勝利の幻影
五戦目。
既に会場のムードがお通夜。
漂う雰囲気を言葉にするなら、「俺達は一体何を見せられているんだろう……」とでも言いたげだ。
あくまで観戦が自由なだけで、別に強制イベントではないのだけど。
私は試合前にレベッカの肩に手を置いて、笑いかけた。
「じゃあレベッカ。頼むね」
「なあ、本当にやらなきゃダメか?」
嫌そうなレベッカ。
「その場合、私が無策で殴り倒されるだけだね」
「脅迫って言葉知ってるか?」
「脅迫って思ってくれるんだね?」
被害を受けるのは、私だけだ。
それを脅迫と思うならつまり……?
レベッカが、視線をそらした。
「……仮にも上官だからな」
「上官に仮は付けないでくれると嬉しい」
「で、本当にやるんだな?」
「もちろんだ。今日我々は、勝つために、この場に来たのだぞ」
「……それは分かってるんだが」
「頑張ってくるからよろしくね」
「今回頑張るのは主に私だよな?」
「よろしくね♪」
レベッカの肩を最後に一つ叩くと、ひらひらと手を振って試合場へ歩む。
犬耳さんにじろりと睨まれた。
「"病毒の王"様。トラップは禁止です。毒は禁止です。よろしいですね?」
「やだなあ。毒なんて使わないよ」
「私もそう思ってましたよ」
「さあ、それでは始めようか!」
お互いに木剣を構える。
「……ええ。試合開始! 頑張れ暗黒騎士団!」
同じリタルサイド城塞に詰める者同士、連帯感が生まれたようで何よりだ。
――試合は、普通に始まった。
私は三戦目と同じく、避けに徹する。
鋭い剣の振りで、私を試合場の隅に追い込んでいく若手騎士その五。
一度打ち合うが、重い一撃で、手がじーんと痺れる。
そして私はあっさりと追い込まれ――
彼は、『何故か』何もない所に向かって剣を振り回し始めた。
「……あの? ――あの!?」
「何をしてる!?」
犬耳さんと、ブリジットの声が飛んだ。
さらに、周囲からも悲鳴のような声が上がる。
「そっちじゃない!」
「ああ馬鹿!」
「何やってるんだ!?」
鋭い踏み込みと剣閃の末に、彼は爽やかな笑顔でガッツポーズを決めた。
「俺の勝ちだ!」
「こう言ってるけど?」
私はにこやかな笑顔で、審判役の犬耳さんに首を傾げて見せた。
「……場外です。よって、"病毒の王"……様の、勝利です」
「は? 何を言っている?」
「……『試合開始後は、試合場の外に出た場合、いかなる理由があろうとその者を敗北とする』が適用されます」
「だから、何を言っている!?」
愕然とした顔で叫ぶ暗黒騎士さんに、犬耳さんは痛ましそうな顔で、彼の足下を指し示した。
「立ち位置を……お確かめ下さい」
彼は、完全に試合場の外に立っていた。
「馬鹿な……確かに……確かに、俺は正々堂々と追い詰めて……場外に押し出して……」
顔に手を当てて、切れ切れと喘ぐように呟く彼に、私は微笑んだ。
「君は正々堂々と戦った。それは私が保証してやる。――ゆえに敗北したと知れ」
彼は、正々堂々と戦った。
それは――それだけは、間違いない。
つまり正々堂々とは、良い結果を保証する魔法の言葉ではないのだ。
「幻影魔法か……?」
ブリジットの苦い声。私は、頷いて見せる。
「ご名答」
「……"病毒の王"様。一応、お考えのほどをどうか我々にお聞かせ下さいますか? どうして幻影魔法をお使いになられたので?」
犬耳さんの、物凄く慇懃無礼な口調の質問に、私は首を横に振った。
「私は使ってないよ」
「……じゃあ」
「ルールには、試合場の外から試合に魔法で干渉する事を禁じる項目はない」
視線が、"病毒の王"陣営の集う側に向く。
「……すまない。私が、使った」
レベッカが、諦めの表情を浮かべ手を上げる。
「……レベッカ様? あなたが? ――あなたが、こんな……?」
犬耳さんが目を見開く。
「レベッカ様が……?」
「レベッカ様って、あの"蘇りし皇女"?」
「ああ、"歩く軍隊"だ」
「"戦場の鬼火"じゃなかったか?」
「嘘だろ……俺、ファンだったんだぜ……」
「一対一の試合に幻影魔法とか外道すぎる……」
「まさか場外から?」
リズの元に歩み寄り、彼女の耳に口を寄せた。
「ねえ。レベッカって有名人?」
「ベテランだって言ったじゃないですか。上の信頼も厚いですが、何より兵の信頼が絶大。部下やそれ以外からも慕われ、畏怖されるのは、並大抵ではありません。――"蘇りし皇女"、"歩く軍隊"、"戦場の鬼火"……複数の二つ名持ちは、魔王軍でも、彼女ぐらいのものです」
「一つの名で呼ばれなかっただけだ。色んな戦場にいたから……」
レベッカが少し恥ずかしそうに呟く。
そうか。
彼女の信頼を損なうわけにはいかない。
「マスター?」
私は試合場の真ん中に再び歩み出た。
「――聞け」
この場に集う皆に届くように、声を張り上げる。
「彼女は、私の命令に従っただけだ。軍において階級は絶対。ゆえに命令も絶対。彼女に抗命権はなく、彼女は正しい事をした。責めるなら私を責めるがいい」
私の言葉が終わった途端、一度会場はしん……と静まりかえる。
一秒後、怒号が溢れた。
「外道!」
「まさに外道!」
「よくもあのレベッカ様にあんな卑怯な真似を!」
「私達のレベッカ様があんな事するなんておかしいと思った!」
レベッカ、愛されてるなあ。
男女問わず、私に罵倒を叫んでいる。
確かに信頼が絶大だ。彼女がリタルサイド城塞にいたのは、もう結構前の事だと聞いているのだけど。
時を経ても、色褪せぬものを、彼女は持っている。
嬉しくなった私は、『歓声』に笑顔で手を振って応える。
「応援ありがとう!」
また、会場がしんと静まりかえる。
そして、会場の心が、一つになった。
「「「応援じゃねーよ!!」」」




