【短編版】「お姉さまはズルい!」という元・しっかり姉で現・可憐な賢者な妹と、「姉ちゃんのほうがズルい!」という元・甘えん坊妹で現・姫騎士志望姉、姉妹も人生も逆転して乙女ゲームもぶち壊す
「お姉さま、ズルい!」
コルネリアは目の前にいる姉、アンジェリカに言い放つ。
「またか、コルネリア」
アンジェリカは溜息を吐きながら、コルネリアの方に振り向く。
コルネリアは姉であるアンジェリカが膝を折り曲げ視線を合わせる顔を真っ赤にしながら俯く。
「どうしたのだ、コルネリア」
「あ、あの、その、お姉、さまは、ズルいです……いつも、一人でお出かけになられて……」
耳まで真っ赤にした少女は彼女の金色の髪によく似合うふんわりと可愛らしいドレスの裾を掴みながら呟いた。
アンジェリカは、苦笑しつつ、髪を通していた手を彼女の熱くなった頬にそえる。
目を見開き、真っ赤になった少女は、湯気が出るのではないかというくらい身体を震わせ見つめている。
コルネリアの大きく開かれた紅玉色の瞳には、美しく凛々しい姉の姿が映っていた。
すらりとしてそれでいてしなやかな筋肉の付いた芸術のような身体、少し吊り目の同じく紅玉色の瞳、鼻も口も顔の形もスマートで、世の男性だけでなく女性までも虜にする神の造形物。
コルネリアは、何故実の姉と自分がこうも違うのかと急に涙が出そうになった。
しかし、そのこぼれそうになった涙さえ、姉の細く長い指が掬い取る。
(もー! お姉さま、ズルい!)
【姫騎士】最有力と言われる姉が羨ましくて仕方なかった。今日も、姉は一人で魔物狩に出かける。彼女は、お供も連れず一人でこっそりと出かけてしまう。
そして、けろりとした顔で、その細剣でどうやったのかと思わせるような大物を倒してくるのだ。
「お姉さま、私も連れて行ってください」
コルネリアは勇気を出して、同行の許可を求めた。
胸の前で両手をぎゅっと握り、上目遣いでこちらを見てくる妹にアンジェリカはたじろぐ。
(く、そ、それはズルいぞ! コルネリア)
ストレートなアンジェリカの髪と違い、ふんわりとゆるくウェーブがかった、天の国の雲のような柔らかな髪、それが包むのは実に女の子らしいかわいい丸い小顔、極めつけに、ぷっくら柔らかそうな唇に、ちょんとのった鼻、そして、誰よりも大きな赤い瞳。それが全てこちらに向いているのだ。アンジェリカは、この天使を傷つけることが出来ようかいや出来まい、と己の心で自問自答し結局いつもの答えに辿り着く。
(それにしても)
と、アンジェリカは、その天使のような顔から視線を下に向ける。両手をぎゅっと握ったその奥には実に女性らしい膨らみが見える。さらに下はきゅっと締まり、さらに下はまたやわらかそうな膨らみ。
「コルネリア……ズルい……」
アンジェリカは、さらに下に視線を下げ、自分の足まで綺麗に見える美しい緩やかな山に涙がこぼれそうになる。そして、気づけば足元にコルネリアが。アンジェリカの足を抱いて逃がすまいと見つめてくる。
「お姉さま! お姉さま……」
「わかった! わかったから! 連れて行ってあげるから!」
そうして、根負けしたアンジェリカの馬に二人で乗り、屋敷から少し離れた魔素が漂う山にやってきた。
ここに来るのは、仕事と修行を兼ねているのだが今日はコルネリアがいるので山の入り口付近で待ち構えることにした。
暫くして、一匹の魔猪が現れる。入り口ということもあり、大型ではなく、コルネリアの背に満たないくらい、アンジェリカの腹程度の高さの魔猪であった。
「ふっ!」
突撃してくる魔猪をものともせず、アンジェリカは一太刀で切り伏せる。
後ろではコルネリアが目を輝かせ、頬を染め、息を呑んでいる。
(かっこいい……お姉さま、ズルい)
その瞬間だった。
他の魔物と戦って逃げてきたのか手負いの魔猪が突然あらぬ方向から飛び出してくる。
「コルネリア!」
アンジェリカが叫ぶ、魔猪はコルネネリアに向かって走っていった。
(くそ! なぜ今日に限って!)
