」


 くるりと踵を使って身体を反転させると、公園の入り口に向かって大きく声をかけた。


「おーふたーりさーん。雅ちゃんはここですよー!」


 公園の入り口の向こうから、さらに人影がこちらに向かってやってくる。


 街灯の明かりの元まで来れば、それが一組の男女だと分かった。


 一人は分かる。強張った顔でいる女性はさっき会ったばかりの雅先輩のお母さん。


 ということは、その隣にいるスーツの男性はきっと。


「麗。……いや、雅。顔を父さんに見せてくれ」


 真摯な表情でベンチの前に跪いたのは、雅先輩のお父さん。


 雅先輩に歩みより、視線を合わせて向き合おうとするその姿は、間違いなく親の姿だ。


 だけど雅先輩はお父さんが自分の顔を見る前に、両手で顔を覆ってしまう。雅先輩のお父さんはそれを無理矢理はがそうとすることなく、じっと雅先輩のその姿を見つめていた。


 やがて、ぽつりと言葉が放たれる。


「……雅。お前の友達から全て聞いたよ。特殊能力の話と、顔の話。父さんと母さんは、お前があの不思議な学園を選んだことの意味を正しく理解していなかったよ。……見た目と中身が違うことなんて、幼い頃から見ていた俺たちこそが気づかねばならなかったのにな」


 雅先輩のお父さんは、もどかしそうにそこで口を閉じると、雅先輩の頭にそっと手を置く。


 そしてゆっくりと撫でた。


「父さん達が悪かった。お前に甘えていた。一人欠けてしまったのをお前で埋めようとして、二人ともを蔑ろにしていたな。いつだったか、ちゃんとお前は自分が雅だと話してくれていたのに。……謝ってすむ話ではないと思うが、どうか許してくれ。父さんと母さんは麗も雅も失いたくはなかった。それだけは信じて欲しい。どうか、父さんと母さんが雅をもう一度失ってしまう前に、雅を取り戻させてくれるか」


 雅先輩のお父さんの声は、耳の奥へとじんわり広がっていく優しい声だった。


 夜の静けきった公園で語るには優しすぎて、温かい声。


 これなら雅先輩も心を開けるのではと思った矢先、それを遮るようにして甲高い声が響いた。


「……っ、どうして今さら……! お葬式だって、届け出だって、事後処理だって、全部、全部、やって……! 私は雅の死を受け入れたのに……! なんで、今さら……! あなたが雅だというのなら、麗はどこよ! 今まで麗だったのに、どうして……! あの火事で死んだのが麗なら、雅、あなたは麗を二回も殺すというの!?」

「お前!!」


 目をつり上げて興奮気味に叫ぶお母さんに、お父さんが怒鳴って窘める。放たれた言葉は取り戻すことはできない。


 今の言葉は確実に雅先輩の心を切り裂いた。


 母親のくせに言ってはならないことを言ったその人を、私は睨みつけた。


「っ、雅先輩がどんな気持ちで麗さんになってたのかを知らないのに、勝手なことを言わないでください!」

「貴女……! これはうちの問題よ、他所様の子が口出ししないで頂戴!」

「いいえ、します! 私が先輩の顔を取り戻すのに協力したんです! 私は先輩に悲しんでもらいたかったわけじゃない! あなたに責められるために先輩の顔を探したわけじゃない!」


 拒絶する雅先輩のお母さんに負けじと私も声を張り上げる。


「雅先輩を責める前に、あなたはちゃんと雅先輩の声を聞きましたか!? さっきだって悪ふざけだって言って一蹴しましたよね!? これまでだって、本当のことを話そうとした雅先輩の話に聞く耳を持たなかったんじゃないですか!?」


 話せない雅先輩の代わりなんて烏滸がましいけど、私は私が思ったことを全部ぶつける。雅先輩のお母さんは眦を吊り上げて怒りの形相になっていくけど、私は止まらない。


「先輩は麗さんを亡くして悲しんでました! そしてその面影を求めた結果が、顔を創るという特殊能力の発現なんじゃないですか!? その気持ちはご両親共に同じだろうと、先輩は良かれと思って麗さんの顔になったんだと思います! それを、あなたは!」

「いい加減になさい!」


 雅先輩のお母さんが怒鳴る。


 雅先輩のお父さんが腰を上げて、「お前、落ち着け」と窘めるけど、雅先輩のお母さんは叫ぶのをやめない。


「貴女こそ何も知らないのにそんなことを良く言えるわね!? 娘を失って悲しまない親なんていないわよ! 顔中大火傷をして、包帯をぐるぐる巻きにされて寝かされている娘を見て、生きた心地がしなかったわ! 死んでしまった双子の片割れも同じように顔どころか全身が火傷で判別ができないほどに爛れていて……!! 包帯が取れた時、綺麗な麗の顔を見て、私たちがどれほど喜んだか! どれほど嘆いたか! 貴女には分からないでしょう!?」



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