第9話 麦の収穫
次の日の朝、カイは畑で麦の収穫を手伝っていた。3人はあのまま夕方まで丘にいた。というか、気がついたら夕方になっており、慌てて家に帰ったが時すでに遅し…。ソルネにこっぴどく怒られた。オレクとネイサも同じだったようで、カイの横で暗い顔で収穫を手伝っていた。
麦の収穫は風で刈り取る。しかし、大変なのはそこからだった。刈り取った麦は手作業で運ばなければならない。カイは行ったり来たりしながら麦を集め、一塊の山を作っていた。
「カイ、大変だな」
オレクがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「うるさい!」
カイはオレクを睨みつけながら怒鳴った。
本当だったら、子供は刈り取りの仕事を任せられる。カイのように行ったり来たりするのは大人の仕事だった。しかし、カイは刈り取りをすることができなかった。風は使えるが、どうやってもコントロールができない。前にやった時は目の前の麦を吹き飛ばしてしまい、穂をダメにしてしまった。
「ちょっと!ちゃんとやらないとまた怒られるわよ!」
ネイサが小声で注意した。
ネイサは風を使うのがうまかった。丁寧に麦を刈り取ると、自分の風に麦を乗せて運んでいた。風で物を運ぶなんて芸当はソルネと、この村ではネイサしかできない。
カイはため息をつくと、また作業に戻った。
手を休めずに周りを見ると、エンジェル達が慌ただしく走り回っていた。例年ならエンジェルも収穫を手伝ってくれるのだが、今年は違うらしい。ロロも忙しそうにエンジェルに指示を出していた。
この村に配備されているエンジェル10名のうち、9人が『アンゲロス』だった。『エクスシア』のロロは月の半分も村にはいなかった。ロロは『ゾルダ村』の他にもいくつかの村を受け持っていて、それぞれの村に配備されているエンジェルのリーダーだった。
そしてロロは『ヌーク』という都市を任せられている『エクスシア』の1人だ。人間界は各村を取りまとめる都市が存在する。そしてそれらの都市を統括しているのが、『王都グラファスト』だ。魔物がくる前までは都市の代表が王都とのパイプになっていたが、今はすべての業務をエンジェルが行っていた。
「精が出るなぁ、カイ」
ロロが笑いながら近くに腰掛けた。
「昨日夕方まで丘にいて、ばあちゃんに怒られたよ」
カイは苦笑いで答えた。
「だから早く帰れと言っただろう?まぁ、俺もアリゼにしこたま怒られたから人のことは言えんがな」
「人聞きの悪いこと言わないでください!ロロ様が悪いんでしょ?」
アリゼがロロの後ろで仁王立ちになっていた。アリゼは色白で、腰まである長いなめらかな金色の髪を首のあたりで一つにまとめていた。
「あはは……」
ロロはアリゼを見て、気まずそうに笑った。
「ねぇ、どうして今回はアリゼ様も一緒なの?滅多に村にこないのに」
カイは不思議そうにアリゼを見つめた。ロロがすぐに答えてくれた。
「ん~、物騒な噂があるからな。それで念のためにアリゼも連れてきたんだ」
「ふぅ~ん」
アリゼはなぜか少し悲しそうに微笑んだ。アリゼもロロと同じ『エクスシア』で、普段は『ヌーク』にいるとロロに聞いたことがある。
「さあ、ロロ様!休んでいる暇はないですよ!早く準備を終わらせなくては間に合いません!」
「わかってる、わかってる!」
ロロはそう言うと、よいしょと立ち上がった。
「えっ、どういうこと?なんの準備があるの?」
すかさずカイが聞いた。ロロはすぐにわかるよと言い、宿舎に向かって行ってしまった。
昼の休憩になり、カイとオレクとネイサは3人で畑の縁に腰かけ、パンを食べていた。
「物騒な噂って、やっぱり魔物のことだろうな」
カイがロロとのやり取りを2人に話すと、オレクが不安そうに言った。
「きっと、そうよね。アリゼ様を連れてきたってことは、ここが戦場になるってことかしら…。前にロロ様が、アリゼ様の治癒能力はすごいって言ってたもの。アリゼ様、自分の力が必要になるのを悲しんでいるでしょうね……」
ネイサも不安そうだ。
「でも、準備ってなんなんだろうな?ロロは、すぐにわかるとしか教えてくれなかったしなぁ」
カイはもう食べ終わり、水をごくりと飲んだ。
「なんだか、怖いわね…」
ネイサは食べかけのパンを見つめてつぶやいた。するとオレクが残りのパンを口につっこむと、それを水で押し流すように飲み込んだ。
「とにかく、もう始めようぜ!早くしないと今日中にこの畑の収穫を終わらせられないぞ!」
「そうだな!俺たちが悩んでてもしょうがない!」
カイが勢いよく立ち上がると、オレクもすぐに立ち上がった。2人は笑顔で向き合い、拳をぶつけた。
「よしっ!とにかくロロに言われた通り、収穫を頑張ろうぜ!」
「頑張るもなにも、カイは刈り取りできないだろ!」
「うるさいな!さっきの倍の速さで運んでやるからな!オレクが遅かったら話になんないぞ!」
「へぇ~、それは見ものだな」
ネイサは、カイとオレクがヤイヤイ言い合いながら麦に向かう後姿を嬉しそうに見つめていた。そして、急いで残りのパンを食べると2人の後を追った。
夕方になり、カイとオレクは息も絶え絶えに麦畑に大の字になっていた。ネイサはそんな2人の横にかがみ、顔を覗き込んで言った。
「2人とも頑張ったわね!一番早かったわよ!」
ネイサの後ろで後片付けをしていた村人たちも笑いながら声をかけてきた。
「ああ、2人のおかげでこの辺りを終わらせることができたようなもんだ」
「ホントだな!悪がきコンビもやればできるじゃないか!」
村人たちは皆、口々に笑っていた。そんな声を聞きながらカイがつぶやくように言った。
「はぁ、疲れたな、オレク」
「あぁ、もう、動けない…」
オレクはまだ息が苦しそうだった。
カイが起き上がると、宿舎のほうからロロがくるのが見えた。
「オレク、ロロがくるぞ」
オレクは起き上がり、ネイサも宿舎のほうを見た。
「ホントだわ!準備っていうのは終わったのかしら」
ロロが近づいてくるのを3人はじっと見つめた。