魔猪がコルネリアに迫る。アンジェリカは異常な程に熱くなる身体を前へと必死に動かす。
そして、
「風刃」
魔猪の首がぽーんと飛んだ。
呆気にとられたアンジェリカが妹のほうを向くと、両手から緑の光を放ちながら、コルネリアもまたやはり驚いていた。
「コルネリア、今のは、魔法、か……」
「風魔法、です……本で読んでやってみたのですが、こんなに威力があるとは……でも、私もやりました! お姉さま!」
コルネリアが、ぴょんと喜び、そのあと、首のとんだ魔猪に気づき、慌てて祈りを捧げていた。
(すごい……やさしいかわいいかしこい……コルネリア、ズルい)
コルネリアの聡明さは、家では知らぬものはいなかった。
まだ幼いにも関わらず、あらゆる本を読み、僅かな時間で覚えた。その上、魔法まで使えた。
その後、妹にいいところを見せようと、巨大な魔猪を見つけ一刀両断する姉を、見てズルいと唸る妹を、姉が見て満足そうに微笑んだところで今日の遠出は終了となった。
食料には困らないので、装飾品として使われる牙だけを袋に入れ、二人は再び一緒に馬に乗り帰路についた。
「お姉さまは、あと一年もすれば王立学校へ行くのですね……」
コルネリアは、姉の身体にしがみつき小さな声で姉に尋ねた。
「ああ……【姫騎士】になる為、頑張ってくるよ」
姫騎士。それはアンジェリカたちの住むこの国で最も栄誉ある称号の一つであった。
国で語り継がれる伝説がある。
それは、大地が裂け現れた憤怒の化身が世界を燃やし尽くそうとする時、美しい白銀の剣を携えた女騎士が現れ、その恐るべき存在を剣と魔法によって打ち倒したというこの国の者なら誰もが知る物語であった。
ただ、それはただの伝説や物語で終わらず、実際にその白銀の剣は受け継がれ続けていた。
そして、その剣は都の中心にある王立学校の聖堂、その中の台座に刺さっていた。
何十年かに一度その剣を抜く者が現れ、抜いた者は必ず、国に救いか、さらなる幸福を与えた。
そして、その者こそが【姫騎士】と称えられる存在となる。
この国では姫騎士となる為、女性は武芸と魔法の鍛錬に励み、男性はそれを支えるべく、同じように力を鍛えたり、支援や回復のような魔法を覚えたり、金銭的な援助が出来るよう商才を伸ばしたりしていた。
「お姉さまは……きっと……【姫騎士】になれます……でも」
「でも……?」
アンジェリカが支えるコルネリアの身体がどんどん熱くなり、柔らかな彼女が溶けてしまうのではないかと不安に思い始めた。
その時、コルネリアが大声で叫ぶ。
「でも! じゃあ、どうしたら私は! お姉さまの隣に!」
思い切りコルネリアが振り向いた時、驚いたアンジェリカが馬の腹を叩いてしまい、馬が大声を上げて跳ねる。
その拍子に、コルネリアが大きく跳んでしまう。
「コルネリアッ!」
コルネリアの柔肌に傷一つつけるわけには!
