試合中の世間話
七戦目ともなると、制約が段々厳しくなっていく。
審判を務める犬耳さんに、試合開始前に厳重注意を受けるからだ。
「"病毒の王"様。トラップも、毒も、場外からの魔法使用も、脅迫も禁止です! よろしいですね!?」
「やだなあ。他は使ったけど、脅迫なんてしてないって」
「こちらが脅迫と判断すれば失格にしますからね?」
「ああ。納得出来るだけの根拠があれば受け入れようではないか」
「ちなみに誰を納得させればいいんですか?」
「私だよ。理路整然とした会話が楽しめるって評判の最高幹部だから安心してね」
ちなみに、陛下直々に言って頂いた言葉だ。
私は、ファンタジーな絶対王権の世界で、唯一の上司たる魔王陛下に丁寧な説明を怠るほど無能ではない。
「…………」
黙り込んだ犬耳さん。
「……試合を始めます。正々堂々とした戦いを、望みます……」
私の相手は、銀髪を刈り上げておでこを見せている、実直そうな騎士だ。
見た目通り真面目で実直と評判が高く、今回は暴走しがちな同僚を適度に抑えるために参加した節があるとは、リズ談。
臨時メイドさんの想い人である彼もそうだが、全員が"病毒の王"憎しで参加している訳ではない。
自分の腕を試すため、"第六軍"の実力を肌で感じてみたい、など、真面目に合同訓練に参加した者もいる。
なので、そういった人達に関しては、それなりに優しくしてあげるつもりだ。
お互いに木剣を構え、間合いをじりじりと詰めて行く。
頃合いを見計らって相手は距離を詰めて打ちかかった。
そして私は彼の木剣が届く前に、ローブの内ポケットから素早く『あるもの』を出した。
彼の動きが、ぴたりと止まる。
「それは……!」
私が取り出したのは、一枚の紙片。
その一枚の『紙切れ』で彼は動きを止めた。
「『世間話』をしようか」
「……聞かせていただこうか」
「"病毒の王"様! 外道な発言は禁止ですよ!」
「『外道』の定義が不明瞭により承服出来ない。だが、今から話す内容はそうではないと、私は確信している」
私は、背後に向かって手を振った。
私の忠実な黒山羊さんに命じる。
「サマルカンド。映像展開」
「はっ」
サマルカンドが使用した魔法は、幻影魔法の一種だ。
映像が空中に投影される。
くるくると回転する、私が取り出したのと同じ、一枚の紙。
正確に言えば、ある人の姿が描き出された長方形の紙。
もっと正確に言えば。
レベッカの、サイン入りブロマイドの拡大映像だ。
「ブロマイド……? レベッカの……?」
「私のサイン入りの……?」
リズとレベッカの呟き声を聞きつつ、私は目の前の暗黒騎士その七に微笑んで見せた。
「そう。なんと直筆サイン入りのレベッカ・スタグネットブロマイド。ショップ宣伝用サンプルと、私へのプレゼントの、世界に二枚しかない超レア物だよ」
「ちょっと待て! それを渡す気か!?」
叫ぶレベッカに振り返る。
「ははは。レベッカ。言ったはずだよ。――魂を売り渡す契約書にサインするつもりでサインしてねって」
「っ……」
レベッカが、唇を引き結んで、顔を背けた。
「ところで、『体調が悪い』のではないか?」
「……なるほど」
暗黒騎士さんが頷く。
「さあ、後は分かるね?」
「……私の負けだ。『降参』する」
木剣を下ろす、暗黒騎士さん。
「物分かりが良くて助かるよ。――勝利を宣言しろ。彼は一身上の都合により敗北を認めた」
「……はい。"病毒の王"様の勝利ですよ。ええ」
やさぐれた調子の犬耳さん。
「では」
暗黒騎士さんが、手を差し出した。
私は、わざとらしく首を傾げて見せる。
「ん? 何が?」
「……まさか」
「え? ――私はただ、『試合中の世間話』に『私的なコレクション』を『自慢しただけ』だけど?」
彼は、愕然とした表情になった。
「レベッカに約束したからね、大切にするって♪」
レベッカを振り返り、笑って見せる。
一転、暗黒騎士さんに向き直ると、口調をねっとりとした物に変えた。
「もちろん、戦わずして棄権を宣言した理由は体調不良だろうな? それとも何か? 暗黒騎士団の騎士様ともあろうお方が、確かにこんなにも愛らしい私の自慢の部下だが、彼女の直筆サイン入りブロマイド欲しさに八百長して負けたなどと……まさか、そんなふざけた事を言いはしないな……?」
「……もちろんである」
ちょっと涙目だ。
だがそんなものには気付かなかった振りをするのが武士の情けというもの。
私は武士じゃないけど。
まして私は、騎士ではないのだ。
「さすがに相手が可哀想になってきました」
「本当にな」
「我らが主殿は、本当に人の心を理解していらっしゃる」
「最低限の会話で人心を掌握し、戦わずに勝つ。これこそが指揮官としての本分でしょう」
リズ、レベッカ、ハーケン、サマルカンドの感想は、相変わらずリズとレベッカは相手に同情的、ハーケンは面白がっていて、サマルカンドは私を全肯定だ。
サマルカンドの映像展開は未だ消えず、注目が集まっているのをいい事に、私は今日のプランを少しだけ変更した。
「はーい、ここで宣伝です。魔王軍最高幹部、及び幹部級のブロマイドが、リストレア魔王軍認定のショップで好評販売中。価格は一律で、一枚一万ディール。みんなも買ってね!」
具体的に言うと、予定にない宣伝をぶっ込む。
「リタルサイドで見たか?」
「いや」
「て事は、王都で売ってるのか?」
「他の幹部の方や、最高幹部様のも……?」
「一万? て事は金貨一枚か。安いな」
「ええ、レベッカ様のかわい……尊いお姿が一万なら安いものですよね」
やっぱりレベッカは男女問わず人気あるな。
今日の夜、連絡用の幽霊鳩を王都へ飛ばす事を決めた。
用件は、『リタルサイドでのブロマイド販売をなるべく早く』。
ひとまず連絡と交易の馬車に積んで来て、リタルサイド城塞の魔王軍が経営する売店で第一陣を売り、適度に飢餓感を煽った後、リタルサイドの街に認定ショップをゆっくり開店する、というのがこの十秒ほどで私が描いた青写真だ。
反応を見るに他の物も売れそうだが、レベッカのを多めに印刷するように言っておこう。
……"病毒の王"のは減らしておくように言っておこうかな。
私が思案していると、犬耳さんがじっとりとした視線を向けてきた。
「"病毒の王"様……戦士の……いえ、己の誇りに照らし合わせて、恥ずべきところは……ありませんか……」
「ない。私は脅迫をしたかな?」
「……してません。どっちかと言えば買収……ですかね……」
「そのつもりもないんだけどね。彼は勝手に自分の中で都合の良い展開を想像し、それに従った。そして、現実は妄想のようにはいかない。それだけだよ」
彼女は疲れたように息を吐いた。
「……次からは禁止です」
「善処しよう」
後、三戦。
本番は、ここから。