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神様のいたずら

 全てが色あせて見える高校一年生の春。

 全てが鮮やかに見える時期だろ、と大人は言う。

 だが、俺にとっては全て、洗濯を繰り返したTシャツくらいの色ぐらいにしか映っていなかった。


 この春、高校生になった俺は無事に独りぼっちコースを邁進している。

 それはもう突き進んでいる。

 高速道路を逆走する暴走車の如く我が道を進み続けた。

 

 それじゃあ寂しいだろう、って?

 答えは否だ。

 結局、色あせて見える説に戻るのだが、その理由は俺の育ってきた環境にあった。

 育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めないし、セロリが嫌いという話ではない。

 

「蒼!学校に行く時間だろ!そして私は作家を叩き起こしに行く時間だ」


 今、俺の名前を呼んだこの女性。

 まぁ、母なのだが。

 彼女の名前は春田 美咲。

 職業は少女漫画の編集者である。


「美咲さん、もう起きてるよ」


 俺はそう母に返事をした。

 そして俺がリビングの椅子に座ると向かいには、今日も不機嫌そうな男が座っている。


「蒼、お前も高校生だ、起こされる前に起きてはどうだ?」


 父親のようなことを提案してくるこの男性。

 まぁ父親なのだが、春田 隆は恋愛小説家である。

 不機嫌そうなのは不機嫌なのではなく、考え事をしていると不機嫌そうに見えてしまうのだとか。

 そんなことは知ったことではない。

 不機嫌そうにすると周りの空気までピリピリしてしまう。

 不機嫌のおすそ分けは遠慮願いたい。


「わかってるよ、父さん」


 俺はそう返事をして、机に置かれている食パンを手に取って家を出た。

 なんで、家で食べないか、だと?


 少女漫画ではそうしているからだ。


 少女漫画で主人公は朝ご飯を家で食べてから学校に向かうか?

 今ではそういった作品もなくはないだろう。

 だが、俺が読んできた作品ではパターンが決まっている。


 いっけなーい、遅刻遅刻。

 もう私ったら寝坊しちゃって。

 パンを食べながら走らなきゃ!

 あの角を曲がれば、学校よ!

 きゃ!誰よもう、ぶつかったのは。

 気をつけろですって?

 謝るのが先でしょ。

 はぁ、何とか間に合った。

 え?転校生?

 さっきの男の子じゃない。

 トゥクン。


 なぜ同じ学校に向かっているのに角でぶつかるのか、とか。

 新学期早々に転校生が来るのか、とか。

 どうして女目線なのか、とか。

 トゥクンとは何か、とか。

 そう言った話ではない。

 俺が言いたいことは、俺はそう言う環境で育ってしまった、ということだ。

 少女漫画の鮮やかな世界に比べれば現実世界など、色を塗る前の塗り絵である。


 少女漫画に人生を捧げた母と恋愛小説を書いている父。

 その間に生まれた俺は物心ついた時から少女漫画に囲まれていた。

 寝る前の絵本の代わりはもちろん少女漫画。

 勢い的には離乳食から少女漫画だったんじゃないかと思っている。


 つまり、少女漫画によって構成された、悲しき男だというわけだ。

 自分の悲しい過去を語ればキリがないので、とにかく俺は学校へ向かう。

 

 私立藍籠高校。それが俺の通っている高校だ。

 入学式から一週間。既に人間関係はある程度構築され、俺は立派な独りぼっちになっていた。

 誇り高き独りぼっち。孤高と表現しても差し支えないかもしれない。


 登校し授業を受け帰宅する。

 高校を卒業した、という資格を得るためにそれを三年間繰り返す。

 皆がそれを理解し、ある程度の努力をしている。

 そして一部の夢を持っている奴はその為にまた努力をしていた。

 汗と涙を流した分だけ夢に近づく、と誰もが信じてやまない。

 馬鹿なのか、と俺は誤解を恐れずに発言したい。

 いや、心の中ではあるが。

 努力が実るのは漫画の中だけだ。

 現実世界では妥協を繰り返し生きていくしかない。

 