アンジェリカは、馬の背を蹴り、コルネリアを抱きかかえ、地面へと背中から落ちた。
コルネリアが見たのは、必死の形相も美しく凛々しい姉の顔、そして、綺麗な指、手、腕、そして、真っ暗になり、どんと言う音と共にコルネリアは一瞬の光のあと不思議な世界に居た。
********
「姉ちゃん、ズルい!」
私は、後ろから掛かる妹の声に溜息を吐いた。
「なんなのよ、杏奈。もうバイトに行かなきゃいけないんだけど」
振り返ると、妹である杏奈が、かわいいと評判の綺麗な二重の、大きな瞳を吊り上げて怒ってくる。
「またお姉ちゃんだけ出かけて」
ぷくーっと膨らませた頬がまた小動物のようで、男にモテるんだろうなあと僻みの目を向けつつ、私は溜息をつく。
「あのねえ、私は今から仕事に行ってくるの。それ、分かってる?」
そう、私は今から再び仕事に出かける。
昼間は、会社の事務として働き、夜はお店で酒を注ぐ。
そうでもしないと、生活できないからだ。
私は、この可愛らしい妹杏奈と二人暮らし。
両親は四年前に亡くなった。
良い両親ではあったが、母が病気がちということもあり、生活は苦しかった。
そして、母が亡くなり、追うようにして父が亡くなった。
私が働ける年まで育ててくれたことが不幸中の幸い。
頼れる人もおらず、私は妹を不幸な子にさせない為いっぱい働いた。
妹は私と違って不幸が似合わない。
私は母親似のうっすい顔だが、妹は父親似で目鼻立ちのはっきりした正直アイドルにいてもおかしくないような顔だった。
嫉妬はしたが、それ以上に何故か同情してしまった。この顔で貧乏はあんまりだ、と。
それは私の願望でもあったのかもしれない。こんな顔で生まれて、不幸なんて知らずに、明るく生きてみたい。
勝手に自分の理想を妹に求めていたのかもしれない。
そんな私の嫉妬交じりの理想の女が、何故こんなことを言ってくるのか。
なんだ、夜の店でチヤホヤされて自尊心を高めたいのか。客が入れ込みすぎて絶対ヤバいことになる。やめておけ。姉ちゃんくらいがちょうどいいんだ。
私は母親譲りの自慢の三白眼で妹をじろりと見ると、妹は俯いて何事か呟いている。
「だから、そういうところが、ずるいんじゃん……」
何がズルいというのか。まさか自分の稼ぎをちょっとだけ趣味の本を買うのに使っているのがばれているのか。いや、それを知っていて言わないのか。そして、その感じで直接的なことは言わず私を脅す気かそれはズルいんじゃないか、妹よ。
「な、何がよ……あ、あー! そうだ! ゲーム! ゲーム新しいの買ってあげようか?」
決して脅しに屈したわけではない。優しさだ。とにかく、物でつろう。妹は意外に物持ちがいい。四年前両親が亡くなって初めての誕生日、私が奮発して買ってあげた携帯ゲーム機を未だに綺麗に使っている。
なので、ソフトの一本や二本買えば私の本など十冊は買える。だから、大人しくしろしてください、妹よ。
「いい、コレやるから」
妹が、その携帯ゲーム機を持ち出し、こちらに背を向けてスイッチを入れる。
そのソフトは携帯ゲーム機と一緒に買ってあげたもので、中古だしかなり古い。
乙女ゲームという奴で、妹はもう多分何十回とクリアしているはずだ。
「どんだけ好きなんだ妹よ」
あ、マズい。声に出た。
すると、妹は顔を真っ赤にして怒ってくる。
「は、はあ!? べ、別に……ぇちゃんのことなんて全然好きじゃないですけど!」
「妹よ、お前はゲームソフトをちゃん付で呼ぶのか」
すると、妹は一瞬「え?」という顔をして、そのあと眉間に皺を寄せ、頭を掻き、再びこちらに背を向けてゲームを再開した。
「うるさい! ねえちゃんなんて嫌い!」
乙女ゲームちゃんは好きで、姉ちゃんは嫌いなのか。
姉ちゃんは悲しいよ。
「……じゃあ、行ってくるね」
「……」
ピコピコという返事を受け取り、私は玄関から外に出た。
それにしても、本当にあのゲーム好きなんだな。
誕生日3周してもまだやってるもんな。
あ、そういえば、妹の誕生日は来月か。
あれ? じゃあ、私の誕生日は……。
「今日だ」
誕生日に、妹に嫌いと言われる私、あんはっぴーばーすでー。
流石、妹とは真反対の幸薄顔やでえ。
客も、なんか余裕あるやさしそうなおじいちゃんばっかりだしな。
毎回食べ物くれるしな。
お陰で食費が浮くしな。
今日も、きっといいものくれるだろう。
うん、はっぴーばーすでー。
でも……きっと帰る頃には日が変わってる、杏奈に……。
「おめでとうって言ってほしかったなあ」
「ねえちゃん!!!」
あまりの幸薄っぷりに神様が幻聴のプレゼント。うわーい。
「ねえちゃん!!!!」
あれ、おかわり? うそうそラッキー。
ってんなわけないだろ!
振り返ると、妹が息を切らせて、膝に手を突いていた。
「どした? 杏奈?」
「あの! 琴音……姉ちゃん! あの、今日家にけ、ケー……!」
妹は必死な顔もかわいいなあ。
うんうん、横から光が当たる顔もかわいい。
光!?
