努力を踏みにじるための努力
一週間後に、私は暗黒騎士十人と木剣を使った試合形式で戦う。
下っ端とはいえ暗黒騎士と、木剣とはいえ一対一で、正々堂々と戦えば、私は百パーセント負ける。
それは、単純な事実だ。
ゆえに、その単純な事実を覆す手段が必要となる。
「痛い……」
そして私は、今ホテルの中庭で、ハーケンに木剣で打ち据えられている。
物理防御効果のある護符を外しているので、ダメージがきっちり通る。
ハーケンによると「打たれる感覚も、そこから受ける痛みもまた訓練である」との事。
正論なので仕方ない。
「お見せ下さい、我が主」
サマルカンドがローブの袖をまくりあげ、今し方受け損ねて打たれた腕の、傷の程度を確かめた。
「アザになるでしょうが、骨に影響はないでしょう」
「分かった。続けても問題ないな?」
「はい……しかし、ご無理はなさいませぬよう」
「道理を引っ込めさせるために無茶を通そうというんだ。出来る事はやっておかねばな」
努力は尊い。
努力が報われない事もある。
誰かと比べられる場ならば、相手の方が優秀ならば、それで終わりだ。
努力に何の意味もない瞬間があり、才能のない者の努力が踏みにじられる瞬間がある。
だから、私は、今努力しているのだ。
才能のある者の努力を、踏みにじる瞬間のために。
腕を振って、ローブの裾を戻す。
「すまぬな、主殿。訓練ゆえ」
「いいんだよ、ハーケン。言う通り、訓練だからね」
私の前に、木剣を持って立つハーケンに向けて、木剣を構えた。
「来られるがよい」
「よろしく」
「……で? あの付け焼き刃でどうにかなるのか?」
「なりませんよ」
レベッカとリズが、少し離れた所から周囲を警戒しつつ、訓練を眺めていた。
「じゃあどうやるんだ?」
「私の分かる範囲では、あれはトドメ用です」
「トドメ?」
「マスターの剣の腕では、まともにやれば暗黒騎士に勝てません」
「ああ」
「だから、あの腕でも勝てるようにします」
「……なあ。それって正々堂々か?」
「マスターにとっては、そうなんでしょうね」
リズが、ため息をついた。
「私は仕事してきますので、レベッカ。後を頼みます」
「分かった。まかせろ」
「くれぐれもマスターを甘やかさないように」
「……まかせろ」
せっかくリタルサイドまで来ているのに、二日目に観光したきりだ。
軍務なので仕方ないと言えば仕方ないのだけど。
夜に、仕事帰りのリズを労りつつ甘えて、その反応を見るのだけが楽しみになりつつある。
そして今日は、合同訓練前日。
明日に疲れを残さないようにと、訓練は軽めのものになっている。
その総仕上げに、防御効果のある護符を装備した状態で、ハーケンの『適切に反応すればギリギリで受け止められる強さと速度』で振るわれる剣を受け続けていた。
合間合間に『明らかに隙と分かるような隙』を見せられるので、そこに打ち込む訓練も行う。
茶番だが、ごく真面目な茶番だ。
それが、訓練の本質であるとも言える。
私は、ハーケンの胴というか背骨に向けて、横薙ぎに剣を振るった。
「この一週間、よくぞ厳しい訓練に耐えられた」
最後の一撃を、木剣で軽く受け止めたハーケンが、柔らかい口調で宣言し、訓練が終わる。
「ありがとう、ハーケン」
微笑んで、この一週間ダメダメな生徒を実に根気強く教えてくれた先生にお礼を言う。
「ところで、今の私の強さってぶっちゃけどれぐらい?」
「入隊後一週間の新兵程度であろうか」
現実は厳しい。
「なに、一週間の訓練でそこまで至ったのだ。特別な才能はないが、変な癖もないゆえ、後八十年も鍛えれば一流と呼べる域になるのも夢ではない」
「ハーケン。私人間だからそれは無理」
八十年したらおばあちゃん……より前に死んでそう。
一応高い魔力持ちの寿命は、人間でも長めだと聞いている。
しかし、寿命を伸ばす魔法はこの世界でも存在しない。
高い魔力持ちは、陣営に関わらず、魔法使いとしてそれなりの待遇を受けるので、普段の生活にゆとりがあるのだろう。
現代日本人の寿命が長いのも、人種より生活環境に由来するところが大きい。
とはいえ、人間でも百歳を超えた魔法使いは――使い物になるかは別として――ありえない話ではなく、魔法使いに限れば平均寿命は地球より長いかもしれない。
「しかし主殿。我が役割以外は聞かされておらぬゆえ、不安が残る。暗黒騎士団とはこの国の精鋭よ。今の主殿の実力を考えれば、剣の腕で競おうというのは、控えめに言って正気の沙汰ではない」
「私めもハーケン殿と同意見でございます、我が主。木剣による訓練形式とはいえ……この世界に絶対はありませぬ。お体が不安でございます」
「ハーケン。サマルカンド。私は負けるかもしれない。お前達の言うように、この世界に絶対はないから」
当たり前の事を、当たり前として言う。
「だが、宣言してやろう。お前達までもが正気の沙汰ではないと思うからこそ、私が暗黒騎士団に勝てるのだと」
「……ふむ?」
「お前達の役割を考えれば分かるはずだがな。私は剣で戦うが、それ以前の問題だ、と」
今回、私は一人で戦う。
だが、それまでの私は、一人ではない。
ハーケンとサマルカンドは今正に協力してもらっているが、それだけではない。リズとレベッカに関しても同様だ。
特にリズは、万が一にでも私の計画が向こう側に漏れないように暗躍してくれている。
レベッカとサマルカンドもいるから、魔法的に覗く事は不可能だろう。
友軍相手にここまで気を張らなくてはいけないのもどうかと思うが、それでも、念を入れるに越した事はない。
――この世界に、絶対はない。
それでも、私は宣言してみせた。
「私は勝つさ。そのために、ここまで来たのだからな」