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第3話  母の最後

 ソルネは70歳を越えてはいたが、その体はガッチリとしていて貫禄があった。髪は白髪で、いつも前髪から後ろ髪まで一つにまとめてきゅっと束ねていた。


 ソルネは軽く深呼吸して語り始めた。


「じゃあ、まずは、魔物が神碧(シンペキ)の森を突破する少し前の話からしようか。神碧(シンペキ)の森の前には王都グラファストがあったんだよ。まあ、今も王都グラファストはあるが、森を突破されるまではとても立派な城塞グラファストが魔物の侵入を防いでいた。エンジェル達は、その城塞を砦に昼夜を問わず神碧(シンペキ)の森で魔物と戦っていた。私はとっくにエンジェルを引退していてね。王都の少し後ろにあった村で暮らしていた。お前の母のティーシャは私を心配して王都に住めとしつこかったが、私は村の暮らしのほうがよくてねぇ」


 ソルネは懐かしそうに目をほそめ、遠くを見つめていた。


「ティーシャは忙しく頑張っていたよ。ほとんど村にはこなかった。まぁ、私はティーシャがエンジェルになることに最後まで反対していたからね…。それでもあの子はそんなこともあったわねとよく笑っていたよ。たくさんの仲間に囲まれて、いつも笑顔の絶えない明るい子だった」


 ソルネはふぅと息を吐くとうつむいた。


「連絡がないのはいつものことだったが、1年半近く音沙汰がないときがあってねぇ。さすがに心配になっていた時だった」


 ソルネは苦しそうに声を絞り出した。


「……急にティーシャが血まみれになって帰ってきたんだよ。ひどい傷で、助からないのは一目でわかった。そんなティーシャの腕の中にカイ、産まれて間もないお前がいたんだ」


 カイの心臓はドクンと鼓動を打ったきり、そのまま止まってしまったかと思うほどしびれていた。初めて聞く母の死の真相。カイは母の死がいつだったのかも知らなかった。だから、いろんな想像をしていた。ソルネはよく、助けることができなかったと言っていた。ティーシャもソルネもエンジェルだ。ともに神碧の森へ行くこともあったかもしれない。まさかその時魔物に殺された?それとも神碧の森を突破されたときに戦いの果てに死んでしまった?もしかしたら病気で?自分がいくつの時だろう。記憶がないからずっと小さい時?母さんとどんな生活をしていたんだろう。ばあちゃんも一緒だったんだ、絶対安らかな死だったはず。カイはティーシャが殺されたのかもと考えたこともあるが、まさかそんなはずはないとずっと穏やかな死を想像していた。

 

 ソルネはカイがただただ自分を見つめている瞳を静かに受け止めながら話を続けた。


「お前の母さんは瀕死の状態でお前を私に託すと、名前はカイだと言って、そのまま死んでしまった……」 


「母さんは、死んだって言ってたけど、そんな……!でも、ロロが言ってたよ!母さんはすごく強かったんだ!その母さんが、どうして、そんな……」


「ああ、ティーシャは強かったらしいね。よく他のエンジェル達が言っていたよ。でも、いくら強くたって死なないわけじゃないんだ…」


「でも、すごく強かったんだ……!俺がいたから…もしかしたら、俺のせいで……」


「カイ、それは違うよ。もしそうだったとしても、ティーシャは絶対にお前にそうは思ってほしくないはずだ。産まれて間もないお前を見つめるティーシャの顔。あの顔は今でも忘れられない。本当に幸せそうにお前を見つめていたよ。愛おしそうにお前の頬をなでていた」


 カイは涙を堪えるのに必死だった。自分のことを想ってくれていた母を想像すると、喜びと悲しみで胸がいっぱいだった。そんなカイを見て、ソルネは言葉を続けた。


「そしてティーシャが息を引き取ると同時に、村に魔物が押し寄せてきたんだ」


「でも、じゃあ、やっぱり母さんは魔物に殺されたの?」


 ソルネはカイを見つめ、ふっとため息をついた。


「多分そうだろうと、思うんだがねぇ……」


 ソルネはグッと思い詰めた顔つきになったが、カイは聞いたことを頭のなかで整理するのに精一杯でソルネの言葉を最後まで聞く余裕が無く、その微妙な表情の変化に気づかなかった。


「そうか、そうだったんだ……。でもさ、なんで今まで教えてくれなかったの?もっとはやく教えてくれてもよかったじゃないか!」


「今だから話したんだ。魔物が近づいてきているこの状況じゃなかったら、私はお前になにも話さなかった」


「なんだよ、なんだよそれ!他にも聞きたいことは山ほどあるんだ!もっと母さんのこと教えてよ!!」


 しかしソルネはグッとカイに迫って凄んだ。


「いいかい?この話は誰にも、絶対に話してはダメだよ!!絶対に、誰にもだ!!!」


 カイはソルネのあまりの気迫に何も言うことができなかった。ソルネはこれで話は終わりとでも言うようにカイから目をそらした。それでもカイは諦めず声を荒げた。


「じゃあ、じゃあ父さんは一体誰なの!?ばあちゃん、知ってるんでしょ!?」


 ソルネはカイを見ると、ゆっくりと首を横に振った。


「すまないね、カイ。私も父親が誰か知らないんだ……。私に連絡のなかった1年半、ティーシャは神碧の森へ行っていた。1年行くくらいなら珍しくもなんともないんだが……、ティーシャは私の元に帰ってくるまでの数ヶ月、一緒に森に入っていた他のエンジェル達とはぐれていたらしいんだ。お前の父は誰なのか、どうやって私の元に帰ってきたのか、皆とはぐれた数ヶ月どこにいたのか、誰にもわからなかった」


 カイはうつむき、拳をきつく握っていた。そんなカイにさっきまでの気迫が嘘のようにソルネは優しく声を掛けた。


「でも、お前は母さんにそっくりだ。その綺麗な黒髪も、力強い瞳もね」


「そうなの!?そっかぁ~。母さんに似てるんだぁ」


 カイは嬉しそうに笑い、頭をかいた。そしてすっと立ち上がり満面の笑みで言った。


「あのさ、俺もエンジェルになれるかな!俺、エンジェルになりたいんだ!!」


 この言葉を聞くと、急にソルネは険しい顔つきになり目をつぶり、顔を背けた。


「な、なんだよ……」


 ソルネは立ち上がり、食事の準備を始めた。カイがそれから何を言っても、ソルネは一言も話さなかった……。




 その夜、ベットに入ったカイはなかなか寝付けないでいた。初めて母のことを知り、今まで以上に魔物が憎くなっていた。


 母さんが死んだのは、魔物のせいだ……


 その思いがカイの中に渦巻き、エンジェルになりたいという思いが更に深く心に刻み込まれた。 

 

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