見るとトラックが近づいてくる。
うそでしょ!
そういう不幸は妹には似合わないんだって!
私は慌てて、地面を蹴り妹に近づく。
左側を見つめて動けなくなってる妹の手を握り引き寄せ間に合っ……
ぐらりと身体が揺れる。世界が傾く。
あ、やべこれ位置入れ替わってるな。
いや、やばくはないか。
幸薄女のエンディングとしてはドラマチックな方か。
妹よ、そんな顔するな。通帳には結構ある。黙っててごめん。お前の為を思ってだよ。
そして、これからは苦労させるごめん。
駆け寄ろうとする妹の二重の美しいアイドル顔、指、手、腕。
それらよりも早く左から衝撃。まっくら。そして、私は、死んだ。
生まれ変わったら……。じゃあね!
「杏奈!」
コルネリアは、はっと身体を起こし、そう叫ぶ。
と、同時に横から風と共に声が。
「琴音ねえちゃん!」
アンジェリカが涙を流しながら、起き上がっていた。
コルネリアはその時、自分も泣いていたことに気づく。
そして、アンジェリカの少し吊り目の瞳が小柄で女の子らしいコルネリアをとらえ、コルネリアの大きな瞳がすらりとした凛々しいアンジェリカをとらえ、同時に口を開いた。
「お姉さまが杏奈!?」「コルネリアが琴音ねえちゃん!?」
驚きあう姉妹に向けて遠くから声がする。
馬だけ帰ってきたのを家の者が心配して探しに来てくれたのだ。
コルネリアとアンジェリカは話したい気持ちを抑え、ひとまず家に帰ることにした。
そして、その夜、コルネリアの部屋をアンジェリカが訪れた。
「ねえちゃん!」
「う……」
コルネリアは、戸惑いを隠せず、迫ってくるアンジェリカから距離をとろうとした。
「えー、なんで避けるのよ」
「いや、だって……」
「まあ、でも、ほんと驚きだよね。まさか、前世の姉妹が、生まれ変わっても姉妹だなんて」
そう、そこがコルネリアにとってある意味悩みの種だった。
前世の記憶がある為、妹に対しての態度で接するべきなのか、今の記憶に従い姉に対しての態度で接するべきなのか。
しかも、ただでさえ、あの凛々しい姉が人懐っこく迫ってくるのが慣れない上に、
「あんた、そんな性格だったっけ?」
アンジェリカ、いや、杏奈の態度が前世の記憶と少し違うのだ。
「う……あの、それは……その、前世でも甘えたい気持ちはあったんだけど……働いてくれてる姉ちゃんに申し訳ないなという気持ちもあり……」
人差し指を突き合わせながら、見たこともない表情でアンジェリカが照れている。
いや、中身は杏奈なのかもしれないが、いかんせんアンジェリカの容姿なのだ。
「そ、そうなのね。それにしても、本当にすごい偶然があったものよね。で、じゃあ、これからなんだけど、まあ、前世の記憶があるとはいえ、今の関係性で過ごしつつ、機を見てお父様たちに話すべきかなと思うけど……って、どしたの?」
「……いやー、今ちょっと思い出したんだけど。お姉ちゃん、あたし、死ぬかも」
「はあ!?」
「アンジェリカ……この顔……令嬢……姫騎士候補……」
「ん? それってどっかで聞いた事あるような……」
そもそも、アンジェリカが姉である以上、アンジェリカのことは何度も聞いたことあるのだが、それよりも古ぼけた埃をかぶったような箱が開きかけている感覚にコルネリアは触れていた。そう、もっともっと昔……前世の……杏奈が持っていた……。
「え……? まさか……ねえ、うそでしょ」
「うん……多分ね、ここ……乙女ゲームの、世界、かも」
「うそでしょ~~~!」
前世の妹、杏奈がずっとやっていた乙女ゲーム『姫騎士と盾の守護者』。
主人公は、王都の中心にある学園の新入生。
姫騎士を目指し、日夜勉強や訓練に励む中、姫騎士の相棒とも言える存在【盾の守護者】候補の男性キャラとの仲を深めていくゲームである。
そして、前世杏奈の、アンジェリカは、自分が死んでしまう運命であることに気づく。
現コルネリアである琴音は、ゲーム自体はやっていないため、何故死んでしまうのかが分からない。そして、それを知っている現アンジェリカの、ゲームの持ち主だった杏奈は……。
