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7、妹(弟)は良い子なので

 ガラガラと音を立てながらひとつの馬車がアレイスター領にある公爵家の館への門をくぐる。

 玄関の前には幾人もの使用人たちが並び、その中には公爵家令嬢であるウィズべリアの姿もあった。

 馭者が馬を止め、使用人の一人が馬車の中へと声をかける。返事がくるまでの短い時間を待ち、それから馬車の扉を開けた。


「おかえりなさい、お兄さま!」


 待ちきれなかったらしいウィズべリアは、馬車から降りたワードルドめがけて跳び付いた。

 前に跳び付かれた時より少し重くなった衝撃を、けれどぐらつくことなくワードルドは受け止めた。

 苦笑いを浮かべ、ウィズべリアをちゃんと立たせて、それから口を開いた。


「ウィズ、ただいま。とても……大きくなったね」


 まだまだ幼児特有の丸みを帯びたシルエットではあるが、ワードルド同様にウィズべリアも整った容姿を持ち幼児ながらに美しいと言える容姿をしている。

 女性ならば綺麗になったねと言うところだが、ウィズべリアの外見はともかく心が男だ。

 ならば、成長を喜ぶ言葉の方が良いだろうとワードルドが言葉を選べば、ウィズべリアも満面の笑みで頷いた。


「はい! わたくしはお兄さまのようになりたいのです!」

「ありがとう、ウィズ。なれば、しっかりと大きくなれるように、好き嫌いをせずに食事をし、勉強もしっかりとするのだよ」

「はい、もちろんですわ!」

「うん、良い返事だね。では、家に入ろうか」

「はい!」


 ワードルドがウィズべリアを促せば、使用人たちが動いて大きな屋敷に見合う、子供のワードルドやウィズべリアからすれば巨大な玄関の扉を開けた。

 目線で使用人たちを労りながら、ウィズべリアに手をひかれるままにワードルドは屋敷へと入っていった。

 ワードルド十歳、ウィズべリア五歳。ワードルドの半年ぶりの帰宅であった。




 ***





「それではわたくしどもは失礼します。何かございましたらお呼びください」

「「ああ、ありがとう(ええ、ありがとう)」」


 テーブルのセットを終えた侍女たちが一礼し、部屋から出ていく。

 音を立てる事なく扉が閉まる。

 それを横目で確認しさり気なく魔法で音が外にもれないようにしてから、ワードルドは茶をひと口飲んだ。


「うん。おいしいね」


 久しぶりの飲みなれた味に、家に帰ってきたのだなとワードルドは実感した。

 そして何から話そうかと少し考え、口を開く。


「ウィズの言う、『フラグ』とやらをひとつ折ってきたよ」

「げほっ…ごほっ……っ?!」


 ちょうど茶を飲みこむところだったウィズべリアは盛大に咽る。

 吹き出さなかったのは淑女教育の賜物であったが、それはそれとしてウィズべリアは驚きすぎじゃないかなとワードルドは目を瞬かせた。


「大丈夫?」

「けほっ……大丈夫…こほっ……ですの…」


 涙目で返事をするウィズべリアの元と立ち上がり、その小さな背中をさすってやる。

 しばらくそうして落ち着くのを待つ。


「どうやって『フラグ』を折ったのかお聞きしても……?」

「もちろんだよ、ウィズべリア」


 目じりに溜まった涙をハンカチで拭いウィズべリアがそういえば、ワードルドは笑顔で頷く。

 席に戻って座り、少し考えるそぶりをみせてから、ワードルドは始めた。

 ウィズべリアは居住まいを正して耳をかたむける。


「正妃殿下と王女殿下が賊に襲われてお二人ともが儚くされる、と言っていただろう」

「はい」

「だから、そうならないように元凶を消してきたのだよ」

「…………はい?」


 目を点にするウィズべリアに構わず、ワードルドは笑顔で続けた。


「正妃殿下とそのお子様方であるマイルド殿下とミルフレイア殿下のお三方が毎年避暑へ行く事は知っているだろう?」

「はい。殿下方の見聞を広める為であり、地方の活性化と王家への忠誠を高めるための行事……でしたよね?」

「うんうん、よく勉強しているね。その通りだよ」


 ワードルドが目を細めて嬉しそうに褒めると、ウィズべリアも照れたようにえへへと笑う。


「正妃殿下が賊に襲われるとすればその行事の時しかないのだし、全滅と言っていた割にマイルド殿下は生きてその『乙女ゲーム』とやらに登場していたのだろう? ならば、マイルド殿下は避暑へ行かない年があり、その年に正妃殿下と王女殿下が襲われて命を落としたという事になる。

 マイルド殿下は社交のはじまる頃に体調を崩してしまったという話をはじめて参加した舞踏会で耳に挟んいたからね。ならば旅行までに快復したとしても念の為に今年は不参加と言う事になるだろう?