 高校生にとってもある程度の妥協は必要である。


 例えば、だ。

 今は授業の合間の休み時間なのだが、教室の真ん中でイチャイチャしているクラスメイトがいる。

 入学して間もなく付き合った同じクラス同士のカップルだ。

 俺は問いたい。

 本当にその相手は理想の相手なのか、と。

 高校生活を楽しく過ごすために、妥協してその相手を選んだのではないか、と思う。


 もし相手が魔界の王子でも、悪の組織のボスの息子でも、地球防衛軍でも、記憶を失っても、何年も目覚めない病気になっても、すべてを受け入れることが出来るのか。


 よく言われる。

 そう俺はめんどくさいんだ。自覚している。

 父さんがくれた理屈っぽさと母さんが残した少女漫画愛でこうなった。

 天空の城もお手上げの人材というわけだ。滅びの呪文でも唱えてくれ。


 こんな俺にまともな恋愛などできないだろうことはわかっている。

 恋愛においては少女漫画のような展開を求めてしまうし、この理屈っぽさを受け入れられる女の子がいるなら教えてほしい。


 だが、俺にも楽しみはある。

 

 現代国語の授業中にも俺はそれを楽しんでいた。


「春田!聞いているのか春田!」


 頭上から飛んできた言葉に俺はふと顔を上げる。

 授業を真面目に聞いていなかった俺を現代国語の教師が注意した。

 

「はい、聞いていませんでした」

「おかしいだろ。はい、と聞いていませんでしたは並ばないだろ普通」


 教師はそう返してきた。

 やれやれ、現代国語を教える身ならば、文脈から読み取ってほしいものだ。


「はい、は返事で、聞いてませんでした、が返答です」

「いや、結局駄目だからね?聞いてなかったら駄目だからね?そんな風にうまく返した感じ出されても」


 そう言って教師は授業を再開した。


 とはいえ、俺は現代国語に全く関係ないことをしていたわけではない。

 先ほど述べた俺の楽しみというのは恋愛小説を書くことである。

 今は小説の基となるプロットを作成していた。

 物語がどのように展開されていくのかをノートにまとめ、それをしっかりとした文章にし、登場人物の感情を乗せて、形にする。

 小説を書いているのだから、現代国語を学んでいるといっても過言ではない。


 授業中は大体ノートにアイデアをまとめ、家に帰ったらパソコンでちゃんとした文章にしていく。

 それを繰り返し俺は生きている。

 現実世界でできない恋愛をその文章の中で解放していた。


 今日も定められたすべての授業を終え、俺は帰り支度をし、教室を出る。

 廊下を通って階段を降り、更に歩いて校門へ行く。

 これから三年間何度も通る道を通り、校門に差し掛かった時、鞄の中のスマホが震えた。


 どうせ母親か父親なのだが、すぐに出ないと不満をぶつけられるのはわかっている。

 理不尽だ。

 思春期なのだから親の連絡など無視したい年ごろかもしれないだろう、と思いながらスマホを確認するとやはり母親からのメールであった。


晩御飯が食べたければ、玉ねぎを購入しろ。

 誰にも言わずに一人で買え。


 なんで誘拐犯風なんだよ。

 普通に買い物も頼めんのか。

 そう心の中でコメントをしていると再び母親からメールが届いた。


 あ、元々一人か。


 なんで追い打ちをかける?

 なんで母親がそう言うことを言う?

 そもそも、友達が出来ないのは、この育ちのせいだと言っても過言ではない。


 三年前、中学一年生のころ、クラスメイトの男に話しかけられた。

 たまたま相手も少女漫画が好きで、少し盛り上がった。

 もちろん俺ほどではなかったが、ある程度の知識があり、その流れで彼はこう言う。


「じゃあ、友達になろうぜ」


 友達とは確認するものではないと思っているが、これまで友達のいなかった俺にとってその提案はやぶさかではない。

 彼はそう言って右手を差し出してきた。

 俺は彼の気持ちに応え、彼の左頬に右ストレートをぶち込む。

 すると彼はいきなり怒り狂い、友達になるどころではなかった。


 なぜ、彼に右ストレートをぶち込んだか?

