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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

ご、ごん

作者: 壱原 一

集合住宅の一室に賃貸契約で住んでいる。


築浅で家賃は程々。隣室の住人の騒音が難点だったが、入居者が替わったようで近頃は平穏だ。


概ね快適に暮らしているものの、最近トイレの水を流すと排水管が振動する。


振動して「ご、ごん」と音を立てる。


水を流して数拍の後に低く籠もった音が鳴る。急激に寄せ来る水流に厚い金属管が揺れて硬い建材を叩いている。


流す水は定量なので、音もまた一定に鳴る。床下を這う配管が階下へ至る辺りから、勢いに押され打ち付けられる「ご、ごん」という音が聞こえる。


壁に阻まれてこそいるが音の核ははっきりしている。間近にすればそれなりに大きな音だと思う。


こちらは床下の更に下方からする音なのでまだ良いとして、階下の住人は天井から降り注ぐように聞こえてきている筈で、苦情を寄せられやしないかと薄らぼんやり心配になる。


念入りに掃除したり止水栓を調節したりしてみても変化を感じられない。不動産会社に連絡したところで訴える程の害はなく、罷り間違って在宅時に業者を招いて調査なんてなると面倒だ。


放置を決め込んで間も無く、少し意外な発見があった。


隣室の住人が替わっていない。幾度か見掛けたその人が引き続き隣室を出入りしている。


こちらが家を出る時間帯が隣人の帰宅時間帯になっていたらしい。一時、隣室で盛んに物音がしていた以降に静まったのを、無意識の内に引っ越したと早合点していたようだ。


苦情でも受けて生活態度を改めたか、活動時間が変わったか、何にせよ有難い。


排水管の振動やひっそりした隣室に慣れたころ件の隣人が逮捕された。


夜中に隣室から当人が大声で暴れ回る音がした。尋常でない騒ぎようで、通報があったに違いなく、複数の足音が物々しくやって来た。どうやら然るべき機関の職員達だった。


隣人の大騒ぎはこちらがトイレへ行って水を流した直後に始まったので、よもや我が家の度重なる「ご、ごん」に堪忍袋の緒が切れたのかと肝を冷やした。


けれど職員達に宥め賺されつつ連れ出される隣人の喚声を聞くに、全くの杞憂だった。


隣人は予てから不和が続いていた某と決別してしまい錯乱しているらしかった。


某がまだ自分の傍に居る。怒っている。元に戻ろうと叩いている。


そのような旨を唸ったり叫んだりして連行されていった。


後日、質問を受けた。


施錠せず外出する習慣がないか。ここ暫く施錠せず外出した例はないか。長時間の不在から帰宅した室内に違和感を覚えたことはないか。


俄には言葉が出なかった。想像を絶する。信じ難い。まさかそんなこと。


値上がりしたと思っていた。節水しなきゃと思っていた。


不和が高じて決別し、盛んな物音を経て、小分けに、何度も来たらしい。曲がり角か継ぎ目か、とにかく引っ掛かり、狭まり、流れる勢いが殺到し、揺るがせて鳴るようになった。


床下の建材の隙間を這う、厚い金属管の中に。


ご、ごん


音が耳から離れない。


床を剥がして調べるという。


とにかく早く引っ越したい。



終.

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