第1話 始まり
ここは人間界と魔界が1つの森でつながっている世界。その森を中心とし、扇のように人間界と魔界が存在している。
国境ともいえるその森は『神碧の森』と呼ばれていた。神碧の森の周囲は天まで届くほどの切り立った崖に囲まれており、たとえ魔物でも越えられるものではなかった。
そしてその崖は、人間界と神碧の森の間、約5㎞に渡りぽっかりと口を開けたように失われており、人間たちは魔物の侵入を防ぐため、『王都グラファスト』を中心にはるか昔から人と魔物の争いが続いていた。
この世界の人間は、生まれながらにして魔力を持っている。しかし、その力は弱く、とても魔物の持つ強大な魔力と戦うことなどできなかった。そこで人は魔力を増幅する武器を作った。その武器を使い、魔を滅する者を人々は敬意を表し『エンジェル』と呼んだ。
しかし、12年前。突如として魔物に森を突破されてしまう。魔界から洪水のように魔物が押し寄せ、『王都グラファスト』が陥落。それに伴い、前線で戦っていたエンジェル達は、人々を守るべく、残っている村々へそれぞれ配備される形へと変わっていった。
そんな村の一つに、カイという少年が暮らしていた。カイの髪は黒く、その瞳は吸い込まれそうなほどの漆黒。そしてカイには幼馴染の少女ネイサと、親友のオレクがいた。
3人はいつものように、村から少し離れた小高い丘で遊んでいた。丘の頂上には大きな楠木が1本あり、その根元には3人よりも大きな岩があった。
「なぁ、オレク。魔物を人間界から追い出せるかなぁ?」
カイは楠木の枝に座り、楠木に寄りかかっているオレクに言った。オレクは短髪で、銀の髪にグレーの瞳だった。なにをするにもいつも一緒で、村の皆からは『悪がきコンビ』と言われていた。
オレクは枝にいるカイを見上げるとすぐに答えた。
「追い出すまでもない。俺たちがやっつけるんだろ?」
すると、大岩に座っていたネイサが笑いながら二人を見た。
「ホント、あんた達って考えてることがいつも飛んでるのよねぇ」
「そんなことない!俺たちがみんなを守るんだ!!」
カイは興奮に顔を赤くし、ネイサに叫んだ。
ネイサは、肩まであるウェーブのかかった栗色の髪を、ふわっとなびかせてはいはいと笑った。ネイサはカイとオレクの一つ年上で、お姉さん的存在だった。表情豊かでいつも太陽のように笑っていた。
カイが村を眺めると、オレクとネイサも黙って村を見つめた。
カイが暮らしている『ゾルダ村』は、住民が100人ほどの小さな村だった。見渡す限り畑が続き、黄金色に実った麦が風に揺られキラキラ輝いていた。畑の真ん中には住居が密集するように建っており、その中でも一番大きい建物がエンジェル達の宿舎だった。この村に配備されているエンジェルは10人で、今は畑の四隅に建てられたやぐらに立ち、警備にあたっていた。人々は王都の指示により、一つの場所に人が集まりすぎないようにしていた。できるだけ散り散りになり、被害を最小限にするためだった。
村では作物の収穫まっただ中で、大人たちがせわしなく働いていた。カイは、そんな村に近づく馬に乗った人影を見つけた。すぐに誰なのかわかり、枝から落ちそうなほど身を乗り出すと、オレクを見つめ嬉しそうに笑った。
「おい!ロロが帰ってきたぞ!」
「ホントか!?」
オレクは目を輝かせ、すぐに楠木によじ登ってカイの隣に立った。
「ホントだ!ロロ様だ!それにアリゼ様も一緒だぞ!」
ネイサは岩の上で立ち上がり、興奮しているカイを見ながら、さとすように叫んだ。
「ちょっと、カイ!ロロ様でしょ!まったく…アリゼ様のことはちゃんと呼ぶのに。ロロ様に失礼よ!」
「いいんだよ!それより、早く村に戻ろうぜ!」
カイとオレクはすぐに木から降り、村に向かって走り出した。ネイサはため息をつくと、後ろを追いかけた。
