2 雨の前触れ
わたしが嵐を消したことは国中で祝われたらしくて、国中の劇団がコメディーを上演したと聞いた。でも殿下は私が『快晴の儀式』の慰労会をスキップしてアルと帰ったことをよく思わなかったみたいで、慰労会のやり直しを「私が緊張しない範囲で」やることになった。今はその招待者リストを私が決めることになって、また宮殿に来ている。
「いいか、婚約者の私とエディスがホストとなって、国王陛下及び女王陛下、エディスの両親、テオドリックとその両親の騎士団長夫妻、ハロルドとその両親の王室家令夫妻、儀式を執り行った女官二人、それに一応神官のエドウィン、この内輪の集まりを軸に、数人の親族を呼んでもいいということにしよう。」
殿下はいつも以上にテキパキしている。
「わたしの行き過ぎたファンの方がいなければ、わたしは大丈夫です。あと、わたしがおしゃべりしなくてすむような形がいいです。」
社交はつかれちゃう。パーティーに出ないといけないときは、殿下かアルとできるだけ一緒にいておしゃべりを担当してもらっている。
「待ってください。なぜ僕の名前がないのですか。」
アルが不機嫌そうに言った。慰労会スキップ事件で殿下とギクシャクしたのは確かだけど、でも可愛いアルがこんな声を出すのは珍しい。
「どうしたの、アル?お腹痛いの?」
「ううん、大丈夫だよ、姉さん!」
アルはいつもの笑顔に戻っていた。安心する。
「お前を呼ばないとはいっていない、アルフレッド。『呼んでもいい数人の親族』の中に入っている。」
「姉さん、殿下がいじめるよお!慰めて!」
殿下に冷たい目で見られていたアルがわたしに抱きついてきた。こういうときはハグをして頭をなでてあげるとアルは落ち着く。
「はいはい、いい子ね。殿下もアルをいじめちゃだめですよ?めっ!」
「めって・・・かわいすぎる・・・」
反省したのか、殿下がすこしうろばえていた。ああ、やっぱり、殿下もアルの可愛さにやられているのね。でも殿下はツンデレさんなのだ。わたしが二人の仲をとりもってあげないと。
「しかし、嵐が来なかったのはよかったですが、結局一瞬雨がふっただけだったので、貯水池の水はほとんどたまらなかったようです。このまま行くと水不足になるになるでしょうね。」
心配性のハロルドがまた心配している。わたしが村人さんが可愛そうで泣いたのは一瞬だったから、雨はあんまりふらなかったみたい。
「なったらなったで、私が泣けるような悲しい話を持ってきてもらえばいいんじゃない?」
「そんな悠長なことは言ってらんないぜ。」
今までだまっていたテオドリックが口を挟んだ。
「王都のあたりはまだいいが、うちの領地のあたりは農産物に影響が出始めてやがる。それにエディスは飽きっぽいから、悲劇なんて読み終わらないかもしれないじゃねえか。」
「そんなこと・・・あるかも。」
そういえば読みかけの本が本棚にいっぱいある。わたしの能力のせいで普段は悲しいエンディングの本は読ませてもらえないから、結末の予想がついちゃうのが多い。
「エディス、もし必要となったら、『雨乞いの儀式』をしてもいいだろうか。」
わたしの機嫌を優しく伺うように、殿下が聞いてきた。
「そんなの姉さんが辛いだけじゃないか。」
さっきから抱きついたままのアルが、私の胸に頭をうずめたまま殿下を責めた。
「『快晴の儀式』を強行したお前に発言権はない。あといい加減ハグをやめろ!」
ツンデレの殿下はアル相手に意地をはってしまって、素直になれないみたい。
「いいですよ、テオの領地のために今儀式をやっても。たぶん悲しいお話を読むのは時間もかかっちゃうし。」
わたしは思い切って自分から名乗り出た。気が進まないのはたしかだけど、気を使われながら回りくどく頼まれても疲れちゃうし。
「いいのかエディス?」
殿下はまたわたしに気を遣っている。そんなに怖がらなくてもいいのに。
「無理しないでよ姉さん!」
テオの可愛い顔が見上げてくる。思わず決心がふらつきそうになるけど、前みたいに板挟みになっても嫌だから、ここははっきりしておく。
「いいの、無理じゃないの。テオは友達だもん。」
「ありがとなエディス。助かるぜ。」
テオがポンポンと私の頭を叩いた。アルが急に威嚇する子犬みたいな顔をしてテオを睨んだ。
「どうしたのアル?痛くないから平気よ?」
「姉さんだめだよ?僕以外に体を触らせちゃ、僕悲しくなっちゃう!」
涙目のアルはあまえんぼさん。
「まあ、それじゃあ気をつけるわね!」
「アルフレッド、頭をエディスの胸に押し付けるのをやめろと言っているだろう!」
殿下がちょっときつい声をだしたので思わずびくっとした。
「エディス、大丈夫か?」
殿下がまた気を遣ってくる。目の前に現れたきれいなお顔に、だんだん頭がぼうっとしてくる。
「姉さん、顔に騙されちゃだめだよ!」
「騙しているのはどっちだ!」
「盛り上がってるとこすまねえが、祭壇の間の準備が整ったようだぜ。」
言い合いをする仲良しツンデレさん二人組の間をテオがとりなして私達は『雨乞いの儀式』を執り行うことになった。
「危ないから、アルは近づいちゃだめよ?」
「危ないところに姉さんを放っておけないよ!」
「とりあえずお前はいい加減ハグをやめろ!」
ガヤガヤしながら、みんなで祭壇の間にあるいていく。