第4話 なにもする気が起きないとき
カイは朝方まで眠れず、目覚めるといつもより太陽が少し高かった。寝室から出るとソルネは一人で朝食を取っていた。
起きてきたカイに気づくと、ソルネはいつものように笑顔で言った。
「カイ、おはよう」
昨日の事などまるで無かったかのような様子に、カイは気まずく、返事もしないでそのまま家を出た。そしてオレクの家に走った。
今日もとてもいい天気で、気持ちのいい風が吹いていた。
村の住居はどこも木造でところせましと軒を連ねていた。
ろくに舗装されていない道を走っているとすぐに村人に声をかけられた。
「おはよう、カイ!今日は寝坊か?」
「ん~、まぁね!」
カイは走りながら返事をした。
「カイ、今日はちゃんと手伝うんだぞ!」
次は違う人に声をかけられた。
「どうだろうね?」
ニヤッと笑いながら手を振った。
この村でカイのことを知らない住人はいない。村が小さいということもあるが、祖母ソルネと母ティーシャの存在があったからだ。皆、エンジェルに感謝と尊敬を持っている。その子供であるカイも例外ではなかった。
オレクの家は村の中心にあった。家に着くと、カイはすぐにドアを開け中に入った。
「オレク!おはよう!」
「あら、カイ。おはよう」
カイが家に入ると、オレクの母ロゼは朝食の後片付けをしていた。
ロゼは穏やかでいつも優しかった。
「おはよう、おばさん!オレクは?」
「今、ちょうど用事をお願いしたところなの。もう少しで帰ってくると思うから、ちょっと待ってて」
「あぁ〜、いいや!なんでもないよ!」
カイが手を振りながら玄関に向うと、ロゼは腰に手をあて顔を近づけた。
「カイ、今日はダメよ!猫の手も借りたいほど忙しいんだから!もちろん、カイも手伝ってくれるのよね?」
「あ~、いや、もう行くよ!」
カイが逃げるように家を出ると、後ろからまたロゼの声が聞こえた。
「カイ!後でちゃんと畑に手伝いにくるのよ!」
「考えておくー!」
カイは笑いながら手を振ると、畑に向かって走った。
麦畑はいつもと同じようにキラキラと輝いていたが、心はとても寂しかった。ソルネから聞いた母の話が、頭から離れなかった。
カイはちらほらと畑に出てきている村人達を尻目に、いつもの丘に向かった。今日はなにもする気が起きなくて、楠木の根元に座った。
❬魔物ってなんなんだろうな……❭
カイはボーッと麦畑を見つめた。
カイは今まで魔物を見たことがない。産まれたばかりの頃に見たんだろうが、全く覚えていなかった。だから、魔物の姿も脅威も、話を聞いただけなので、いまいちピンときていなかった。
それに、このゾルダ村は魔物に襲われたことがない。魔物は神碧の森から少しずつ侵略してきているが、目の前の王都グラファストや村々を飛び越えて、奥の村に攻撃をしかけてくることはなかった。なので王都は、魔物の攻撃に押され少しずつ拠点を後退させながら魔物との戦いを続けていた。
今日も本当に天気がよく、気持ちのいい青空だった。顔にあたる風が心地よく、緑のいい匂いがした。キラキラと輝く麦畑を見ていると、丘に近づいてくるロロの姿が見えた。