第二章『隠』
第二章 『隠』
青天の霹靂とはこういうことを言うのかと、司は人気の無い薄暗い路地の壁に背を預けながら思った。
コアの王の部屋を覗いたら立入禁止だと言われ、銃を向けられた。畸形だと疎まれることはあっても、目に見える脅威を向けられたのは初めてだった。それを助けてくれたのか投げ出したのか、城の中のどの建物よりも背の高いコアの最上層の窓から、リヴルとかいう変な男に放り投げられた。クロが受け止めてくれなければ、間違いなく地面に叩きつけられて潰れていた。
コアから距離を取り街に潜伏することを選んだが、そう長く路地に潜んでもいられないだろう。よくコアを抜け出して街へ繰り出していたが、街の地理に堪能なわけではない。
突然の立入禁止に、王の不在。状況が呑み込めない。王の不在はいつからなのか、そしてその不在は偶然なのか。
「司、これからどうするんだ?」
「今考えてる!」
膝を折って座り込みながら、向かいの壁を睨み頭を回す。情報が少なすぎる。
「……クロは、何か聞いてたか?」
「何をだ?」
「王の部屋に立入禁止だとか」
「聞いてない。王を見たこともないからな」
「は? 見たこともない?」
司は怪訝に眉を顰める。クロは司の目付だ。顔も見ずに決めたのか? 畸形の司になど素性の知れない適当な奴を付けておけということか。いや仮にも目付とする者と顔を合わせていないのは何故だ。クロは本当に目付なのか? まさか目付というのは偽りか?
「誰の命で私の目付になったんだ?」
「王……だと聞いた」
「王から命を受けて、お前に言ったのは誰だ?」
「イド」
「あいつか! あいつか……」
ぶつくさと毒突きながら顔を膝へ埋めていく。城の中で最も行動も真意も読めない人物。あいつにこそ目付が必要だと思う。
考えが纏まらず落ち着きなく足をバタバタとさせていると、立って周囲を警戒していたクロが、すっとしゃがんで司に耳打った。
「誰か来る」
がばりと顔を上げ、クロの視線の先にある路地の角へ目を向ける。小さな影が伸びるのが見えた。随分と背が低い。
「……大丈夫だ。知り合いだ」
角から顔を覗かせたのは、頭に角を生やした少年ユトと、長い耳を垂らしている少女ポラだった。
「司さま……?」
こんな誰もいない薄暗い路地にいつもの外套を羽織らず白衣の姿で見知った顔が座り込んでいるとは思わず、ユトはきょとんと目を丸くした。ポラはその後ろで、見覚えのない仮面の男クロにびくりと怯えてユトの服を掴んだ。
「大丈夫だよ、ポラ。クロは怖くない。こんな見た目だが」
本当は怪しんでいるが、怯えるポラに態々警戒を強めるようなことは言わない方が良いだろう。ポラはユトの背から少しだけ顔を出し、様子を窺う。
「司さまはこんな所で何を?」
「ちょっと隠れんぼ」
隠れんぼなんて、そんな楽しい遊びではない。でも本当のことを混ぜた適度な嘘は、真実味が増す。隠したい所を覆うことができる。
「ふぅん」
信じたか疑っているのか不思議そうな顔をする。
「そうだユト。この辺りで誰にも見つからないような場所はあるかな?」
「だったらこの先に空き家があるよ。オレとポラの秘密基地。誰も来たことないよ」
「それはいいな。少しの間、借りてもいいかな?」
「いいけど……この前の一緒にタルト食べに来た人達とかくれんぼ?」
一緒にタルト――雪哉と千佳のことだ。二人は今はもう違界にいない。城を出てから外で起こったことは、クロから聞いている。あの後死体を片付けるのが大変だった。散乱した肉片を片付けるために一時地雷を停止させた。司は何もしていないが。イルの時のように放置しておけば良いものを、千切れた肉片は見張りの者達の目には具合が悪かったらしい。確かに進んで見たいものではないが。
「コアの人間と少し喧嘩をしてね。見つからないよう隠れてるんだ。もしコアの人間に何か訊かれるようなことがあれば、知らないフリをしてくれ」
人差し指を口元に当て、口の端を上げる。悪戯をする子供のような顔だった。命を狙われているとは絶対に言わない。
立ち上がって白衣についた砂を払い、司は空き家に案内してくれるよう促した。
ユトが前に出ると、服を掴んでいたポラも共に引っ張られる。
