8、新たな弟は攻略対象であるらしい
ワードルドとウィズべリアの父でありアレイスター公爵家当主であるアルノルド・アレイスターとその夫人であり二人の母でもあるルベリリア。
黒目黒髪であるアルノルドは頑なにルベリリアと目を合わせようとはせず、そんな夫を紺色の瞳でにらみつけるルベリリアは笑顔ではあるが般若ともオーガとも呼べそうな恐ろしい雰囲気を放っていた。
青ざめた様子のウィズべリアに、また『乙女ゲーム』の知識を何か思い出したのかなと思いながら、ワードルドは幼いながらに緊張した様子の少年の前に膝をついて目線を合わせ、話しかけた。
「はじめまして。私の名前はワードルド。こっちは妹のウィズリアという。君の名前は何かな?」
「あ………、れいのるど、です」
「レイノルド、良い名前だね。何歳なのか言えるかい?」
「えと、よん、です」
親指だけを曲げて手で数字を表しながら、少年――レイノルドは答えた。
髪の色は黒に近いが少し薄めのグレーに、アレイスター公爵家特有の漆黒とも言われるほどに全ての色を吸い込みそうなくらいに暗い、黒色の瞳。
アルノルドの隠し子であるのか、その父である亡き前公爵の落とし種であるのかはわからないが、間違いなくアレイスター家の血を引いているとわかる。
とりあえず、ルベリリアの子ではないのは確かである。レイノルドはウィズべリアよりひとつ下ではあるが、その時期に母が妊娠していた記憶がワードルドにはなく、そもそも母の髪はグレーではなく紺色だった。
「そう、四歳になるのだね。自分で言えてえらいね」
父と母が修羅場に突入しそうな雰囲気であるから、ほぼ確実に父の子――自分たちの異母兄弟になるのだろうなと考えながらもそれは表に出さず、ワードルドは笑顔でレイノルドの頭を撫でる。
アルノルドとその浮気相手が悪かったとしても、生まれた子には罪はないとワードルドは考えている。
ワードルドに褒められたことに気をよくしたのか、それまでの緊張が嘘のようにレイノルドから強張った気配が消える。レイノルドの顔に、はにかんだような笑顔が浮かんだ。
ワードルドとレイノルドは、にこにこと笑顔で見つめ合う。けれど後ろにいるはずのアルノルドが説明をする気配はない。ルベリリアの無言の圧力に――蛇ににらまれたカエルようように固まっている。
「うーん、そうだな。レイノルド」
「なあに?」
「お菓子は好きかい?」
「!!! おかし!」
「好きなようだね。では向こうの部屋に行って、私とウィズと三人で一緒にお菓子を食べよう」
「うん! ぼく、おかしたべる!」
元気の良い返事にワードルドは頷いて、レイノルドと手をつないで立ち上がる。
それから青ざめたまま微動だにしないウィズべリアに手を差し出した。
「ウィズ。お父様もお母様もお忙しいようだから、私たちはあちらでお茶をする事にしよう。ここでずっと立っているのも何であるし、せっかくだから三人で仲良くしよう。おいで」
「あ……、お兄さま」
「大丈夫だよ、ウィズ」
不安そうな表情のウィズべリアに、力強くうなずくワードルド。
ワードルドとレイノルドを見比べ、それからおずおずとワードルドの手に自分の手をのせた。
「では、行くとしよう」
「おかしー!」
「……はい」
左にレイノルド、右にウィズべリア。三人仲良く手をつなぎ、これから修羅場になるであろう広間からワードルドたちは逃げ出した。
***
レイノルド・アレイスター。
アレイスター公爵家当主アルノルドの第三子にして、ワードルドとウィズべリアの異母弟になる少年。
ウィズべリアを産んだばかりで夫人であるルベリリアが領地から移動できない時に、アルノルドが王都で出会ったとある酒場の歌姫と出来心で一夜の過ちを起こした結果、できた子供である。
しかし歌姫は平民で、アルノルドは貴族。それも上から数えた方が早い公爵家。
子ができた事をアルノルドに言う手段も伝手もなく、頼れる身内もなく。けれど産む事を歌姫は選んだ。
そして今まで一人で育てていたのだが、子を産んだ事で身体が少し弱くなってしまった歌姫。子を産んだ事で人気も減り、けれど育てるためにと色々な仕事をこなしていた。そして先日、無理がたたって倒れてしまった。
幼いながらにも倒れた母を心配したレイノルドが医者へと駆け、偶然にもアルノルドの乗った公爵家の馬車の前へと飛び出して引かれかけた。
それを注意すべく従者の一人がレイノルドへと迫り、公爵家特有の黒色の瞳に気が付いた。そして、歌姫の元へ行き、レイノルドがアルノルドの子供であるという事が判明した。
「――というのが、わたくしの知っているレイノルドの生い立ちです」
言葉を結び、ウィズリアはほうっと息をはいた。
ワードルドはそれを真剣に聞き、それから考えを巡らせた。
ちなみにお菓子を三人で仲良く食べた後、レイノルドは昼寝の時間であったらしくうとうとし始めたので、今は別の部屋で眠っている。
「ちなみにその歌姫はまだ生きているのかい?」
「はい、まだ生きています。ただ、普通に暮らすには身体が弱り切っているので王都の療養所に入院しているはずです」
「そう。それならよかった」
父に捨てられ、それでも一生懸命に自分――レイノルドを育てた母が死に、その事がトラウマになって当主であるアルノルドを筆頭とした公爵家全てを恨む、というのは無さそうだとワードルドは安心する。
しかしそれならそれで、先程ウィズべリアが青ざめていたのは何だったのだろうかとも思った。
「ウィズは青ざめていたけれど、レイノルドも何かの役割があるのかな?」
そう聞けば、ウィズべリアの顔はまたもや青ざめる。
聞くのを一度止めようかと逡巡するも、それでも聞かなくては対策が立てられない。
それはウィズべリア自身もわかっているだろう。
ワードルドはウィズべリアが話始めるのを待つことにし、茶を飲んでから、菓子をひとつ口へと運んだ。
「レイノルドは『攻略対象者』のひとりであり、『悪役令嬢』を恨んでいる人、なのです」
「『攻略対象者』というのは、マイルド殿下と同じような立場で『ヒロイン』とやらが恋愛する対象ということでいいのかな?」
「はい、その通りです」
神妙に頷くウィズべリア。
その言葉には説得力のないものがあるのを、ワードルドは不思議に思う。
「今日のレイノルドはウィズを恨んでいるようには見えなかったよ?」
「これから恨むようになるのです」
「どうしてだい?」
ワードルドが聞くとウィズべリアは息を飲み、それから口を開いた。
「わたくしとお母さまがレイノルドをいじめるからです」
レイノルドが連れてこられた時の母――ルベリリアを思い出し、浮気相手の子供と思えばつらく当たりたくものだろうとワードルドは納得した。それで実際に幼児をいじめる大人は我が母ながらそれはそれでどうかとも思うが、感情というものは制御が難しいものであるとワードルドは認識している。
だから、それならそれで母の手からワードルドたちがレイノルドを守れば良い。
それはさておき、問題はウィズべリアの方であろうか。ワードルドは問いかける。
「ウィズはレイノルドが嫌いなの?」
「え……?」
ワードルドの問いに、ウィズべリアは何を聞かれているかわからないという顔をした。
なのでもう一度問うた。
「ウィズはレイノルドをいじめてしまうほど、嫌いなの?」
質問の意味を理解したウィズべリアは、驚いたように目を見開いた。