 だからこそ、ウィズに話を聞いた時に年内の事だろうと当たりを付けたんだよ」

「え! 今回だったのですか!?」

「驚きだよね。この考えに至った時はさすがに少し焦ったよ」


 とある乙女ゲーム由来であるこの世界の知識を有するウィズべリア。

 けれど乙女ゲームに出てきた以上の知識は持っておらず、攻略キャラクターたちとそのトラウマになる出来事については知ってはいるが、知っているだけ。それらがいつどこで起こる事なのか等の詳しい事までは知らなかった。

 だからこそ、ワードルドに伝えておいて何だが、彼がマイルド殿下のトラウマになるはずだった事件――正妃と第一王女が賊に襲われて護衛共々死亡するそれを防げるとウィズべリアは欠片も思っていなかった。

 何しろ兄はまだ十差……話をした時にはまだ九歳だったはずだ。子供のはずだ。それがどうすれば事件の起こる前に解決できると思うのだろうか。


 ちっとも焦ったように見えず朗らかに、それこそ明日の天気について話すように軽く笑って話す自分の兄――ワードルドをウィズべリアは見つめる。

 目が合えば人好きのする笑みを浮かべるワードルドに、ウィズべリアは内心で汗をかいていた。

 もしかして兄は自分の思っているよりも遙かにすごい人なのではないだろうか、と。

 

 そんなウィズべリアの心に気が付く事なく、ワードルドは機嫌が良さそうに続ける。


「一応極秘と陛下方に言われているから事件の詳細は避けるけれどね、ウィズ。ウィズのおかげで正妃殿下も王女殿下も何事もなく健やかに避暑旅行を楽しんでいかれたそうだよ。

 来年もマイルド殿下が避暑へ行かない事があればまた私がどうにかして防いでくるし、これでマイルド殿下の『闇墜ちフラグ』とやらも折れたのではないかな?

 ウィズが『悪役令嬢』として断罪される可能性はこれで大分減ったと思うのだけれど、どうだろうか」


 ウィズべリアはワードルドの言葉を頭の中で反芻し、意味を飲みこむのに精いっぱいで動かない。

 そんなウィズべリアの様子に、ワードルドは首を傾げる。

 少し考え、そういえば結婚したくないと言っていた事を思い出し頷く。


「これで婚約解消さえできれば完璧だとは思うのだけれど、今回の働きでも覆すには足りなくてね。もう少し頑張ってみるけれど、もしも婚約解消ができなかったり、万が一にでも『悪役令嬢への断罪』とやらが起こってしまうようであれば、その時は私と一緒にフェーリーにでも亡命しよう」


 父や母には申し訳ないとは思うけれどその時は仕方がないよね、とワードルド。

 フェーリーとはアレイスター公爵領から王都を挟んで反対側の国境に面した隣国の名前であり、商人や冒険者にあふれた活気のある自由がある国……と言われている。

 亡命という言葉にウィズべリアがピクリと反応し、言葉を返す。


「亡命、ですか…?」

「うん。戦いは不得意だけれど、逃げるだけなら自信があるからね。とても良い子であるウィズが犠牲にならなければならない国になるようなら、捨てて逃げてしまえば良いんだ。だから、亡命」

「良い子って……」

「良い子だよ。ウィズは『男』で、男とは結婚をしたくない。けれど、貴族家令嬢として将来いつか子を成さねばならない事を承知している」

「……それが貴族家に生まれた役割、ですから」

「そうだね。けれどね、ウィズ。私はおまえの事が大好きだよ。だからね、できうる範囲で幸せにしたいし、なってほしい」

「……!」


 驚いたように顔をあげたウィズべリアに、ワードルドは優しく告げる。


「ウィズは私の可愛い弟なんだ。そんな弟が不幸せになるだなんて許せるわけがないだろう?」

「お兄さま……っ!」


 思わずと言ったように立ち上がり、ウィズべリアはワードルドの胸に飛び込んだ。

 公爵令嬢としてのドレス、髪型、教養。そして立ち回り。

 自らに反して、でも課せられた義務を立派に果たそうとしている、ワードルドの妹であり弟でもあるウィズべリア。


「良い子であるおまえが報われない世界なら、そんな世界からは逃げ出してしまえば良いのだよ」


 感極まったように自分にしがみついて泣き始めたウィズべリアの髪をなでながら、ワードルドは誰に聞かせるわけでもないように、そうつぶやいた。

 悩んだ末に後始末シーンはざっくり削りました。

 そしてプロット泣かせのワードルド君。作者の思い通りに動かない主人公なんて……orz

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