「司さまが街に出てるのがバレて怒られたとか?」
「想像に任せる」
「司さまは自由すぎるからなぁ」
「はは、それは褒め言葉だぞ」
「褒めてないけど」
暫く路地を行くと、開けた場所に出た。木々が茂っている。コア周辺の森というほどではないが、幾らか木々が生い茂る先に、ぽつんと小さな家が建っていた。周囲は草が茂り放題だった。もう何年も人が住んでいない様子だ。
「こんな所に家があったとは」
「この中に秘密基地があるんだ」
「ほう……中?」
この廃家が秘密基地というわけではないようだ。地下室でもあるのだろうか。地下室を持つ家はあまり多くはないが、皆無ではない。
家の中はユトとポラが掃除でもしているのか、あまり埃は積もっていなかった。物陰には吹けば埃が舞うが、秘密基地程度にきっちり隅々まで掃除を行き届かせる必要はない。ユトとポラの身長が足りない棚の上などにも、埃は溜まったままだ。
奥の部屋へ行き、ユトは絨毯を捲った。床に人一人分程の四角い切れ込みが現れた。地下室の入口と言うには小さい。床下収納だろう。
蓋を開けると、人一人がすっぽりと隠れられる程度の穴があった。その中に入り、壁面を押す。重い音を立てて、奥へ壁が動いた。
「これは……」
明らかに収納ではない。
「ついてきて」
開いた壁際に置いてあったランタンに明かりを点し、小さな入口を潜っていく。大人には少々狭いが、何とか通れそうだ。ユトの後に続くポラについて、司とクロも中に入る。少し頭を打った。
暗い梯子を下りて辺りを照らすと、思いの外開けた空間があった。
(土じゃない……)
降り立った地面は硬かった。石だ。
収納どころか地下室と言っても、これは広すぎる。暗くて奥はよく見えないが、道のように長く続いている。足元には瓦礫が転がり、気を付けないと躓きそうだ。
「ここがオレ達の秘密基地」
大きくて平らな瓦礫の脇に木の椅子が二脚置かれていた。椅子は上の廃家から拝借してきた物だろう。
「これは凄いな……正に秘密基地だ。この先は外に続いてたりしないか?」
外に出られる通路があるのなら、地雷原など気にせずに往来が可能だ。司は気持ちの昂ぶりをできるだけ抑えつつ、興奮を消せない声で尋ねた。
だがユトの答えは、興奮を冷ますには充分だった。
「奥まで歩いたことはあるけど、すぐに行き止まりだよ。他に道はなかったし、外には出られないよ」
「そうなのか……」
一気に落胆した。そんな抜け道をコアの連中が見逃すはずはないかと、肩を落とす。
「司さまはいつまでここにいるんだ?」
「そうだな、作戦会議が終わるまで貸してくれ」
悪戯っ子のような笑顔を向けると、ユトは苦笑した。少し呆れている。無断でばかり出歩く司に。
「それじゃ、オレ達は行くから」
「ああ、すまないな。すぐに返す――、と」
ポケットから硬貨を何枚か掴み、ユトに握らせる。
「礼だ。それで好きな菓子でも買うといい」
ポラもユトの手を覗き込み、司を見上げる。
「ありがとう司さま。ポラ、クッキーでも買おうか」
「うん。ありがとう、司さま」
ランタンを平らな瓦礫の上に置き、ぺこりと頭を下げる。二人は足を踏み外さないよう慎重に梯子を上がり、駆け足で廃家を出て行った。菓子で燥ぐとは微笑ましい。司は満足げに頷いた。
「さて、と」
ぽつんと置かれた椅子を引き、机代わりの瓦礫に頬杖を突く。クロも向かいに座るよう促し、口を開いた。
「ここはおそらく、昔の地下鉄跡だな」
「地下鉄?」
「世界が壊れる前の話だが、地面の下に穴を掘り、人間を乗せて運ぶ機械が走っていたと聞いたことがある。それが地下鉄だ」
初めて聞く言葉に、クロは仮面の下の双眸を瞬いた。人間を乗せて運ぶとは、随分と大きな機械のようだ。そんな物が地面の下を走っていたとは。
「行き止まりということは、コアが塞いだんだろうね。私が生まれてからそんな大掛かりな話は聞いたことがないから、ずっと昔の話だろう」
万一城の中と外が繋がってしまえば、大変なことになる。。城への出入りが自由になってしまえば、外から危険な人間が流れ込んできてしまう。昔は地下への入口はあちこちにあったと聞く。その一つがこうして誰かの家の下にあっても不思議はないが、その入口が存在するのは、元の家主が見つけて地下室に利用しようとしていたのか。周囲の瓦礫は片付けられていないので、利用しようと考えたが断念したのか。
