草子相愛 -そうしそうあい-
「玉藻~! ファンレター持ってきたわよ」
「清ちゃん、おかえり。ありがとう!」
玉藻は、長野県在住の、少女漫画家だ。
小中学生女子を対象にした、月刊誌に連載を持っている。
清は、担当編集者でありながら、同居人でもある。
ファンレター入りの紙袋を受けとった玉藻が、頬をゆるめた。
「今回も来てたわよ」
「高尾さん?」
「ええ」
高尾さん、とは、毎月感想を送ってくる、東京在住の二十代男性だ。
姉の影響で少女漫画が好きになったらしい。
そのファンレターというのが、少々独特だった。
「和紙に毛筆って、古風な男性よね」
「私は好きだけどな、和紙。1,000年前に上皇様にいただいた、恋文を思いだすわ。添えられていた和歌が、また雅でね~」
玉藻の膝で丸まっていた、茶トラ猫のコマが、首をもたげた。
「またはじまったにゃ。玉藻の上皇語りは、長いうえにくどいにゃ」
そういうと、2本のしっぽをゆらゆらさせた。
玉藻は、人を化かす九尾の狐。
清は、炎をあやつる白い蛇。
コマは、言葉を話す猫、猫又だ。
かれらは、古民家でシェアハウスをする、妖仲間だ。
古い家だが、Wi-Fi完備、オール電化、屋根には太陽光パネルまで設置してあるので、住み心地はばつぐんだ。
高台にあるので、ながめがいい。
晴れた日には、キラキラ光る野尻湖と、妙高山がよく見える。
玉藻は、パソコンで漫画を描き、デジタル入稿をしている。
人化の術は使えるが、びっくりするとしっぽが数本でてしまう。
9本あるうちの1本ぐらい、と思わないこともないが、人間にしっぽは無いので、できるだけ人前にでないようにしている。
清は、もともと人間だった。
1,200年ほど前に、怨念によって炎をあやつる白蛇になった。
蛇になるときに転化の術を使用するため、何もしなければ人間のままだ。
だから、人間に混じって生活をするのが得意だ。
玉藻が少女漫画家になりたいと言った年に、清は総合出版社に入社した。
妖仲間を守るためではあったが、いまでは仕事にやりがいを見つけ、バリバリ働いている。
月に2,3回ほど東京本社に行くほかは、この古民家でリモートワークをしている。
リビングにあるコタツが、皆のくつろぎ定位置だ。
玉藻がお茶を入れて、清がお土産の東京銘菓の箱を開ける。
コマは、コタツ布団の上で、丸くなった。
「高尾さん、今回は細長い箱で送ってきたわよ。ついに巻物になったのかしら」
「ありえるかも。毎月、十数枚あるから」
クスクス笑いながら、玉藻は箱を開けた。
和紙の手紙と、細長い白い箱が入っていた。
「なんだろう」
白熨斗が、赤い華の水引飾りでとめてある。
ふたをあけると、赤いカーネーションが1本入っていた。
手にとった玉藻は、息をのんだ。
「このカーネーション、和紙でできてる!」
「すごいな、高尾さんのセンス」
清が苦笑した。
「これだったら、枯れないからいいね」
「枯れない赤いカーネーション……」
清がちいさくつぶやく。
玉藻は、和紙のファンレターを開封した。
『玉藻先生 こんにちは。
今月の「ハツコイにキス」も、ひかえめに言って、最高でした。
玉藻先生の繊細なタッチで描かれる複雑な心理描写は、芸術の域です。
例えば、2ページ目の左上のコマの――』
延々と続く賛美に、玉藻の顔がくずれる。
これだけ読み込んでくれるとは、作者冥利につきるというものだ。
『今度のゴールデンウィークに、道の駅しなのでキャラクターショーが開催されます。
その企画運営をまかされたので、玉藻先生の住まわれる信濃町に行くことになりました。
去年の9月号のインタビューで、玉藻先生が信濃町の大自然からインスピレーションを受けたと話されていましたので、現地に行けるのがいまから楽しみです。
先生の愛する野尻湖や妙高山を、この目に焼きつけたいと思います。
季節の変わり目ですので、ご自愛ください。
高尾 律』
玉藻の心臓が、ドキリと音を立てた。
「高尾さんが来る」
「え!?」
おもわずこぼれた言葉に、清がおおげさに反応した。
玉藻は、言い訳のように補足する。
「く、来るっていっても、仕事で」
「いつ、どこに?」
「ゴールデンウィークに、道の駅しなの、に」
清の目が、キラリと光った。
「ちょうどいいわ、玉藻。あなた、高尾さんに会ってきなさい」
「ええ!?」
「そろそろ新しい恋をすべきだわ。実はハツキスの読者投票の伸びが悪いのよ」
ハツキスとは、玉藻が連載している漫画「ハツコイにキス」の略称だ。
「この体験を、漫画に活かすの!」
「……人間は、はかないから。恋をしたところで」
「言いたいことはわかるわ。でもね、とりあえず漫画の糖度を上げてもらわないと、このままでは連載打ち切りもありえるわよ」
「打ち切り!?」
「嫌でしょ? 嫌よね? だから会ってきなさい。これは担当編集者命令よ」
「清ちゃん、スパルタ……」
清は、こうと決めたら曲げない性格だ。
長い付き合いで、それを熟知している玉藻は、肩を落とした。
「会うだけだからね。はあ、迷惑がられたらどうしよう」
