リズおねーさんといっしょ~ドラゴンナイトってなあに?~
「ええと、それではおさらいしますね」
ソファーに座る私の前に、リズが立っている。
これから始まるのは、 "ドラゴンナイト"についてのレクチャーだ。
でも、なんとなく日本の子供向け教育番組を思い出すなあ。
これがテレビ番組なら……タイトルは『リズおねーさんといっしょ』かな?
サブタイトルは『ドラゴンナイトってなあに?』で。
なんだか幼稚園児か低学年の小学生になったような気がする。
私はもう、数えで二十六歳のいい大人なのだけど。
童心に返る気持ちかもしれない。
『教育』の内容は、敵軍の中でも最重要の兵種について、だが。
「ドラゴンナイトとは、人間の軍で最も危険な兵種です。レッサードラゴンに騎乗し、ドラゴンの性能に、人の判断能力を上乗せしています。総数は百ほど」
「弱点は?」
「乗り手ですかね。後は、ドラゴンの弱点に準じます」
と言われても、私は、ドラゴンの弱点を知らない。
「つまり?」
「ありません」
「……ん?」
今、なんて言ったかな?
「数が少ない事以外、ドラゴンに弱点らしい弱点はありません。魔力耐性は高く、鱗は硬い。空中ではまず捉えられませんし、地上付近では下位種とは言えドラゴンと格闘戦する事になりますしね……」
強いなドラゴン。
「柔らかい所とかは? 目とか、喉とか」
「眼球さえ硬度の高い透明な膜で覆われていますので、普通の矢程度は通りません。喉の鱗は多少柔らかいようですが、喉には火袋があり、魔力濃度が高いため、有効打は出にくいらしいです。これも弱点とは言い難いでしょう」
「火袋って?」
「ドラゴンの特殊な器官です。内臓の一種ですね。燃焼に特化したマナ生成器官……というのが定説ですが、油に似た物理的な液体が入っていたり、死体から取り出したその液体に火を近付けてもさっぱり燃えなかったりと、実は正確な所は分かっていません。ただ、それがあるから炎が吐けるのは間違いないようです」
「ふーん……ドラゴンの炎って熱いの?」
「この世で最も熱い炎と言われております。真偽は分かりませんが……無限に撃てない事だけが救い、というレベルの高火力なのは間違いないですね」
「炎はどれぐらい吐ける?」
「個体差があるようです。これに関しては、竜族の協力の下、行われた実験の記録がございます。まず噴射時間ですが、レッサードラゴンは長くて五秒程度。この噴射時間を、短いサイクルで行う実験では、最低記録が四回。最高記録として、七回が記録されています。平均で二十秒程度になるでしょう。回復までの時間は記録されてませんね。ただ、他の資料を参照しますと、炎を吐ききったらしばらく吐けないのは間違いないと思います」
ここまで、手元の資料を一切見ないリズ。
専門ではないからこのために資料を集めたというが、それはもう頭に叩き込んだというのが正しい。
私もあらかじめ資料には目を通しているが、リズの方が広く、深く、専門的な所まで読み込んでいるのは間違いない。
優秀な副官さんがいて良かった、と思いつつ、質問を続ける。
「炎以外の脅威は?」
「ドラゴンという存在全てです。硬い鱗に全身を覆われて、魔法的な要素も込みで、馬鹿げた速度で飛ぶ大型の肉食爬虫類が、上空から人間の判断能力をもって突っ込んでくる訳です。地上すれすれに急降下して、一撃離脱で何人か引っかけたり弾き飛ばしたりしていくのが、基本戦術であり、ほぼどうしようもないという点で最悪です」
「最悪だねえ……続けて」
「はい。密集すれば炎を吐かれるでしょうし、必要とあらば地上でそのまま格闘戦も行えます。乗り手がいなくなっても、攻撃されていた記憶があるので、離脱しないかもしれません。一応絆らしきものもあるようなので、過去には乗り手を失っても戦ったという事例があります」
「地上戦もきついのか。速度は?」
「正確にお伝えするのは難しいですが……矢で狙う事すら難しい程度、とだけ。空中戦は考えない方がいいでしょうね……」
「ドラゴンの最高幹部……"竜母"に相手して貰うのは?」
「三十騎は確実に相手を出来るとの事です。ですが、いかにレッサーとは言えドラゴンです。……百を越える相手とは、相討ち覚悟になると」
「最高幹部……それに唯一ドラゴンに命令出来るひとを失う訳にはね……」
「はい。それに、そうするなら、少なくとも"病毒の王"の出番がない事は確かです」