村に着くと、ロロはもう村人に囲まれ質問攻めにあっていた。カイは人込みでロロに近づくことができず、少し離れたところで見守った。
「ロロ様、今はどういう状況なんですか?」
「魔物はどこまできているの!?」
「この村は大丈夫ですか?」
村人の必死の形相に、ロロは優しく微笑んだ。
「大丈夫。大丈夫だ。ただ……」
ロロはそう言うと、顔を曇らせた。村人たちは固唾をのんでロロの言葉を待った。カイも耳をそばだてた。
「また人間界に魔界の闇が広がったそうだ。少しずつ、人間界が魔界に呑まれている…」
皆はうめき声をあげ、あちこちからため息が聞こえた。そんな村人を勇気づけるようにロロは笑顔で言った。
「しかし、我々エンジェルも負けてはいない!皆はこの命に代えても必ず守ってみせる!それにこの村は、神碧の森からずっと離れているじゃないか!まだまだ大丈夫だ!それに、今以上に魔界の闇が近づいてきたら、王都から指示があるだろう。それまでは安心して生活してくれ」
ロロの言葉に皆は少し安心したようだった。
しかし、人だかりの一番後ろから声がした。
「それは、どうですかな…」
村人はその声を聞き、ロロまでの道を開けるように下がった。
声の主はこの村の村長だった。
「村長、ただいま戻りました」
ロロは深く頭を下げた。
「いやいや、ロロ様に頭を下げられるなど、そんなもったいない。ただ、近くの村で魔物を見たという噂があってな……。その噂は、もうこの村にも広がっておる。じゃから、ロロ様の帰りを今か今かと待っておったのじゃ」
「噂は私も聞いています。それについてお話ししたいので、村長の家に伺ってもよろしいですか?」
「………わかりました。皆の者、とにかく落ち着いて普段の生活に戻るんじゃ」
村長はそう言うと、ロロと共に村長の家に向かった。
村人たちはため息をつきながら、それぞれ散っていった。
カイは後ろに立っていたオレクとネイサに振り返り、興奮した顔で言った。
「今の聞いてたか!?俺はやるぞ!魔物どもを蹴散らしてやる!」
「おう!カイ、お前には負けねえぞ!!」
オレクも笑顔で答え、カイと拳と拳をぶつけた。
「何が蹴散らすよ。あんたたちにできるなら、エンジェル様たちがもうやっつけてるわ」
ネイサは冷たい視線を向けながら言ったが、カイは聞いていないかのように話を続けた。
「俺は絶対にエンジェルになるぞ!エンジェルになって、母さんと同じように魔物と戦うんだ!」
「だから、あんたには無理だって言ってるでしょ!?エンジェルになるには、人並み外れた魔力が必要なんだから!」
「何言ってんだ!カイの魔力はすごいじゃないか!まぁ、俺には負けるけど」
オレクが横目でカイを見ながら笑った。カイもニヤッと笑い、腕をぐるぐる回した。
「じゃあ、やるか!?魔力勝負だ!!」
「ちょっと、あんたたち!やめなさいよ!前もそれで畑に火をつけて怒られてたじゃない!」
「火をつけたのはカイだぞ!俺は関係ない!」
「オレク、あなたも一緒よ。オレクは地面を凍らせて大変だったでしょ?」
2人は何も言い返せず、じとっとネイサを睨んだ。すると畑からネイサを呼ぶ声が聞こえた。
「ネイサ、そろそろ家に帰りますよ!もう暗くなるわ!」
「はぁ~い!すぐ行く!いい?あんたたちももう家に帰るのよ?」
ネイサはそう言うと、父と母を追ってかけ出した。
カイは、ネイサと両親が楽しそうに並んで歩く後姿を寂しそうに見つめた。それに気づいたオレクは自分の肩をカイにぶつけ言った。
「そんな顔するな。俺だって父さんはいないんだ」
「ああ……。じゃあ、俺たちも帰るか!きっと、ばあちゃんも心配してる。勝負はまた明日な!」
「おう!また明日な!」
カイとオレクはそれぞれ手を振り、家へ走った。