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1 嵐の前の騒がしさ

わたしは聖女らしい。わたしがはっきりした感情をあらわにすると、国中の天気がそれに反応する。


5歳のとき、飼っていた犬のマーリンが老衰で死んじゃった。わたしは夜通し泣いた。そのときの大雨は国中であやうく洪水を起こすところだったらしいけど、家中総出でわたしを懸命に寝かしつけたら、なんとか雨がおさまったらしい。


8歳のとき、男の子に恵まれなかったお父さんとお母さんが、又従兄弟のアルフレッドを養子にもらったとき、わたしは新しくできた可愛い弟にいつもごきげんだった。晴天の日が続きすぎて国中で干ばつが起きてしまって、わたしと弟は一定期間引き離された。寂しくなったわたしが泣いてしまったことで干ばつはおさまって、作物の収穫にはぎりぎり被害がでなかった。


といっても、実は天気はわたしの機嫌に比例するわけではなくて、感情がはっきり表にでたときだけ影響を受けるみたい。演技は効かないけど、無理やりその感情をつくるだけでも、天気はずいぶん変わる。


だから、嵐が来そうだというその日、宮殿に呼び出されたわたしは嫌な予感がしていた。


「エディスです、ただいま参りました。」


王子殿下の控える部屋はドアが開けられていて、わたしがスカートを支えて挨拶をすると、みんなの目が私に集まった。16歳になって少し背が伸びたから、去年にしたてたスカートの丈が大丈夫か心配になった。


「エディス、よく来てくれた。」


わたしの婚約者、エセルレッド王子殿下が笑顔で挨拶する。色の濃いブロンドと、引き締まった体つきで堂々とした王子様だけど、わたしにはいつも優しい。もちろん、大事にしてくれているのは天気をどうにかする力が理由であって、わたしのことを本当にどう思ってくれているかは分からない。


「きょうはどのようなご用事でしょうか。」


私が恐る恐る尋ねると、殿下は周りの臣下たちに目配せをしてから私に笑顔を向けた。


「ああ、大事な話がある。いいか、今から私の言うことをよく聞いてほしい。」


周りに控えた殿下の臣下たちが息を飲むのが聞こえる。


「先日、私達がスパイの募集をしたとき、古城の麓で候補者達に封筒をわたして、その封筒をできるだけ速やかに塔の最上階まで運ぶように、との指示を出した。一人の候補者は出遅れてしまい、勝ち目がなくなった彼は投げやりになって封筒を開けた。そこにはこうかかれていた。『おめでとうございます。あなたは採用されました。』」


言い終わった殿下がニッと笑顔を見せる。すごくかっこいいけど、なんの話だったんだろう?


「はあ・・・良かったですね?」


わたしの反応に、殿下が悲しそうにうつむいた。


「自信作だったのだが。ハロルド、外はどうだ?」


「だめです殿下、天気雨がふり始めました!」


窓の外を見ていた殿下の秘書ハロルドが大声を上げた。殿下はあからさまにがっかりしている。


「王子は凝りすぎだ!俺に任せろ!」


王子の護衛をしている騎士のテオドリックが勢いのいい声をあげた。赤い髪の短髪で、がっしりとした筋肉をいつも自慢にしているみたい。殿下や私とは幼馴染で、昔から遠慮しない喋り方をする。


「話が複雑すぎてエディスを混乱させているんだ。シンプル・イズ・ザ・ベスト!さあ、エディス、よく聞け!」


「うん、ちゃんと聞くから、テオはもう少し声を小さくして。」


テオはいつも猛突進。わたしは思わず耳を抑えそうになった。


「『先生、俺、透明人間になっちゃった!』『誰だ?』」


「え?」


テオはダジャレを言いたかったみたいだけど、わたしにはどこが面白いのかよくわからなかった。


「だめです、北風が吹き始めました。嵐は北西からやってきているのでよくない状況です。」


ハロルドが必死そうになっている。


「く、俺の勢いが足りなかったか。」


「勢いの問題ではなかったと思うが・・・」


落ち込んだテオを複雑な顔をした殿下が慰めた。


「坊っちゃん達には難しいようだね。エディスちゃんを無理に笑わせようとするからよくないのだよ。わたしの出番のようだ。」


後ろに控えていた美貌の神官のエドウィンが前に出てきた。さらさらとしたプラチナブロンドと先の細い体で、いつもか弱いような不思議な雰囲気を出していて、宮廷のご婦人たちにとっても人気がある。


「エディスちゃん、かわいいね、なんでこんなに可愛いんだろう。まさに世界の七不思議だ。」


「神官様、そんなこと言われたら、照れちゃいます・・・」


神官様はよくわたしを照れさせる。そうすると日が照ってくるらしくて、みんなが喜ぶ。わたしとしては心臓がもたないからほどほどにしてほしい。殿下と弟もなぜか喜ばないけど。


