2. 新しい贈り物
今日で生まれてから180日・・・
お陰でこの世界のこともほとんど学んだ。
「やァノヴァ、お目覚めかね」
ノーマン・”プリングルス”・ウィラード博士だ。
あだ名の通り、お菓子のキャラクターに似ている。
勿論、僕は話すことが出来ない。
声帯がない...というより、まだに身体を与えられていないのだ。
意思の疎通方法?それは俺の頭脳をスーパーコンピュータと同期して思考をモニター越しに文字にして表示させている。
まぁ昨今の技術にしてはいささか旧い気もするが、なにより巨大な1つ眼と脳さえあれば人は生きられるという証明だった。
『おはよう博士』
「ノヴァ、今日は君にプレゼントがある」
『それはとても楽しみだ』
「...遂に完成したんだよ。人間が人間である為の唯一無二の概念がね」
『僕の探究心を燻っても無駄だよ。何せ心がない』
「そう!それだ。”心”だよ」
心?僕に心をくれるのか。
だが、論理的に考えると感情なんて必要ない。
生存する上で全く必要ないのだ。
『博士、どうして僕に心をくれるんだ?』
「ククク、君にはこの世界を見て欲しい。そして裁定者として決断を下し、新たな境地へ導くんだ。人間と同じ目線で、同じ世界をその進化した力でね」
博士は何かの欲望に取り憑かれていた。やはり心なんてのは合理的な進化の上では無駄な存在だ。確かに僕は身体的にも精神的にも、人間を遥かに凌駕する力を持っている。
しかし、裁定者として世界を導くならそんな無駄な感情や欲望よりも、その瞬間でどれが1番合理的かで決めればいい。
『わかった。とりあえず始めてくれ』
「ああ、もう準備完了だ」
そう言うと、プリングルスは手に持った大きめの注射器を刺してきた。
「痛みを...感じるか?」
『いや、特に何も感じない』
正確には何かが体内を流れているような違和感を感じるが、それをここで伝えても最早意味は無い。
「OK、終了だ」
プリングルスは空になった注射器を置いて煙草に火をつけた。僕はその煙が苦手だった。
彼は2本〜3本と続けざまに吸っている。
あんな害しかもたらさない嗜好品を愛して何になるのだ。人間は無駄が多いとつくづく思う。
コツコツコツ....
「・・・」
近付いてきた、次は何をする気だ?
煙草の煙を充満させた髭男は大きく煙を吸い込んだ。
まさか!
「・・・フーっ!!」
このクズめ!
『何をするんだ!今すぐやめろ!!』
「・・・成功だ!」
言い残して煙草を吸い終わった彼は研究室を出ていった。まったくマッドサイエンティストめ。
僕も静かに目を閉じることにした。
――――――――――――
休眠は超生物の僕にとっても必要なサイクルだった。
脳内でのデータ処理はやはり大切である。
しばらくすると、奥の扉が開いた。
「ハィ、ノヴァ!元気?」
うるさいレディのアヤ・”キャンディ”・ソフィア研究員は誰よりも探究心があった。
あだ名については僕に初めて食べ物をくれたのが彼女であり、それが一粒のミルクキャンディだったからだ。
『こんにちは、ミス・ソフィアご機嫌いかが?』
「あら、貴方から質問するなんて珍しい事もあるのね。おかげで最高に元気よ」
彼女は白衣のポケットからキャンディを取り出して僕にくれた。
甘い。
「イチゴ味、合成だけれど」
『いつか君と外へ出たら食べたいな。本物』
「誰の入れ知恵?まったく博士ったら」
なんだろうこの気持ちは。
今までに無いもの。
感じたことのない焦燥感・・・これが心?
『今日は何しにきた?』
「ああ、遂に人造人間体躯構成図が完成したのよ。今回はノヴァ専用試作品ということで、腕を持ってきたから動かしてみて!」
キャンディは私に直接機械腕と繋がった針を刺した。
『どうやって動かすんだ?』
「そうねぇ...」
ぎゅ!
彼女は僕の手を優しく包んだ。
「今から私の手を握って。勿論、優しくだよ」
握る?
ググッ・・・
これは、かなり難しい。
しかし、指くらいは曲げることが出来そうだ。
グググ・・・!
「そうそう!感じる?これが私の手!ぬくもりよ」
本当だ。
柔らかく暖かい。
今はただの肉塊に過ぎない僕の中に希望の火が灯った気がした。
彼女は直ぐに針を抜いて出ていく準備に取り掛かる。
僕はキャンディの瞳を大きな1つ眼で追いながら、
『また来てくれるかい?』と尋ねた。
「ええ、直ぐに来るわ!またね」
愛想良く笑う彼女の笑顔で僕自身も癒された気がする。これが心というやつか、言うほど悪くないじゃないか。
そんな良い気分のまま、僕はキャンディが来るのを毎日毎日楽しみにしていた。
”あの日”までは・・・