可愛い部下二人に物陰に連れ込まれました
「サマルカンド。ハーケン。場を繋いでいなさい。私とレベッカは"病毒の王"様にお話がありますので」
次の試合になる前に、私の手を引っ張って、素早く屋内の物陰に連れ込んだリズとレベッカ。
ちなみにバーゲストは収納した。
「物陰に連れ込んで何するの?」
「そういう茶番今いいですから」
ひんやりとした屋内の空気よりもなお冷たい視線を向けられる。
「で、マスター……さっきの『何』ですか」
「私も聞かせてもらうぞ。あれは何の魔法だ? 黒妖犬を、どこに、どうやって収納していた? 出現の寸前まで魔力反応がなかった」
「レベッカにも、ですか?」
「リズにも、なんだな?」
「ええ。私達二人の魔力感知をかいくぐる……? 馬鹿な。それも訓練中の不測の事態に備えていての事ですよ……?」
リズが、口元に手を当てて、誰に聞かせるでもなくぶつぶつと早口で呟く。
「えーと、二人共?」
「安全の基準が根本から覆りかねない、と言っているんです。さあ、素直に吐いて下さい」
「いやね。お前達もついてくる? って聞いたら頷くから」
「そういえばバーゲスト連れてくるって言ってましたけど……馬車の後ろ走らせて、リタルサイドに入る前に待機させておくって話でしたよね」
「袖の中というか、ローブの中に入ったから」
「『中』に『入った』ってなんですか?」
「やだリズ。そんな中とか入るとか大声で」
「だからそういう茶番いいですから」
「マスター。ふざけている場合ではないぞ? 限界の数は何匹だ」
「十二匹入ったけど、それ以上よく分からない」
私は首を傾げた。
「そういう魔法あるんじゃないの?」
「……『そういう』と言いますと?」
「こう、物を空間に収納したり」
「なんですその便利魔法」
「ないな」
まあそう言われると、そんな『便利魔法』があれば、もっと物流の現場で使われていないとおかしいな。
「任意でしまって、出せるんですか?」
「任意ではない。後、私は何もしてない」
「してないって」
「全部バーゲスト任せというか」
「レベッカ。聞いた事あります……?」
「そういえば……影に潜んでいた個体に飛び出して不意打ちされた、という記述を見た記憶が……物陰から襲いかかられた、という意味だと解釈していたが……」
「今回見せてしまったわけですが、分かる者には脅威度が分かりますよね。これを目当てに狙われないでしょうか?」
「バーゲストをどうやって仕込んでるか分からない相手を狙うとは思えないな」
「ではひとまず安全だと?」
「バーゲストが安全なら、という前提が崩れないなら、だが……」
深刻そうに話し込む二人。
私そっちのけで話し込んでいるので、ぞるり、と一匹バーゲストをローブの袖から落とし、頭を撫でる。
目を細めるバーゲスト。
二人が、こっちを見た。
「待って下さいマスター。今バーゲストの安全性に関して話していたつもりなんですが」
「でもほら。この子達、ちゃんと言う事聞くから」
「それよりもだ。今、どうやって命令した? 言葉を発したか?」
「頭の中で命令出来るから」
「今、なんて言いました?」
「今、なんて言った?」
「え?」
「もう一度、一言一句正確にどうぞ」
「『頭の中で命令出来る』……?」
リズが顔をしかめた。
私の言葉をオウム返しにする。
「――『頭の中で命令出来る』?」
「リズ。マスターは、高度な精神魔法を使えるのか?」
「この自称『悪い魔法使い』様が?」
リズが鼻で笑う。
「だよな」
「ええ。うちのマスターに外道さならともかく、魔法的な能力を期待する方が間違っています」
ひどい言われよう。
「そもそもバーゲストに関しては、まともに命令とか無理なんです」
「私出来てるけど?」
「……一般的には無理だとされてきたんです。『命令する』ではなく、『一部への攻撃を制限する』という形ですね。魔力反応を一定数登録し、かつ攻撃衝動を限界まで強化する事で、一定範囲内の、登録された魔力反応以外を強制的に攻撃させる……それが、バーゲストの使い方。高度な精神魔法を使ってさえ、戦闘力以外はひどく質の悪い番犬ですね」
「ああ。ゆえに制御は困難。安全のためには三匹以下が望ましいし、一匹増える度に危険度が跳ね上がり、万が一自由になった場合も考えれば、十匹が安全限界。それを超えると、手に負えなくなる……はずだよな」
「はずですね」
「そんな扱いされてたの? 全く、ひどい人もいるもんだねえ」
後ろから、わきわきとバーゲストの首元を指先で揉む。
首を曲げて鼻面を腕にこすりつけてきたので、顎の下を手のひらで撫でた。
『精神魔法』は多岐に渡る。
自分の気を静めるために使ったりもする。
けれど、他者の精神を思い通りにするために使われる精神魔法は、純然たる暴力に他ならない。
「……マスター、自分が"病毒の王"だって自覚あります?」
「それはもう溢れるほど」
「溢れさせて、器の中に残ってないんじゃないか」
「失礼だねレベッカ。私は心優しい上司だよ」
「もっとひどい事をしてきただろうに」
「――それは、敵軍に対してだ」
私は"病毒の王"として笑った。
「私は、私を信じる者に『ひどい事』をしたつもりはないぞ」
二人が微笑んだ。
「副官とか、メイドとか、護衛とか、暗殺者とかに、心労の溜まるご命令を下されたご自覚はおありですか?」
「部下の死霊術師も入れてくれ」
私も笑って、二人まとめて勢いよく抱きしめた。
「それは悪い魔法使いもいたもんだね!」
レベッカの肩を緩く抱き、リズの腰にもう片方の手を回して、長い耳をよけて、首筋に頬を寄せた。
「ご、誤魔化されませんからね」
「いや、それ誤魔化されるパターンのやつ」
実際、次の試合が控えているのでとりあえずうやむやになった。