平和的な攻撃手段
三戦目。
相手は警戒心を強めているが、素人の警戒心でどうにかなる程度の策は用意していない。
「……本当に正々堂々とお願いしますね。"病毒の王"様」
「ああ、本当に正々堂々と戦うとも。後、暗黒騎士たる彼にも言ってやるといい。正々堂々と負けてもらわねばな」
続けて煽っていくが、既に、訓練に直接参加する以外の暗黒騎士の人達は、疲れたような顔をしている。
まさか、こんな外道な戦いになるとは思わなかった、とでも言いたげだ。
全く。まだ宣伝と広報が足りないかもしれない。
私は"病毒の王"。
人類絶滅を旗印に民衆を殺戮し、人類の怨敵として憎まれる事を望まれた、非道の悪鬼だというのに。
「それでは、試合開始です!」
試合は、正々堂々と始まった。
つまり、開幕即「まいった」と言わないし、数歩で睡眠魔法の仕込まれたトラップで昏倒させたりもしない。
私は、余裕をもって剣を大きく避けていく。
近接格闘戦において最も重要なのは、間合いだ。
つまり、自分は攻撃を当てられるが、相手の攻撃を避けられるという状況をいかに作り出すか。
そのためのそれぞれの答えが、武器自体の攻撃範囲の広さであり、踏み込みの鋭さであり、攻撃を受けても構わない鎧であるわけだ。
私の答えは『相手の攻撃を避けられれば、自分も攻撃を当てなくていい』。
つまり私がやっているのは、近接格闘戦では、ないのだ。
素人ではあっても、元々の距離を生かして大きく逃げ回る事はそれなりに簡単だ。
向こうは、踏み込みを大きく、距離の詰め方を大胆にする事で対応。
そして速度を生かし、素人の私の生半可なガードではどうしようもない、大上段から打ち下ろす一撃を見舞う。
私は、木剣ではなく、怯えたように突き出した左腕でそれを受けた。
細い木の棒が折れるような軽い音が響く。
青い稲妻が、暗黒騎士の全身を蹂躙した。
「相も変わらず不甲斐ない。これぐらい予想出来たろうに、抵抗も出来ないのか」
私に冷たい言葉をかけられた途端、ぷすぷすと髪の先が焦げた匂いと共に、ぐらりと倒れ込んだ。
倒れる前から白目を剥いて、意識を失っている。
ずるりと、左腕の、罠仕込みの長手袋を外し、放り捨てた。
いつもの、肌の露出をゼロにするための黒い革手袋を、ローブの内ポケットから取り出し、はめ直す。
「……あの……"病毒の王"様?」
審判の犬耳さんが、信じられないものを見た、とでも言いたげな呆れ果てた声で私を呼ぶ。
「何かな? 普通は手の内を明かしたりしないが、これは訓練だからね。質問には懇切丁寧に答えようじゃないか」
「あれ、さっきのとは違いますけど……対人トラップ……ですよね?」
「よく見てるね。さすが審判だ」
「ありがとうございます……じゃなくて、さっき練兵場に仕込んだトラップは全部だって言いませんでしたか?」
「言ったよ?」
首を傾げてみせる。
「じゃあ、今さらかもしれませんけど、どうしてトラップで相手を倒しているんですか?」
「彼は対抗魔法訓練が足りていなかったようだ」
「いや、これ木剣を使った試合形式の訓練ですよね」
「――おや。そんな認識を持たれていたとは心外だ」
私はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「そんなもの、暗黒騎士団のみでいくらでも出来るだろう? ――病と毒の王を招き、『訓練』への参加を望んだのだ。ゆえに私は、ありとあらゆる策謀が許可されたと認識している」
ブリジットだって手紙にきちんと書いてくれた。
『やり方は任せる』と。
私は、私のやり方で戦う。
「でもトラップは卑怯じゃないですか? というかこれ攻撃魔法なのでは?」
「防御魔法の反動を利用している平和的な攻撃手段です」
断言する。
ちなみに『防御魔法の反動』は強度によっては人を殺せるレベル。
なお、今回はレベッカによって慎重な調整を施されているので安心。
木剣でも破れるぐらいにするのがポイントだそうだ。
長手袋には防御魔法の掛けられた細い木の枝が仕込まれていて、まずそちらが先に折れるようになっている。
長手袋自体も木剣で怪我をしない程度には防御魔法が仕込まれていて安心安全。
「今攻撃って」
「攻撃魔法とは言ってない」
軽くあしらわれ、それでもなおも犬耳さんは言いつのる。
「で、でも。そもそも、さっきも言いましたけど、練兵場に仕込んだ罠は全部解除したって言いましたよね? それに関しては?」
「私の服の中が練兵場だとでも?」
「いえ……いいです……もう……」
しかしじろりと睨まれる。
「次からは禁止です」
「分かったよ。ちゃんと文書にしたのがあるから、次の試合までに確認しておいて」
「戦士の誇りや、騎士道精神に反する行為全部禁止にしたいのですけど……」
「悪いけど『戦士の誇り』及び『騎士道精神』の定義が不明瞭につき、承服出来ない。何より、何度も言うがこのルールは誓約魔法でお互いを縛っている。そして、私は誓約魔法のペナルティを受けたかな?」
誓約魔法は、今は割と信頼性の高い魔法と認識されているが、いずれ使われなくなるかもしれない。
誓約の文言を誠実に守る限り、発動しないのだから。
そして、誠実でない誓約の文言など、いくらでも思いつける。
「……受けてません」
不承不承、といった感じで肯定する犬耳さんに、私はにこやかな笑顔を向ける。
「つまり、本当なら、不利になるルール改定に応じる必要もないんだけど?」
「……さすがに、それは訓練にならないので……」
私は頷いて、にこやかに叫んだ。
「だよね。さ、次の試合といこうか!」