「うえーん、どうしよ~、琴音ねえちゃ~ん」
凛々しい姫騎士候補のはずのアンジェリカが抱きついてくる。
(違う。中身は前世の妹、前世の妹)
前世の記憶を取り戻すまでこちらが甘えることがあっても、こんなふうに迫られたことは勿論一度もなかった為、コルネリアの頭の中はパニック状態だった。
凛々しい姉の前世が、前世の自分の妹で、この世界が乙女ゲームで、今姉、前妹が死ぬかもしれない。
聡明なことで評判のコルネリアだったが、頭の処理が追いついておらず、ただただ泣きつく今の姉で前世の妹であるアンジェリカを落ち着かせようとする。
「ちょっとちょっと、それで? 乙女ゲームって確か、『姫騎士と盾の守護者』だっけ?」
「そう、その乙女ゲームの登場人物に、アンジェリカっていう子がいて、その子が今のあたしそっくり、っていうか、そのアンジェリカなんだと思う」
「で、なんでそれが死ぬかもしれないって話になるのよ?」
琴音は杏奈に買ってあげただけで、やったことはなく、ストーリーもほとんど知らない。
「えーっと、確か、アンジェリカはすっごい主人公をいじめてて、それを攻略キャラ達に批判されて処罰された、はず……」
と、思い出しながら言葉を紡ぐアンジェリカが顔を挙げると小さな大鬼がそこにいた。
「いじめって……あんたなんでそんなことしたの! あんたって子は! もー!」
大鬼、もとい、母大鬼がアンジェリカに迫った。
「ま、まだいじめてないよー! っていうか、いじめるつもりもないよー! なんでかとか聞かれても知らないもん!」
姫騎士候補アンジェリカの顔で「もん!」とか言われたコルネリアは母大鬼の変身を解かれてしまい、「そ、そう」などといって顔を赤くした。
「じゃ、じゃあ、学園に入ってその子のことが嫌いになるのかしら? 主人公っていやな子なの?」
「いや、主人公だし、嫌な子ではないよ。ちょっと天然っぽいからそういうのが嫌いな子はいるかもしれないけど、私は割と好きだったけど」
コルネリアはちょっと唇をとがらせながら、話を続ける。
「割と好き、なんだ……じゃなくて! じゃあ、原因は他にあるってことかしら?」
「わかんないよう、だって、ゲームではあたし主人公だったわけだし、ライバルキャラの設定とか知らないし、なんか平民が嫌いとか言われた気がするけど……」
「設定……平民が嫌い……」
アンジェリカの発言に、コルネリアが考え込む。そして、部屋の中をうろうろし始める。
顎に手をあて、うろうろするコルネリアをアンジェリカがニコニコ眺めていると、突如、コルネリアが「あ!」と叫ぶ。
「え? 何? なんなの? どしたの? ねえちゃん」
「あの……もしかしたら、いや、多分、間違いなく、なんだけど……。アンジェリカが死ぬより先に、私が死ぬ、かも……」
「うそでしょ~~!」
コルネリア=エシャロット。
乙女ゲーム『姫騎士と盾の守護者』の登場人物であるアンジェリカ=エシャロットの妹。
しかし、乙女ゲームに彼女は登場しない。
年齢が低いから入学は厳しいのだが、それ以上に如何ともしがたい事実があった。
「あたし、二年後の春に、死ぬの」
「なんで!?」
コルネリア、前世の姉、琴音が可愛らしい顔をひくつかせて答えると、アンジェリカ、前世の妹、杏奈が凛々しい顔をぐしゃぐしゃに崩し半べそで聞いてくる。
「確か、説明書にあったのよ。アンジェリカのところで『主人公が入学する直前、平民が起こした反乱によって妹が殺され、それを切欠に平民嫌いとなる』って」
琴音は、ゲームは杏奈にさせてもらえなかったが、時々選択肢に意見を求められたりした為、説明書を読みこんだり、公式サイトを覗いたりしていた。ちなみに、ゲームを触らせてもらえなかったのは、杏奈が思春期で自分がメインで攻略してるキャラを知られたくなかったからだと推察しているが、琴音は誰を最初に攻略したかまで知っていた。黒髪ロン毛の幸薄そうな顔をした闇属性の読書青年だった。時折「似てる……」とつぶやいていたが、きっと芸能人の誰かに似てたのだろう。姉としては、なんか見ていて不安になるキャラでちょっと妹を心配していた。
