表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病毒の王  作者: 水木あおい
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/577

勝利の幻影


 五戦目。


 既に会場のムードがお通夜。


 漂う雰囲気を言葉にするなら、「俺達は一体何を見せられているんだろう……」とでも言いたげだ。


 あくまで観戦が自由なだけで、別に強制イベントではないのだけど。


 私は試合前にレベッカの肩に手を置いて、笑いかけた。


「じゃあレベッカ。頼むね」


「なあ、本当にやらなきゃダメか?」

 嫌そうなレベッカ。



「その場合、私が無策で殴り倒されるだけだね」



「脅迫って言葉知ってるか?」

「脅迫って思ってくれるんだね?」


 被害を受けるのは、私だけだ。

 それを脅迫と思うならつまり……?


 レベッカが、視線をそらした。


「……仮にも上官だからな」

「上官に仮は付けないでくれると嬉しい」


「で、本当にやるんだな?」



「もちろんだ。今日我々は、勝つために、この場に来たのだぞ」



「……それは分かってるんだが」

「頑張ってくるからよろしくね」


「今回頑張るのは主に私だよな?」


「よろしくね♪」


 レベッカの肩を最後に一つ叩くと、ひらひらと手を振って試合場へ歩む。


 犬耳さんにじろりと睨まれた。



「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様。トラップは禁止です。毒は禁止です。よろしいですね?」



「やだなあ。毒なんて使わないよ」

「私もそう思ってましたよ」



「さあ、それでは始めようか!」



 お互いに木剣を構える。


「……ええ。試合開始! 頑張れ暗黒騎士団!」


 同じリタルサイド城塞に詰める者同士、連帯感が生まれたようで何よりだ。


 ――試合は、普通に始まった。


 私は三戦目と同じく、避けに徹する。


 鋭い剣の振りで、私を試合場の隅に追い込んでいく若手騎士その五。


 一度打ち合うが、重い一撃で、手がじーんと痺れる。


 そして私はあっさりと追い込まれ――



 彼は、『何故か』何もない所に向かって剣を振り回し始めた。



「……あの? ――あの!?」


「何をしてる!?」


 犬耳さんと、ブリジットの声が飛んだ。

 さらに、周囲からも悲鳴のような声が上がる。

 


「そっちじゃない!」


「ああ馬鹿!」


「何やってるんだ!?」



 鋭い踏み込みと剣閃の末に、彼は爽やかな笑顔でガッツポーズを決めた。



「俺の勝ちだ!」



「こう言ってるけど?」

 私はにこやかな笑顔で、審判役の犬耳さんに首を傾げて見せた。


「……場外です。よって、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"……様の、勝利です」


「は? 何を言っている?」


「……『試合開始後は、試合場の外に出た場合、いかなる理由があろうとその者を敗北とする』が適用されます」


「だから、何を言っている!?」


 愕然とした顔で叫ぶ暗黒騎士さんに、犬耳さんは痛ましそうな顔で、彼の足下を指し示した。


「立ち位置を……お確かめ下さい」



 彼は、完全に試合場の外に立っていた。



「馬鹿な……確かに……確かに、俺は正々堂々と追い詰めて……場外に押し出して……」


 顔に手を当てて、切れ切れと喘ぐように呟く彼に、私は微笑んだ。


「君は正々堂々と戦った。それは私が保証してやる。――ゆえに敗北したと知れ」


 彼は、正々堂々と戦った。

 それは――それだけは、間違いない。

 つまり正々堂々とは、良い結果を保証する魔法の言葉ではないのだ。



「幻影魔法か……?」



 ブリジットの苦い声。私は、頷いて見せる。

「ご名答」


「……"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様。一応、お考えのほどをどうか我々にお聞かせ下さいますか? どうして幻影魔法をお使いになられたので?」


 犬耳さんの、物凄く慇懃無礼な口調の質問に、私は首を横に振った。


「私は使ってないよ」

「……じゃあ」



「ルールには、試合場の外から試合に魔法で干渉する事を禁じる項目はない」



 視線が、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"陣営の集う側に向く。



「……すまない。私が、使った」



 レベッカが、諦めの表情を浮かべ手を上げる。


「……レベッカ様? あなたが? ――あなたが、こんな……?」

 犬耳さんが目を見開く。



「レベッカ様が……?」


「レベッカ様って、あの"蘇りし皇女リビングデッド・プリンセス"?」


「ああ、"歩く軍隊(ウォーキングアーミー)"だ」


「"戦場の鬼火ウィル・オー・ウィスプ"じゃなかったか?」


「嘘だろ……俺、ファンだったんだぜ……」


「一対一の試合に幻影魔法とか外道すぎる……」


「まさか場外から?」



 リズの元に歩み寄り、彼女の耳に口を寄せた。


「ねえ。レベッカって有名人?」


「ベテランだって言ったじゃないですか。上の信頼も厚いですが、何より兵の信頼が絶大。部下やそれ以外からも慕われ、畏怖されるのは、並大抵ではありません。――"蘇りし皇女リビングデッド・プリンセス"、"歩く軍隊(ウォーキングアーミー)"、"戦場の鬼火ウィル・オー・ウィスプ"……複数の二つ名持ちは、魔王軍でも、彼女ぐらいのものです」


「一つの名で呼ばれなかっただけだ。色んな戦場にいたから……」


 レベッカが少し恥ずかしそうに呟く。


 そうか。

 彼女の信頼を損なうわけにはいかない。


「マスター?」

 私は試合場の真ん中に再び歩み出た。


「――聞け」

 この場に集う皆に届くように、声を張り上げる。



「彼女は、私の命令に従っただけだ。軍において階級は絶対。ゆえに命令も絶対。彼女に抗命権はなく、彼女は正しい事をした。責めるなら私を責めるがいい」



 私の言葉が終わった途端、一度会場はしん……と静まりかえる。

 一秒後、怒号が溢れた。



「外道!」


「まさに外道!」


「よくもあのレベッカ様にあんな卑怯な真似を!」


「私達のレベッカ様があんな事するなんておかしいと思った!」



 レベッカ、愛されてるなあ。


 男女問わず、私に罵倒を叫んでいる。

 確かに信頼が絶大だ。彼女がリタルサイド城塞にいたのは、もう結構前の事だと聞いているのだけど。


 時を経ても、色褪せぬものを、彼女は持っている。


 嬉しくなった私は、『歓声』に笑顔で手を振って応える。



「応援ありがとう!」



 また、会場がしんと静まりかえる。

 そして、会場の心が、一つになった。



「「「応援じゃねーよ!!」」」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「罵声」を聞いて、「応援」と受けとる。 この主人公、まさに「無敵」! ルールの言葉遊びに注目しすぎて、「そもそも禁止されていない項目」に考えが及ばなかったとは…。現代日本人として不甲…
[良い点] なんだろう観客も一体となった参加型の劇をみせらててるようだ(笑)皆のってきた。 [気になる点] マスターは外道だけど、相手の若手騎士も鼻持ちならないのが多いようなので実はマスターを応援して…
[良い点] この小説って百合百合してるし主人公が外道でぶっ飛んでて面白いな。 [気になる点] 絶滅戦争してるわりに魔族さんたち生ぬるいな。 [一言] しかし地球世界での歴史とか戦争なんか魔王さんに語っ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