「あら玉藻。赤いカーネーションの花言葉は?」
「知らないけど、なに?」
玉藻の視線を受けて、清は妖艶にほほえむ。
「――会いたくてたまらない」
「来ちゃった……」
ゴールデンウィークの道の駅しなのは、活気にあふれていた。
駐車場の一画に、簡易ステージができている。
その周囲に、スタッフたちがいる。
近くにいけば、どの人が高尾さんか、わかるかもしれない。
前しか見ていなかった玉藻は、横から来た人と軽くぶつかる。
「すみません!」
人の良さそうな、中年の女性だった。
「あら、こちらこそ」
ワンッ! と彼女が抱いていた小型犬が吠える。
「ひっ!!」
九尾の狐である玉藻は、犬が大の苦手だった。
「では、わたしはこれで!」
おもわずダッシュすると、うしろから中年女性の声が聞こえた
「リムちゃん!」
リムちゃん? と振り返ると、小型犬が追いかけてきていた。
玉藻は叫びながら逃げた。
建物の影まで走ると、行き止まりで絶望する。
後ろを振り返ると、小型犬がせまっていた。
「いぃやぁああ!!」
「だいじょうぶですか!?」
男性が駆けてきて、ひょいと小型犬をだっこした。
脅威が去り、玉藻はへなへなと地面に座りこむ。
おくれてやってきた中年女性に、男性が犬を返す。
謝る女性に手を振ってこたえ、玉藻はおおきく息をはく。
「ありがとうございました」
「立てますか?」
「はい」
そのとき、おしりにしっぽの感触があり、玉藻は血の気がひく。
驚いたときに、1本出てしまったらしい。
なんとか隠しながら立ち上がる。
「この手帳、あなたのですよね?」
「そうです!」
見覚えのある赤い手帳は、取材用のものだ。
片手でしっぽを押さえながら、もう片手でぎごちなく受け取ろうとして、失敗する。
落ちたときに開いたページは、ハツキスのキャラクターがでかでかと書いてある場所だった。
しっぽを隠すのも忘れて、手帳にとびつく。
その直前、男性がサッと手帳をひろった。
「これは……」
男性が、ガバリと玉藻の両手をにぎった。
「玉藻先生ですか!? 俺、高尾律といいます。先生の漫画の大ファンです!」
「あ、和紙の方」
「マジか、先生に認知されている。俺、もう死んでもいい……」
バサァッと音がして、彼の背中から茶色の翼が生えた。
「あの、高尾さん。翼が出てますけど」
「うえ!? あ、やば、いや、これはその」
うろたえる彼の瞳孔は、猛禽類のような金色だった。
「信じてもらえないかもしれないんですけど、じつは俺、天狗と人間のハーフなんです」
玉藻は、あっけにとられる。
「あの、玉藻先生もしっぽが――多い」
「うえ!?」
「もしかして、九尾の狐」
「このことはご内密に!」
「もちろん。ですが、おなじ妖のよしみで、ひとつ頼み事があります」
「なんでしょうか」
「直接、玉藻先生への想いを語らせてください」
真摯な瞳で懇願され、玉藻はぐらりと揺らぐ。
天狗と人間のハーフの律は、鼻筋がシュッと通っている男前で――玉藻のドストライクの顔だった。
そして、つい、興味本位で質問をしてしまった。
「ちなみに、高尾さんの寿命は」
「人の十倍以上です」
清からは恋をしろと言われ、目の前にはふさわしい相手がいる。
それでも玉藻は、最後の一歩を踏みだすのを迷う。
「高尾さんは、お住まいが東京ですよね? 新幹線の時間とかもありますし」
「天狗の能力はご存じですか? 一瞬で何百キロも移動できるんです」
つまり、遠距離ではない。
恋する条件がそろってしまったことに、玉藻はうろたえながらも、肯定するような提案を口にした。
「あとで、家に来ます?」
「いいんですか!? ぜひ!! 先生の仕事場……生原稿……はぁはぁ」
息をあらげた律に、玉藻はかるく引いた。
住所を伝え、家に帰った玉藻は、清とコマに事の顛末を話す。
夕方、約束通りに訪ねてきた律は、怒涛の勢いで深夜まで語りつづけた。
そしてまた玉藻の両手をにぎり、熱望のまなざしでこう言った。
「想いを伝えきるまで、毎日通うことをお許しください」
数日だろうと思い、玉藻がうなずくと、律はしあわせそうな笑みを浮かべ、帰っていった。
玉藻は知らない。
律が、まだ1,000分の1も伝えきれていないと思っていることに。
律は、毎晩たずねてきて、恋焦がれるような表情で、玉藻への敬愛を語っていく。
ほどなくして、それに求愛が混じりはじめた。
清やコマの後押しもあり、玉藻はじょじょにほだされていく。
律に対するドキドキを漫画に反映させたところ、ハツキスは読者投票で首位を走り続け、ついに来春、アニメ化することが決定した。
そしてむかえた大安吉日。
日が照っているのに雨が降る「狐の嫁入り」の天気の中、ふたりは祝言を挙げて契りを交わす。
1,000年以上生きてきた九尾の狐と、つぎの1,000年も、隣で生きると約束した天狗の子は、おたがいに愛おしげなまなざしで見つめあった。
こうして玉藻と律は、末永くしあわせに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。