「あ……思い出した……そう! そうだよ! アンジェリカって本当に平民が嫌いで、主人公と話すたびに嫌な顔しながら右腕のシュシュを見てたって。多分、あれ……コルネリアのドレスの……」
今でもコルネリアが好んで着ているのは、ピンクのふわふわした可愛らしいドレスだ。
アンジェリカがそれを見て何度もかわいいと言ってくれたドレスで、コルネリアにとってはお気に入りの一枚。そして、アンジェリカの立ち絵には、青いアーマードレスには不似合いなピンクのシュシュが右手にあった。
「決まりね……」
コルネリアは、ふうと息を吐き、天を仰いだ。すると、横からすすり泣きの声が聞こえはじめる。
「あのねえ……まだ死んでないんだけど」
「でも……でも! 死んじゃうんでしょ! やだ! やだよ! なんでまたねえちゃん死んじゃうのよ! やだよ!」
泣きじゃくるアンジェリカ。コルネリアは、前世の記憶を取り戻してからのアンジェリカが本当にかわいくて仕方ないな、と思ってしまった。凛々しいアンジェリカももちろん好きなのだが、その凛々しい顔が百面相する様はギャップもあり、本当に素敵だと思った。
そして、その百面相の原因である杏奈のことを本当にコルネリアは、琴音は、大好きだった。
コルネリアの両手がアンジェリカの泣き顔を挟む。
「よく聞きなさい。私は、死なないわ。あなたを、残しては、絶対に」
「ひょ、ひょんとう……?」
ひょっとこみたいな顔をしてアンジェリカが呟く。
可笑しさと愛おしさで堪らなくなったコルネリアは大きく笑い、アンジェリカに宣言する。
「私は、今、生きてるもの。そして、ここは乙女ゲームだけど、私たちはただのゲームキャラじゃない。生きてるのよ。だったら、逆転してやろうじゃない、この絶望的なストーリーから」
「う、うぶ!」
ひょっとこが一生懸命頷くと、今度はキツネ目のひょっとこになり、コルネリアは「ぶちゃいくだなあ」と笑った。
コルネリアの死を回避すること。
ひいては、それがアンジェリカを平民嫌いにさせない方法であり、アンジェリカ処刑ルートに行かせない為の最善の策である。
「よく考えれば、分かりやすくていいわね。私が死ななければ、あんたも死なない」
「うん、いや、わかりやすいけど、でも、どうするの?」
「確か、あの反乱は……」
公式サイトでは、『明かされる真実!』とか言って定期的にキャラクターのサイドストーリーが掲載されていて、前半まで読めて、『続きは現在販売中のノベルのおまけで掲載!』とか書かれていて、うがーっと琴音はなった記憶がある。
なので、前半部分しか分からないが、アンジェリカのサイドストーリーで『赤と青のアンジェリカ』という物語があった。
冒頭は、血塗れの青いドレスアーマーのアンジェリカが慟哭するシーン。
アンジェリカが二年生になる直前のこと、休みということでコルネリアが両親と一緒に、アンジェリカに会うためにやってきていた。
家族水入らずで楽しんでいる中、突如として爆音が響き渡る。
現在の暮らしに不満を持つ平民たちが大挙して貴族たちを襲い始めたのだ。
騒動を収めようと正義感溢れるアンジェリカはコルネリア達の制止の声も振り払い、反乱軍に立ち向かっていく。
残されたコルネリア達は偶然にもエシャロット家に恨みを持つ平民と出会ってしまい襲撃される。幼いコルネリアはあっという間に捕まってしまい……
というところで、前半が終わっていた。恐らくこのあとコルネリアは殺され、怒り狂ったアンジェリカによって平民たちも殺されてしまうのだろう。そして、アンジェリカは平民に強い恨みを持つ。
「そっか、でも、どうしよう。逃げちゃう?」
「多分、あの事件はアンジェリカが解決することになるんでしょ。反乱が成功したら多分大変なことになるわ」
「じゃあ、反乱も止めなきゃいけない。でも、コルネリアも守らなきゃいけない。え? もしかして、詰んでない?」
「詰んでない」
「ええ~、どうするの?」