ともかく、これは好都合だ。ここなら誰にも見つからず身を隠せるだろう。ユトとポラの人間を避けた遊びと突然降ってきた昔の遺物に感謝する。
「私は少し休む。お前も休むなら、少し離れて休め」
今のクロを信用して良いのか、まだ考え倦ねている。休んでいる時に危害を加えられないとも限らない。慎重に警戒しておくに越したことはない。
――そうは思っていたのだが、一度目を閉じると、疲れが溜まっていたのかすっかり眠ってしまった。ハッと目を覚ました時、クロは言われた通りに距離を取ってランタンの光が届くギリギリの場所で壁に背を預けて座っていた。クロも眠ってしまったのだろうか。そろそろと近付こうとすると頭を動かしたので、司は慌てて椅子に戻った。クロも司が起きたことで椅子に戻ってきた。
こんな状況で眠ってしまうとは、なんて緊張感が無いのだろうと司は自分を責めた。両の頬をぱしぱしと叩き、気を取り戻す。眠ったからか頭はすっきりとした。
向かいに腰掛けたクロを見据え、警戒を再び強める。
空気が変わったことに、クロもすぐに気付いた。
「……私は今、お前を信用していない」
ぐっすりと眠った後に言う言葉ではないが、改めてもう一度言った。いつまでも黙ってモヤモヤと考えていても埒が明かない。次に進まなければならないのだ。
「……ああ」
「だが私を助けてくれたのは事実だ。この状況を鑑み、一旦保留にすることにした」
信用を保留とは? と思ったが、クロは黙って話を聞くことにした。
「青界に畸形が派遣されたそうなんだが、とすると他の畸形もそうなる可能性がある。ロゼは特性上手元に置くだろうが、水藻はどうなるかわからない。私は、自分の身の危険もあるが、担当している畸形くらい、守ってやりたいと考えてる」
今最も危険に晒されているのは司自身だが、それよりも担当する畸形の身を案じる発言に、クロは眉を寄せた。
「つまり、オレにコアからロゼと水藻を連れ出せと?」
「少し違う。私も行く」
何の自信なのか、自信満々に胸を叩いた。
「駄目だ。お前は殺されかけたんだ。戻ればまた命を狙われる」
「そんなこと言っても、お前だけじゃロゼも水藻も言うこと聞かないぞ? 怪しすぎるから」
ほれほれとクロの仮面を指差す。尤もな意見だ。怪しい自覚はクロにもある。だがこの仮面は取るわけにはいかなかった。――今までは。
「仮面を取れば言うことを聞くのか?」
「ん? 取った所でロゼと水藻は素顔を知らないだろ? 私もだ。今更だな」
「今更……か」
仮面の奥で目を伏せた――ことがわかった。
「あまり詮索はしなかったが、その仮面は取ってはいけない物なのか?」
気にならなかったと言えば嘘になる。素性も素顔もわからない目付を傍に置くのは、最初はそれはもう不気味で嫌だったものだ。
「あまり気は乗らないが、どうしても信用されないというなら吝かではない」
「今取れと言ったら、取るのか?」
「……心の準備をしてからだ」
「心の準備!」
途端に司はけらけらと笑い出した。腹を抱えて笑う司に、もう少し静かにしないと見つかるのではと懸念も過ぎる。地下鉄跡に声がよく響いた。
「ここ最近で一番笑った! クロに関してでは今までで一番笑ったぞ!」
「…………」
「心の準備って……そんな大層なものなのか?」
目元の涙を拭いながら、ひぃひぃと肩で息をする。泣くほど笑うな。
「オレもだが、お前もだ」
「へ? 私?」
ぴたりと笑いを止める。少し考え、小首を傾ぐ。
「顔に畸形が出ているとか、大怪我を負って人の形を保ってないとか、色々考えられるが……もしそうなら、笑ってすまなかった。どんな顔でも受け入れよう」
そう言って背筋を伸ばした。ここは違界だ。体にどんなことが起こっていても不思議はない。それを笑いはしない。
クロはもう一度よく考えてから、意を決したように仮面に手を掛けた。本当はもっと早く、素顔を晒せば良かったのかもしれない。だが城の中では仮面を取るわけにはいかなかった。今もまだ、躊躇いはある。
「…………」
仮面を外した顔を見た司は、群青の目を見開いて言葉を失った。
* * *