「配下のドラゴンは?」
「決戦となれば、それが現実的な案でしょう。ですが、マザー以外のドラゴンは、向こうとほぼ同条件です。数に劣り、乗り手がいない分、判断能力に劣る。乗り手がいないので、空戦性能は多少勝るでしょうが……」
「相討ち覚悟だねえ……そもそも、ドラゴンは防衛線の要だから、消耗したらまずい訳だし……」
魔族が、絶対的に数で劣り、戦力差でも劣りながら今まで国境線を維持してきたのは、ドラゴンのおかげだ。
元々、リタル山脈はドラゴンのねぐらだった。
人間が覇権を取れば、ドラゴンは以前のようには暮らせない。
魔王陛下は、リタル山脈と、狩り場であるふもとを含めた、周辺の環境を維持・整備する事を条件に、"竜母"リタルと盟約を結んだのだという。
なので、"竜母"は、一応最高幹部という立場で陛下の下にいるが、実質的には同格に近い。
空を含む、国境線の守り。
空をドラゴンが舞う砦への攻城戦は、熾烈を極める。
建国より、数度に渡り行われた人間国家の大侵攻が全て失敗に終わって、リストレア魔王国の名が地図に残っているのは、ドラゴンのおかげだ。
この国は、竜に守られてきた。
それゆえの"第一軍"。
ナンバリングは重要度順ではないが、ドラゴンの協力なくしてこの国は国として存続できない。
リストレア魔王国の紋章もまた、蛇の舌の生えた竜だ。
竜を多数失えば、それがそのまま国としての滅亡を意味する。
私に案がなければ、そうなるという事だ。
「地上から乗り手を狙った場合は?」
「鎧も魔法防御も最高級の物が揃えられているようです。矢で狙うのも難しいと申し上げました。下から上に打ち上げるのは難易度高いですし、『ドラゴン』という盾に阻まれる可能性の方が高いです」
「こっちも乗り手のいる飛行系の魔獣で戦うとかは?」
「獣人軍の魔獣師団にグリフォンをはじめ少数がいますが、絶対的に数で劣ります。『騎馬』の性能で劣ります。そもそも戦闘用と言うより、平時の連絡用という要素が強いのです。決戦となれば、それでもドラゴンの支援にはなりましょうが……」
つくづく反則臭い兵種だ。
うちも、ドラゴンの強さに頼って国を維持しているだけはある。
しかし、私達と彼らには、一つだけ違いがある。
私達は、竜族を束ねる"竜母"という、ドラゴン自身が力を貸してくれている。
"ドラゴンナイト"は、そうではない。
「よし、決めた」
「どう戦いますか?」
期待に満ちた視線。
私なら。
"病毒の王"なら。
"ドラゴンナイト"を倒せる魔法のような手段を思いついてくれるのではないかという。
「戦わない。て言うか無理」
私の言葉を聞いて、リズの表情が、期待を裏切られたものになる。
「……はい。では、陛下にはそのようにお伝えします……」
けれど、私は、彼女のそんな顔を見たい訳じゃないから。
「リズ。――私は、"病毒の王"だよ?」
私は、微笑んだ。
「正攻法は、陛下以下、他の最高幹部の方々にお任せするとしよう」
「……やはり、乗り手の暗殺を? 報告の通り、警戒は厳重を極めますが……命令とあらば」
真っ先に検討され、そして凍結されたプランだ。
決戦となれば――暗殺者の命は、竜よりも軽い。
私の案が上手くいかなければ、そうなるだろう。
英雄クラスのひしめく警戒網に、私の可愛い副官さんを含む、近衛師団直属の精鋭暗殺者が派遣される事となる。
成功率は三割以下。――それでもきっと、彼女達は文句の一つも言わずに命令に従い、それを果たすだろう。
帰還率は、考えたくない。
「リズ。私は、部下思いで優しい上司のつもりだよ? ……部下に死んでこいとは、言えないね。リズと、リズの同僚さんの腕を疑う訳じゃないけど、うちの暗殺班と近衛師団の暗殺者を全部使い潰しても、殺しきれるか分からない」
"ドラゴンナイト"は現時点で、最重要の兵種だ。
当然、乗り手も、その騎馬たるドラゴンも、その重要性に相応しい防備の輪の中にいる。
むしろ、こちらが焦って攻撃するのを待ち構えているまであるかもしれない。
「……では、どうやって?」
「奇策はいらない。私は私のやり方で『正々堂々』と戦う。――今までの戦い方を、そのまま適用する」
ならば狙うのは、それ以外。
「ドラゴンだって、お腹は減るよね?」
「あの、マスター。多分それ、『正々堂々』って言いませんよ……」
「え? じゃあなんて言えば?」
「『ド外道』かと」