「まずは、あたしが強くなる」
「え? コルネリアが……無理だよ! まだこんなちっちゃいのに!」
「ちっちゃいゆーな」
アンジェリカに頭をぽんとされて、コルネリアはとにかく顔を真っ赤にした。
そして、手を振り払い咳ばらいをして続けた。
「考えはあるの。確か、サイドストーリーでは何も出来ずに終わったコルネリアだったけど、今の私は魔法が使える」
「あれ? そういえば……なんで?」
「多分、前世の記憶が、取り戻す前から影響を与えていたんじゃないかと思うの。ほら、コルネリアって幼い頃から本を読みまくっていたでしょ? 多分、あれは私だったからじゃないかと思うの」
琴音は前世で市立図書館の幽霊女と呼ばれていた。幸薄そうな顔、節約のため出来るだけ伸ばしていた黒髪、そして、お金がかからない娯楽だからと、毎日本を借りに行ってあらゆるジャンルのところに現れたためついた名前だった。その影響かコルネリアは、幼い頃から本に興味を持ち、とても早い段階で自分から分厚い本を読み始め、両親から天才だと賞賛された。
「本を読みまくって読み漁って、魔導書まで読んで、魔法を使えるようになった。なら、これを活かしてもっともっと魔法を実戦レベルまで磨いたらきっと私も反乱軍と戦えるはず」
「そっか、そうだね! それに! あの乙女ゲームの時よりもあたしも強くなれば、助けられる確率あがるよね!」
「あとは、事前に火種を消しておくのも手ね」
「火種?」
アンジェリカは意味が分からず、首を傾げる。
コルネリアは相変わらず、凛々しい姉の素朴なしぐさにたじろぐが話を続ける。
「エシャロット家に不満を持つものが私たちを襲うのなら、出来るだけ、その不満を無くす。あのお父様とお母様だから、悪いようにはしてないんだろうけど、最善を尽くしているようには思えないのよね」
コルネリアは頭を掻きながら、紙にペンを走らせた。
アンジェリカとコルネリアの両親は、前世の両親と同じく人の良い、そして、仲の良い夫婦だった。政略結婚ではあったが、互いに互いを尊重できる関係を作り上げ支えあって家を守っていた。しかし、なにぶん人が良い上に、かなり大らかな性格を二人ともしていて、他人に任せすぎている部分もあるように思える。どんなに性格が良くても間に人が入れば、話はどんどん変わってしまう。
「だから、エシャロット家をもっと良い家にする。この世界はまだまだ発展途上な部分が大きいから、私の前世の知識を活かせる部分もあると思う。家を良くすれば不満も減るだろうし、選択肢が増える。そうすればきっと運命を変えられる……! ね?」
コルネリアは一通り自分の計画を紙に書き写し、アンジェリカに同意を求める為、横を向いた。すると、アンジェリカはぼーっと見ていた。
「ちょっと、聞いてるの?」
「あ、うん……見てた。じゃなかった! 聞いてた! 聞いてたよ!」
アンジェリカは慌てて言いなおしながら、首を大きく縦に振り、そのままゆっくりとさりげなく俯いた。
(えー何々? 仕事モードのおねえちゃんってあんなにかっこいいの? 何、あの真剣な顔、コルネリアがあんな……あんな表情で……おねえちゃん、ズルい!)
俯くアンジェリカに一抹の不安を覚えたコルネリアが、溜息を吐き聞いてくる。
「いい? これは、あんたの死を回避するための重要な作戦なんだからね。それに、ついでに私の命もかかってるんだからね。しっかりしてよ」
その言葉にぴくりと肩を揺らしたアンジェリカは、顔を上げ真っ直ぐコルネリアを見つめる。
「……大丈夫。絶対に、守るから」
今度はコルネリアがゆっくりと俯く。
「あー、のー……うん、じゃあ、そういうことで、残された時間でお互い、がんばりましょう」
「うん! がんばるぞー!」
「お、おー」
(なんなのよ! 今の凛々しい表情! ああ、アンジェリカお姉さまかっこよすぎ! いやでも、前世は妹の杏奈で、でも、杏奈だとしてもかっこいい!)
そして、時はあっという間に過ぎていき……。
********
(う、ううー、なんでこんなことに……!)