窓から突き落とした先は見ず、リヴルはコアの者達に向き直った。この高さなら死んだと思うだろう。立入禁止の王の部屋に侵入した厄介な王族の始末を無事に遂行した。そう見えるだろう。信用は保たれる。何処に落ちたかは見ていないが、下の森の何処かだ。死体を拝みたいなら探せ。
近くに、そこいらのコアの人間とは違う人間の気配を感じた。理解した。こそこそと動き回る味方なのだと。投げれば下で受け止めるだろう。そう確信して突き落とした。受け止め損ねた場合は知らない。生きていたら、地上に降り立ちすぐに森から出て逃げるだろう。それでいい。人殺しをするためにここに来たわけじゃない。
死体探しまで手伝う必要はない。最上層から去り際、今は閉まっている王の部屋の扉を一瞥した。暗い部屋の中には誰もいなかった。玉座には石がぽつんと座っているのが遠目に見えた。面白いことをしていると思った。
誰もいなくなった廊下を歩きながら、リヴルは周囲に意識を向けながら考える。
――紫蕗は生きているだろうかと。
いや、生きているとは思う。あいつはしぶとい。
あれは誤算だった。コアの人間に唆されて島へ行ったが、紫蕗がいるとは思わなかった。会うのは随分と久しぶりだったが、あの片眼の紅い瞳は間違いようがなかった。髪の色は深い紫紺色ではなく色の抜けた色をしていたが、あれは紫蕗だと直感的に思った。判断をするのは一瞬しかなかったので隅々まで確認はできなかったが、印象的なあの瞳は忘れようにも忘れられない。
コアの連中が来るまでに説明している暇はなかった。咄嗟に殺した振りをするしかなかった。できるだけ他の部位は傷付けず、心臓を一突きに。コアの連中が島の地面を踏む気配を背に、邪魔者を殺した。貫く剣の刃を、心臓を貫く瞬間に収納装置を使って部分的に収納し、心臓は無傷のまま倒れさせるはずだった。なのに紫蕗は、あろう事か自らの心臓を切り離して同じように収納の裏技を使った。生物を構成する物でも、本体から切り離されればそれは『物』となる。生体を収納できない装置でも、収納が可能だ。――害毒だからだ。血を操ることができる害毒だからこそできた芸当。リヴルにはできない。害毒の力を甘く見ていた。それが誤算だった。
驚いて手元を狂わせるわけにはいかなかった。誤算はあっても、それは自ら命を絶つ行為ではない。傷をできるだけ浅くするために細い刃を揺らさず真っ直ぐに引き抜き、血糊を撒いた。派手に撒いておけば、視覚的に死んだと判断されるだろう。
まさか久しぶりに会う育て子にここまで驚かされるとは。子供の成長とは目紛しい。本当に、大きくなった。同時に、少々対応が無鉄砲な所は釘を刺したい所だが。本人にその自覚はないだろうが。そして育てた人間を殺せる人間だと思われたことには、少し寂しさもあった。違界人としては当然の仕方のないことなのだが……。
島の探索はコアの連中に任せた。万一紫蕗がぴくりとでも動けば、止めを刺されるだろう。それは防がなくてはならなかった。気を失ってはいたが、コアの連中が島を出るまでリヴルはずっと、突然襲ったことを詫びるように紫蕗の傍らにいた。その時に連中の目を盗んで色取り取りの布片の仕掛けを施した。紫蕗と初めて会った時も、銃弾に花火を込めて驚かせた。それを覚えているなら、わかる仕掛けだ。
連中が転移草を持ってきた時は驚いたものだが、転移草の栽培とは、面白いことを考えるものだ。布片が足りなかったので、褒めることは止めたが。
紫蕗を置いて去って十年近く経つが、随分と成長した。辿々しかった足元も、しっかりと瓦礫を踏んで越えられるようになり、持ち前の吸収力で自ら装置を製作できるようになっていた。武器の扱いはまだ少し不安があったが、瑣事と言えた。一人でも遣っていける。そう思った。オレと共にいても碌なことにならない。傷を負い倒れていた所を助けたは良いが、二歳では一人で違界を生きていけない。生き方を三年間教えた。それで充分だ。
リヴルには目的があった。子連れでは危険を伴う。まだ幼い少年を個人的な願望に巻き込みたくはなかった。
その個人的な願望に近付くことができる。収穫を得られる。そう信じてリヴルは城に入った。
