2、妹は大変な事を思い出したようです
悪役令嬢である妹の中身が男でも、見た目は女の子なので淑女な教育をされております(言葉遣い)
「どうしましょう、お兄さま!」
屋敷の廊下を歩いているワードルドに、幼い妹のウィズべリアがそう言いながら駆け足そのままの勢いで抱き着いた。
自分とウィズべリアが転ばないように足と腰を少し曲げて突撃してきた勢いを受け流し、妹を抱きしめながら背中をぽんぽんと軽く叩く。
「ウィズ、屋敷の廊下を走っては危ないよ」
「……はい。もうしわけありません、お兄さま」
転んでしまうからねとワードルドが言えば、しょんぼりとしたウィズべリアが素直に謝った。
年齢以上に聞き分けのよい妹に戸惑うことなく、ワードルドは頷く。
「今からウィズと内緒話をするから、君たちはしばらく――そうだな。二刻半程でいいかな。部屋には入ってこないでくれるかい?」
「「かしこまりました」」
息を切らして妹を追いかけてきたウィズべリア付きの侍女と己の護衛にワードルドは告げ、妹を自室へと促した。
***
部屋へ入り、ワードルドはウィズべリアを椅子へと座らせた。
それから扉の側に置いてある台車をテーブルの横へと付ける。
お茶菓子の入った皿をテーブルへと乗せ、カップ二つを並べ、ポットに茶葉を入れた。
魔法を使ってカップに湯を均等に注ぎ、それから茶葉の入っているポットへとカップから湯を移す。
蓋をして少し待ってから、カップへと茶を注ぐ。
流れるように自然にお茶を用意する兄を見慣れているのか、ウィズべリアは戸惑うことなくカップを受け取りひと口飲んだ。
「……おいしいです」
「それはよかった。落ち着いたかな?」
「はい」
ウィズべリアは頷き、テーブルの上にカップを置いた。兄を見る。
「わたくしとマイルド殿下の婚約が決まってしまいました」
マイルド・ル・ルフィーリア。
それはルフィーリア国の第二王子にして正妃の第一子。継承順位第一位の、遠くない未来に国の要たる王を継ぐ、ウィズべリアと同じ年齢の少年。
「……すまないね」
「え? お兄さまが謝罪なさることでは……」
ワードルドの謝罪にウィズべリアは戸惑った。
貴族子女の婚約というものは基本、その家の当主が決めるものだからだ。
次期当主とはいえ、当主ではない兄。それもまだ社交界にデビューしたての九歳の少年がその婚約に否と言える訳ではないのだから。
「私が王女殿下と婚約ができればよかったのだが、今回の王家と我がアレイスター家との契約は王位を継ぐ者と婚姻を結ぶ事らしくてね。何事もなければ第二王子が国を継ぐ事になる。不幸にも私は男であるから、ウィズの代わりに嫁ぐ事はできないのだよ」
「お兄さまは悪くありません! わたくしが我がままであるばかりに……」
我が身が女であれば代わりに私が婚約を結べただろうにという兄に、ウィズべリアは大きな声を出し、けれど自分を思って出たであろう言葉に、ウィズべリア自身を振り返る。
「公爵家に生まれたからには果たすべき義務があるのはわかっております。わたくしもお父さまとお母さまを悲しませたくはありませんもの」
前世の男である自分としてはたとえこの身が女になったとしても、男とは結婚をしたくない。
けれど、貴族家に生まれてしまったからには、男に嫁ぎ子を成さねばならない。結婚をしなくてはならない。
自分が公爵家に生まれたのはワードルドのせいではないのだし、たとえワードルドが女であったとしても自分自身の令嬢に生まれたがゆえの義務が消える事はない。
ウィズべリアもそれはわかっているのだ。
「そうだとしても、マイルド殿下との婚約はウィズの身を危うくするのだろう?」
「はい」
「なれば、殿下との婚約を阻止できなかったのはとても痛い。私はウィズ、おまえに生きて幸せになってほしい」
「……ありがとう、ございます」
自分を思っての兄の言葉に、ウィズべリアは心の中が暖かくなるのを感じた。
前世の――それも男であったというだけでも気狂いと言われても仕方ない事なのに、兄であるワードルドはこの世界が前世の世界にあった乙女ゲームの内容に酷似していると聞いてもそれを嘘とは言わない。
ウィズべリアの身にいずれ襲い掛かるであろう恐ろしい未来を一緒に阻止してくれようとしている。
「――…殿下のトラウマ、だったか?」
「はい?」
いつの間に飲み干したのか、ワードルドは自分のカップに茶を継ぎ足した。
ウィズべリアのカップはまだそれほど減っていないのを見て、ポットを置く。
「攻略対象にはそれぞれ悩みやトラウマがある、と前に言っていただろう?」
「あ、はい」
一瞬何のことかと思ったウィズべリアであったが、ワードルドの言わんとする事を理解した。
続けて答えようとするが、何かに気が付いたように顔を青くする。
「ウィズ…?」
「どうしましょう、お兄さま! ま、まだ間に合うと思いますの。でも、でも…っ!!!」
ウィズべリアは両手でテーブルをたたいて立ち上がり、ワードルドの方へと詰め寄った。
手に持っていたカップをテーブルへと置いたワードルドは青ざめた顔色をした妹を宥める。
「落ち着きなさい、ウィズべリア。深呼吸をして。そう。それから、ひとつずつ説明をしてくれるかい?」
ワードルドも立ち上がり、自分の座っていた椅子へとウィズべリアを座らせた。
目線を合わせるべく、その場に膝を立てて下からウィズべリアと目を合わせる。
「……ごめんなさい、お兄さま」
「構わないよ。何か大切な事を思い出したのかい?」
「はい。そうなのです」
幾分落ち着いた、けれど青ざめた顔色のままウィズべリアは続けた。
「正妃殿下と王女殿下の身が危ないのです」
その言葉から始まった妹の言葉によって、ワードルドはいずれ起こるであろう大事件を知る事になった。