田舎の村からやってきた純朴な少女ミーアは、剣を突き付けられながら震えていた。
ミーアは一か月後、この都の中心にある王立学園の生徒になる予定だった。
この学園にはこの国に住む者なら誰もが知っている【姫騎士】の『白銀の剣』があり、そして、その姫騎士を生み出すことを目的としている。
そこには貴族しか入れないが一部例外がある。異常な魔力や、変わった魔法に偶然目覚めた平民も入ることが出来るのだ。
ミーアもまた、その『変わった平民』の一人だった。
だが、この日どかんという耳が潰れそうなくらいの大きな爆発音が飛び込み、反乱が始まった。
「我々は! 王国に反旗を翻すもの! この店は、ある不正貴族の店であり、天に代わり、俺たちが制裁を加えた! さあ! 国に不満を持つ同志たちよ! 立ち上がる時が来た!」
ミーアはケガをした者の元に駆けより治癒魔法を使う。
「あ、あんた……」
「……い、今、治しますから」
ミーアが治癒魔法をかけ始めると、それを見た反乱軍のその部隊の長らしき男は舌打ちをし、ミーアに近づく。
「おい! 女! その男は不正貴族に仕える裏切り者だ! 治す必要などない」
「黙っててください……私、まだ勉強中で集中しないとうまく出来ないんです」
ミーアは、火傷した男から一瞬たりとも目を離さず魔法を使い続けた。
「なるほど……お前も、この国に愚かに従う者か。なら、お前にも罰を加えよう」
しゃり、と刃が擦れる音。
(怖い。でも、負けない。私も『助ける人』になりたいから!)
ミーアが学園に来た理由は生活が苦しい母を助ける為だった。
しかし、今はもう一つ。
噂に聞く『姉妹』に会いたかった。
なんでも、姉は一年生にして、誰よりも強く美しく、そして、強きをくじき弱きを助ける英雄のような女性だと。彼女に助けられた弱い立場の人間は数えきれないほどだと。そんな姉を持つ妹も凄かった。自分たちの持つ領地をたった一年で見違えるほど豊かにしたらしい。実は、その領地の中にミーアの村もあった。確かに、いつの間にか、村に貴族様から贈り物が届くようになった。農具や食料で、村の人は皆感謝したし、それにより、みんなの生活が楽になった。ミーアの母の笑顔も増えた。妹もまた村の人間からすれば救世主様だった。しかもミーアよりも幼いらしい。学園に行けばその姉妹に会える。姉は一つ上の学年に在籍していて、妹はなんと特例で今年入学するらしい。
聞けば聞くほど、物語の登場人物のような二人だった。そして、その二人は本当にいるのだ。
二人に会いたい。二人みたいになりたい。
ミーアは、その為にうんと勉強をした。魔法の練習もした。剣もやってみた。
そのどれもが大変で、その姉妹はどれほどの努力をしたのかミーアには想像もつかず、ただただ尊敬の思いが大きくなっていった。
(ここで逃げて、生き延びても、私は、もう会えない! 胸を張って会えない! だから、死んでも、逃げない!)
ミーアは、涙を零し、震える唇を噛みしめながら、魔法を使い続けた。
「皆、よく見ておけ! 愚か者の末路を!」
男は、剣を高く掲げる。その剣の影がミーアの視界にも入る。
(ごめん、お母さん)
「〈一片の風花〉」
「〈火走!」
その瞬間。熱い風が吹き抜け……剣の影が高く舞い上がった。
そして、がちゃという剣の音、どさりという何かが倒れる音、男のうめき声が背中から聞こえた。
ミーアは思わず顔を上げた。
そこには、両手から緑色の風の魔力を漂わせる美少女と、手には剣を持ち足からは赤い炎の魔力を煙のように浮かび上がらせている美女。
(綺麗……)
ミーアが思わずそう呟くほどにその二人は美しかった。
そして、美少女が口を開く。
「なんで、あんたは! 一年も都に居て迷子になれるの!? 信じらんない!」
「うえええん、ごめんって~ねえちゃ~ん。あの道なら近道できる気がして~」
「あとでさっきぶつかった人たちにも謝りに行くよ!」
「は~い……ごめんねえ……ねえちゃん……」
「もう怒ってないから。早く。がんばりなさいよ」
「うん!」
その姉妹は笑っていた。
大勢の反乱者達を前にして。
二人でなら何でもできると。
そう考えて疑わない様子で。
「逆転するわよ!」
「うん!」
その後、ミーアは伝説を目撃する。
二人の姉妹の伝説を。
彼女たち曰く『最高の逆転劇』を。
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