再会するならもう少し平和に再会したかった。心臓の遣り取りなんて物騒なことではなく。本当に殺そうとしたと思っているだろう。心臓を切り離してしまったのだ、剣が当たるか当たらないかなど、わからなかっただろう。おそらく紫蕗は、自分を捨てた上に殺そうとしたと、最悪な勘違いをしていることだろう。
だがそれでも、仕方のないことだ。
そこまでしたリヴルの目的は、爆撃機だ。馴染みのある爆撃機はバラバラと喧しい音を立てて飛ぶ飛行装置だったが、いつからか全く音がしなくなった。城の技術が向上したと言うにはあまりに突然だった。それを初めて見た時、不審にしか思わなかった。技術とは違う何かを感じた。
暫くは爆撃機が飛んでいる所を観察した。何か情報が得られるかもしれないと、広く活動している治安維持コミュニティとやらにも入った。コミュニティの方針はリヴルには特に興味は無かったが、頼まれた装置を製作していれば良いだけだったので、楽だった。目ぼしい情報は得られなかったが。
爆撃機を撃ち落として調べることも考えはしたが、墜落させて爆発して木っ端微塵になれば、調べる物は何も無い。城に潜入して直接見るのが一番だ。それしかなかった。
そして城の中でこそこそと動き回って漸く爆撃機の情報を掴めた。やはり技術ではなく、一人の少女が関係しているらしい。浮力を持つ畸形の少女がいると言うのだ。鳥類の畸形と言うわけではなさそうだが、少女はコアの中でも特に厳重に監禁されているようだ。接触は難しいだろう。どう接触するか考えなければならない。まずは居場所を見つけ出さなくては。
(始末対象が落ちて死体探しに追われる今なら、この混乱に乗じて動けるかもしれない)
白に覆われたコアの中を歩くのは一苦労だ。頭の装置で道筋を記憶しながら手探りで進む。
* * *
落ちれば命の無い高所から司が落ちて死んだ。
その話は瞬く間にコアの中を駆け巡った。手の空いている研究員は直ぐ様に落ちたらしい森へ踏み込み、手の空かない研究員も区切りをつけて森へ入った。
落ちた場所の大体の予想はつけられるが、入り組んだコアの中から森へ出ることにまず時間を要した。自分の持ち場程度しか道を把握していない者もいる。緊急事態に間抜けな話だが、迷子になる人間もいる。
大凡の落下地点を探すが司の死体は見つからず、血痕の一つも見つからなかった。落下の瞬間に風でも吹いていたかもしれない。捜索範囲を広げながら、鬱蒼と茂る森を掻き分け、慣れない森の中を目立つ白衣達は必死に探した。
その裏で、青界に三度目の攻撃をいつ何処に仕掛けるか、どのように攻めるか、会議が開かれていた。
会議室の円卓に沿う椅子にはぽつりと一人だけ。他の椅子に座る者は誰もいない。
平和な世界でのうのうと生きている人間達を蹂躙する。青界の広さは把握できていないが、発信機の反応が辿れた場所をまず、手始めに壊す。
違界からでは発信機の電波は途切れて追うことはできなかったが、青界の地を踏めば微かな残留電波を追うことができた。今はもう気付かれたのか発信機の電波は感じられないが、充分だ。発信機を仕掛けた内臓を切除したのか、埋め込まれた人間が死んだのかは知らないが、それはどうでも良かった。
彼女が考えていることは、彼にはよくわからなかった。所々情報が抜けていて、彼が首を傾ぐこともあった。それでも彼は、彼女に任せた。彼女の遣りたいようにさせた。青界を壊したいと言えば、そうすればいいと思った。彼は違界しか知らない。青界がどんな所なのか、どんな人間がいるのか、何も知らない。知らない世界がどうなろうと、それはどうでもよかった。何故彼女が青界に執着したのか、彼は知らない。
ただ彼女が居場所を求めていたから、彼は差し出しただけ。
彼はただ、何もせず天井を見上げたかっただけ。それだけで良かった。
担当の畸形達は言うことを聞かないし、誰も彼を見ない。だからもう、疲れたのだ。この世界に。
彼女の好きなようにさせて、何が悪い。
攻撃に送り出せる爆撃機や戦闘員の数を確認しながら、彼女は嬉しそうだ。
楽しそうならそれでいい。最早彼を見ているのは彼女しかいない。彼を必要としているのは、彼女しか。
そうして彼は、自分は関係無いとでも言う風に目を閉じた。
ああ今日も、とても眠い――。