 つまらない質問をするな。

 男同士の友情ってやつは拳で結ぶものだろう?

 ヒロインを取り合う男同士、喧嘩をして友情を深めていく。

 つまり、友達になるためには拳で語るしかない。

 そういうものだ。


 その結果、俺は「いきなり殴りかかってくるやばいやつ」というレッテルを貼られ、友達のいない中学生活を送った。

 

 自分の中学生活を思い出している場合ではない。

 携帯を鞄に戻そうとした時、俺は違和感を覚えた。

 

「ノートがない」


 つい言葉にしてしまう。

 授業中に書いていたあのプロットノートが見当たらない。

 この鞄から取り出されるものランキングでいうと、スマホに次いで二位なのだから、無くなっていればすぐに気づく。


 俺はすぐに引き返した。

 あのノートには自分の思いついた設定が書いてある。

 他人に見せられるようなものではない。

 簡単に言うと見られると恥ずかしい。

 いや、恥ずかしくて死んでしまう。

 誰も見ないで、お願いだから。

 拾った人にジュース買ってあげるから。


 つい本音を吐き出しながら俺は走って自分が歩いてきた道を探した。

 廊下を通り、階段を上る。

 その階段の先にノートはあった。

 正しくは階段の上に立っていた女生徒が右手に持っている。


「あ、そのノート」

「これはあなたのなのね」


 彼女は俺にそう言って首をかしげた。

 それほど同級生に詳しくない俺でも彼女のことは知っている。


 これ以上ないくらい少女漫画に出てきそうな同級生がいるということは有名である。

 まず第一にとんでもない美少女だ。その辺のアイドルなんて相手にならないくらいのルックスである。

 と、同級生の男が話しているのを小耳にした。

 決して俺の意見ではないと言っておきたい。いや、美少女だが。

 

 そして次に彼女は一年生ながらこの学校で一番の学力を誇っている。

 日本一の大学入試問題を規定時間の半分もかからず解いたという噂だ。

 現に入試でも満点をとったらしい。

 更に彼女は入学してすぐの体力テストで高校生女子とは思えない記録を出したそうだ。


 そして彼女は日本でも有数の大企業のお嬢様である。

 青野宮グループといえば、ホテル経営や建設業、出版業まで手を伸ばしそのすべてで業績を伸ばしている企業だ。

 

 つまり、これ以上ないくらいの美少女でありながら文武両道でありながら、お嬢である。

 もう一つ忘れていた。彼女はアメリカ帰りだということ。

 彼女は中学卒業までアメリカで過ごしている、帰国子女だ。


 神様は配分を間違い過ぎていないか?

 なんだ、自分の理想の女の子でも作り上げているのか。

 何メキメモリアルだ、何プラスだ、何ナドなんだ。


 俺がそんなことを言っている間に彼女はそのノートをさらに読み進めた。


「ちょ、読まないで」


 俺がそう言うと彼女は再び首をかしげる。


「私はあなたに尋ねたわ。これはあなたのノートなのか、と。その返答はなかったので私はこのノートの持ち主を突き止めるために読み進める。問題あるかしら?」


 俺が言うのも何だが、この女生徒は理屈っぽいぞ。

 めんどくさい側の人間だと俺は察した。


「これは俺のノートだよ。返してくれるか」

「そうなの、助かったわ。私古代エジプト文字は読めないの」

「いや、完全に日本語なんだが」


 そんなに俺の文字は汚いのか。

 にしても例えに悪意がないか?


「これは恋愛について書かれているのかしら。運命的な出会い、目と目が合う、意識をし始める。これは何でしょう?恋愛指南?」

「読むなよ。ってか読めてるんじゃないか。恋愛・・・・・・指南ではないけど、教科書というか」


 少女漫画、恋愛小説は教科書といっても過言ではないだろう。

 すると彼女はこう言った。


「では、私に恋愛を教えていただけないかしら?」


これが俺、春田 蒼と彼女、青野宮 春子との出会いだった。


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