合同訓練
勝ち方には、色々ある。
今日のために用意された、一見厳しいルールの中ですら、いくらでも思いつく。
ゆえに私は、勝ち手段を十個用意した。
厳密には、一つでいい。
しかし、そんなものつまらない。
私は今日、勝たねばならない。
しかし同時に、勝つだけではダメなのだ。
私は『暗黒騎士を相手に』『木剣で』『正々堂々と』勝つ事が出来る。
だが、勝ち自体はルール上仕方なく認めても、心の底では敗北を認めまい。
外道だとか、卑怯だとか、ルールも読み込めなかった自分の理解の浅さを棚に上げて、私は非難されるのだ。
だから、徹底的に、心を折る。
私の手段が外道に見えるなら。
私の手段が卑怯に見えるなら。
それに気付けなかった自分が、愚かだと思うほどに。
面白くないのならば、面白いと思うまで多彩な手段で勝ちを重ねて見せる。
それが、私を信じてくれたブリジットへの礼儀であり、彼女の色々面倒な立場への精一杯の応援だ。
私は、板石を敷き詰めた、リタルサイド城塞の練兵場に立っていた。
ざっと一辺が五十メートルはあるだろう正方形に敷き詰められ、それが等間隔に並ぶ。
その中の一つが、今日の舞台だ。
端と端に今回の訓練に参加する、暗黒騎士団と"病毒の王"、それぞれの陣営が揃い、他にもリタルサイド城塞に詰めている各軍が取り囲んで観戦している。
城壁の上や、物見の塔にまで観客がいる。
念のため、見張りの目は緩めるなと言ってはあるが、本当に守られるか心配になってきた。
私は、素顔だ。
軍部を中心に、緩やかに正体を公開していく予定になっている。
一応公式には今も『種族不詳』なのだが――長い耳も、獣の耳も、黒い体毛も、骨の体も、透けた全身も持たぬ種族が、人間の他にいるはずもない。
「人間……?」
「噂は本当だったのか……」
「あれが"病毒の王"……」
それもあって、辺りはざわめきに満ちている。
大観衆に囲まれている事で緊張もするが、それすら高揚感というスパイス。
「時間だ! さあ、殻も取れない雛鳥共に、戦場の厳しさを教育してやろう!!」
ばさりとローブの裾をはためかせ、私は声も高らかに宣言した。
普段ここまで自分を解放出来ないので、ちょっと楽しい。
この日のために拡声魔法をきちんと練習した甲斐はあった。
一瞬で、向かい合う暗黒騎士団を中心に、びきり……という、空気が凍る音か、額に青筋が浮かび上がる音がした。
「マスター、マスター。大丈夫ですか。『訓練中の事故』とか」
背後から声をかけるリズに振り返って、笑いかける。
「リズ。そこで見ていろ。今日、私は、『正々堂々と戦う』ぞ」
ちなみに今日のサブ目標は、『リズにかっこいいところを見せる』だ。
「あ、はい。……信じてますよ」
「ありがとう。行ってくるよ」
視線を前に戻し、歩き出した。
「……ある意味」
背後でリズがぼそりと呟いた言葉は、気にしない事にする。
身体強化魔法で耳が良くなるのも考え物だ。
リズは、それも込みで聞こえるように言ったのだろうけど。
「はい、それでは! 今日は"病毒の王"様を招いての合同訓練です!」
中立目線という事で、獣人軍より進行担当が来ている。
垂れた茶色の犬耳が可愛くて、拡声魔法を使っているという事を差し引いても通りのいい声を持った、耳と同じ茶髪のショートカットが愛らしい女の子だ。
私は観客に手を振ってみせた。
軽い歓声が上がる。おお。
アウェイを覚悟していたのだが、思ったより友好的。
暗黒騎士団の人も、ベテラン勢は静観の構えらしい。
問題になりそうなのは、あくまで若手の一部という事か。
「化けの皮を剥がしてやる!」
暗黒騎士団の若手騎士その一は、気合い十分。
ダークエルフなので整った顔立ちだが、今は怒りを顔全面にみなぎらせているのであまりイケメンではない。
「あくまでも『訓練』ですからね? 暗黒騎士団の人達、木剣でも死者が出る事もありますからね。十分にご注意を!」
「俺は――」
「名乗りはいらない」
「なんだと……?」
「悪いが、そんな無駄な情報を覚えられるほど、最高幹部とは暇な立場ではなくてな。ああ、もちろん私に勝てたら覚えてやるぞ? ま、無理だろうがな」
全力で煽る。
また、びきりという音がした気がする。
局所的に空気が冷え、対照的に周りのボルテージが上がる。
「人間の女風情が……。いいだろう。引きずり倒して、教え込んでやる……!」
「その物言いは、リストレア魔王軍の最高幹部に必要な条件に、種族や性別は存在しないという事を知らないと見える。いずれは最高幹部を狙うぐらいの気概が欲しいものだがな。いやはや嘆かわしい」
肩をすくめて見せた。
そして目を細め、睨み付ける。
茶化すような声色から一転、氷のような声色に変えた。
「――そして口の利き方に気を付けろ。命令系統こそ違うが、間違いなく私は貴様等の上官だ」
「っ……」
そしてまた、笑って見せる。
「だがまあいい。私の資質に疑問があると言うから設けた場だからな。その程度で済んでいるのは、むしろ『素晴らしい紳士的態度!』と賞賛するべきか?」
「このっ……!」
「そのぐらいにしてもらおうか、"病毒の王"殿」
凜とした声。
ブリジットの声は、喧噪を圧してよく通る。
「ああ、失礼。ブリングジット殿も苦労されているな。若手期待の部下がこれとは」
「……お前も控えろ。仮にも上官だ」
「はっ……しかし」
「控えろと言った。その剣は木製とはいえ、飾りではないだろう。そのための場だ」
ちらりと、ブリジットがこちらを見るのが分かった。
「……存分にやれ」
「はっ!」
私に言った、ような気がする。
なので私は笑ってみせた。
「さあ来い、暗黒騎士団の跳ねっ返り諸君。"病毒の王"が直々に戦ってやろう」
私は、勢いよく木剣を構えた。
胸元の護符が揺れ、ローブの裾がはためく。
宣言した。
「――相手になってやる」