臨時メイドさんとのお話
合同訓練当日、リタルサイド城塞に与えられた控え室で、私はソファーに座って、隣のメイドさんと談笑していた。
しかし、相手はリズではない。今日のために、一時的な措置ではあるが"第六軍"に転属までしてもらった、臨時メイドさんだ。
私は外見をダークエルフに見せるだけの護符を装備しているし、もちろん"病毒の王"本人だという事は言っていない。
なので、私の種族や階級を理由に変に身構えられる事もなく、ダークエルフらしい銀髪をおさげに結って左肩に垂らしている、そばかすのある素朴な感じの彼女と、和やかにお話をしていた。
「へえ。好きな人が暗黒騎士団に?」
「はい。幼なじみなんですけど……」
「それは羨ましいなあ。こんな可愛い彼女さんがいるなんて」
「えへへ。……あ、でも、彼女じゃないです」
はにかんで照れる彼女の表情が曇った。
「ないの?」
「はい。暗黒騎士って、暗黒騎士団の精鋭ですから、忙しいし……女の子にも人気ある職業ですし……」
「メイドさんも人気あるよ。自信持って」
実際、リタルサイド城塞付きのメイドとなれば、ただの下働きとは言えない高いスキルが要求される。
現在の情勢からしても、常に大規模戦闘が行われているわけではないから、平時のコンディション維持は重要なお仕事。
軍隊とは、その力強いイメージとは裏腹に、彼女のような武器を持たない人員が支えている組織だ。
私が彼女を臨時メイドにと要請したのは事情があっての事だが、合同訓練に参加する『特殊極まるお客様』への対応を任せられるほどに信頼されているのだ。
私は彼女の肩のおさげに手を伸ばし、緩く握り込んで弄んだ。
「……あの?」
「こんなに可愛い女の子を待たせるなんて、罪な男だね」
「ふえ!?」
「はーい、そこまで」
いつの間にか開かれていた木製ドアを、コンコン、と実にわざとらしくノックするリズ。
ジト目で私に温度の低い視線を向けている。
「あ……リーズリットさん……」
「ま・す・た・ぁ? 何新しい子にセクハラかましてるんですか」
「これも立派なお仕事だよ」
嘘はついていない。
「セクハラは給与が発生しないお仕事です」
「それがねえ、給与が発生しないお仕事って結構世の中にあるんだよ」
うんうんと頷く。
ブラックな世の中だ。
「ごめんね。変な事言って」
「い、いえ! ……実は、いらっしゃるお客様が"第六軍"……"病毒の王"陣営の方だと聞いて、一体どんな悪鬼外道の群れが来るかと思ってたんですけど……」
打ち解けてくれたのは嬉しいが、あまりに正直な評価に、寄ってきたリズに首を傾げる。
「ねえリズ、やっぱり"第六軍"って、友軍に嫌われてる?」
「微妙なところですね……」
「あ、いや! 嫌いとかではないんですよ! で、でも伝え聞く噂が……そのう……」
多分、真実であれ、ただの噂話であれ、大して違わないだろう。
でも。
「会った事もない女の子に悪鬼外道と思われるのはちょっと辛い」
「プロパガンダが機能している証拠ですよ」
「えっ……えっと! 頼りにしてるんですよ! ずっと……ずっと、不安で……。戦争に負けて、この国が、なくなるんじゃないかって……」
彼女の年齢はダークエルフの常でよく分からないが、間違いなく彼女が生まれた時にこの国は戦争をしていた。
そしてリタルサイドの出身となれば、常に脅威を身近に感じ続けていただろう。
「私達も……殺されるんじゃないかって」
私は、力強く断言した。
「させないよ。魔王軍はそのためにいる」
彼女の暗い顔に、少し笑顔が戻る。
「"病毒の王"様にもお伝え下さい。……その、悪鬼外道の長と思ってましたし、今でも思ってますけど……じゃなくて」
悪鬼外道の長という言葉を――目の前にいるのが当の本人と知らないとはいえ――メイドさんに吐かれる日が来るとは、思ってもいなかった。
「あなた達の活躍で、救われてる人達がいるんだって」
そして、こんな言葉を、言われる日が来るとも。