「その反応も本当にかわいいね。信じられないくらいかわいいよ。もう食べちゃいたい。」


「えっ!?」


神官様になでられそうになって、思わず一歩下がる。


「なっ!?」


殿下が思わず神官様の肩をつかむ。


「みぞれが降り始めました!ひどい状況です!」


ハロルドが叫ぶ。


「エドウィン、この色情魔が!私のエディスを怖がらせてどうする!」


殿下は今度は神官様の胸ぐらをつかんだ。


「いや、反応があまりにも純粋すぎてね、つい。」


「『つい』じゃねえよ!こんなエロ神官、俺が去勢してやる!」


テオが刀に手をかける。


「喧嘩はやめてー!」


わたしの叫びにみんなびくっとして、動きを止めた。


「こうなったら、ハロルド、笑える話を聞かせてくれないか。」


殿下に指名されたハロルドがびっくりした顔をした。


「僕ですか?ええと・・・あるところに行き倒れかけた村人がいました。その前に天使があらわれ、こう言いました。『いまのあなたの望みをきかせてください。』村人は最後の力を振り絞ってこういいました。『やすらぎと、ささやかな愛情です。』天使は微笑んで応えました。『アンケートにご協力いただき、ありがとうございました!』」


えええ?


「村人さん・・・かわいそう。う、うわーん!」


もとからわたしは涙もろくて、気の毒な村人さんのことを思うと涙がでてしまった。


「うわっ、外は大雨じゃねえか!どうしてくれるんだよハロルド!」


「僕に言われても、そもそも無茶です!」


また喧嘩を始めちゃう。悲しくなる。


「おちつこうか坊っちゃん達、大きな嵐の前なのに川の水位が上がってしまうよ!道化師はどこにいるのかな。」


「奴はエディスを笑わせられずにプライドが傷ついたらしく、放浪の旅にでてしまったのだ・・・」


神官様も殿下もげっそりしている。


「こうなったら『快晴の儀式』をするしかないですよね?」


聞き慣れた声がして、振り返ると、ドアの横の私から見えなかった位置に、わたしと同じ茶髪の弟の姿があった。今日は礼服なのにわたしよりもかわいい。ずるい。


「アル、いたの?全然気がつかなかった!」


「気配を消していました。きれいな姉さんをそっと見守っていたくて。」


アルはわたしに対しては神官様みたいなことを甘いことを言ってくる。もちろん国の天気がかかっているからで、わたし以外の女の人にはとてもそっけないけど。


「いや、『快晴の儀式』はやめておきたい。エディスも嫌だろう?」


殿下は『快晴の儀式』に同席したことはないけど、その話が出るといつも嫌そうな顔をする。


「それは、大変なのは確かですし、しないですむならその方がいいですけど。でもみんな頑張っているのに心から笑えなくて申し訳ないし、私にできるならアルに頼んで『快晴の儀式』をするしかないかと。」


「儀式を執り行うのは私ではだめだろうか。」


殿下は急に子犬みたいな表情でわたしに聞いてきた。


「そんな!恥ずかしいです!アルは私が9歳のときから『快晴の儀式』を担当しているけど、殿下に代わったら頭に血がのぼってしまいます!」


「そうですよ殿下。僕と殿下では姉さんの信頼度合いが違います。親密さも段違いです。」


アルがわたしに同調して、なぜか殿下がアルのことを怖そうに睨んだ。


「殿下、そんな怖い顔をしないで。私ならアルに任せれば大丈夫ですから。」


「悔しいが、エディスがそういうなら。だが、いずれ私が引き継ぐことも考えておいてくれ、エディス。」


ほんとうに悔しそうな顔をした殿下が私に嘆願してきた。これは断れない。


「わかりました。」


「姉さん、着替えをとなりの部屋に用意してあるから、それを来て祭壇の間まで来て。あと、僕がずっと儀式を担当するから、殿下のおねだりに負けちゃだめだよ?」


弟がうるうるした目でしてくるかわいいおねだり。いつもかなわない。


「わかったわ。アルはほんとにかわいいわね!」


「エディス!私と約束したじゃないか!いずれは私が、と。」


殿下がいつのまにか近くにいて、顔を近づけてきた。すごく美形で、その青い目で見つめられるとぼうっとしてくる。


「ええ・・・約束です・・・」


「姉さん!」


アルが後ろから抱きついてきた。


「姉さんがいなくなったら、僕はもう生きていけないよ・・・」


わたしの耳元でささやくアル。顔があつくなってきた。


「アル・・・」


「霧が濃くなって来ました!もう雲の様子も見えません!」


ハロルドがまた叫んだ。


「ええい、茶番はいいからさっさと儀式をやってくれ三人とも!」


テオの大声に急かされるように、わたしは着替えに向かった。


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