「……えっと、余計なところ省いて、そのー、上手く伝えてくれますか?」
「……うん。ちゃんといい感じに伝えておくよ」
微笑んで、頷いた。
もう、伝わっている。
「間違いなく"病毒の王"にね」
「お偉いんですね」
「実はこれでもね」
「それでは失礼いたします」
「ああ、後で頼みたい事があるから、別室で待機しててくれる? ――サマルカンド。エスコートを頼む」
扉の外が持ち場のサマルカンドに声をかけた。
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
「は、はい。承知しました」
扉が閉まると同時に、リズが再びじっとりとした目で、さっきまで彼女が座っていた私の隣に座る。その勢いでソファーが弾んだ。
「可愛い子に好かれて良かったですねー、"病毒の王"様?」
「うん。可愛い子だったねえ」
リズの顔を、不安げな色がかすめた。
「……私と、どっちが可愛いですか?」
ほぼ反射で彼女を抱きしめた。
「それはもう! そんないじらしい様子を見せてるリズに決まってる!」
「ちょっ……誰がいじらしいんですか!」
「自覚ないの?」
首を傾げる。
「ありませんけど!?」
これは天然物の悪女さんだ。
ノックの音がした。
「レベッカだ。失礼する。……って、何をやってるんだ」
後ろ手にドアを閉めつつ、レベッカが冷めた視線で私達を見る。
「あ、臨時メイドさんとお話してたんだけどね」
抱きしめていたリズを解放し、レベッカに説明する。
「いやー褒められちゃった。私だけじゃないんだけどね。『あなた達の活躍で救われてる人がいる』だって! サマルカンドとハーケンにも、後で教えてあげなくちゃね」
「……そうか」
レベッカが、口元を緩めた。
私達は、軍人だ。
それが、仕事。
リストレア魔王国と魔王陛下に忠誠を誓い、国民とその財産を守る事が義務。
それに、規定の給料以上の対価を求めてはいけない。
……けれど、そういった感謝の気持ちが、私達を支えている。
「でもやっぱり人と人が分かり合うのって難しいのかもねえ。"病毒の王"のイメージが悪すぎる」
「……まあ、そういう風に伝えていますから。緩やかに方針転換はしていますが、宣伝部門が仕事しているという事です」
「まあそれはいい。準備は滞りなく。向こうが用意した木剣の事前チェックは私とハーケンで完了した。訓練に使っていたものと同型だ。こちらの物を借りたのだから当然だが。一応直前にもチェックするが、問題ないだろう」
「ありがとう」
「そっちは、臨時メイド呼んで何をしてたんだ? いや、そもそも何故臨時のメイドが必要なのだ? リズがいるだろう」
「楽しくお話しただけだよ」
「多少鼻の下は伸びてましたけどね」
「……お前。一般メイドに手を出すなよ。リズがいるだろうが」
「なんでそこで私の名前ですか!」
「私がリズの事大好きだからだよ。後、手なんて出してないって」
「でもお話があるんですよね?」
「うん、別室で二人きりでね」
「…………」
「安心して、リズ。ただのお仕事だよ」
「セクハラを給料の出ないお仕事とのたまうお方のお言葉を信じて安心しろと?」
正論ではある。
しかし、同時にその言葉は。
「不安があるの?」
「え?」
「私が、臨時のメイドさんと二人きりで『何か』する事に、リズが、不安を覚える理由があるの?」
リズが固まった。
「追及しないでやれ」
「うん、そうする」
レベッカの言葉に頷き、リズを軽く抱きしめる。
そして少しだけ彼女の固さがほぐれたのを確認して身を離すと、手に軽く触れながら、彼女の目をまっすぐに見つめて、微笑んだ。
「本当に仕事だよ。私のメイドさんは、リズだけだから」
「……し、仕方ないマスターですね」
明後日の方向を向いて、レベッカがぼそりと呟く。
「全く、仕方ない副官殿だな……」
リズがレベッカを睨むが、その視線には力がない。
私はそのレアな表情を堪能しつつ、レベッカに心の中で喝采を送った。