誠実なルール
「……おかしな点は……見受けられないな」
暗黒騎士団長ブリングジット・フィニスは、後は両者の合意によって誓約魔法を使用するまでに整えられたルールを見て、そう言った。
「皆も確認してくれ」
"合同訓練に関する誓約"
以下を誓約し、履行されなかった場合定められた罰を負うものとする。
罰:訓練における敗北
・訓練相手の殺害はこれを認めない。
・武装は木剣を使用するものとする。
・木剣は事前にお互いの陣営を同数含めた担当者がチェックする事が出来る。長さ等の規定はないが、先端を丸めるなど、殺傷能力は最低限に抑える事。
・甲冑の装備はこれを認めない。
・身体強化魔法の使用を許可する。
・あらゆる攻撃魔法はこれを認めない。
・各陣営一名が定められた試合場に入場し、勝敗が決するまで試合を行う。
・まいったと言った相手を攻撃してはいけない。
・降伏の意志を込めて降参と言った場合、その者を敗北とする。
・意識を失った場合、その者を敗北とする。
・試合開始後は、試合場の外に出た場合、いかなる理由があろうとその者を敗北とする。
・各試合の制限時間はないものとする。
・試合開始後は、両者の合意をもって、どちらかの敗北、または引き分けを決定する事が出来る。
・試合開始後のトイレ休憩は、これを認めない。
回し読みした暗黒騎士達が、口々に感想を言う。
「なんだこれ? こんな事わざわざ文書化したのかよ」
「でも、このルール、妙に細かいな」
「意外と……と言っては失礼かもしれませぬが、紳士的ですな」
「そんで、相手するのは"病毒の王"だけ? ただの人間が暗黒騎士相手に木剣で、攻撃魔法なしで何が出来るよ」
「俺達も舐められたもんだ」
「団長。"病毒の王"殿は、強いのですか?」
「……分からん。このルールからして、身体強化ぐらいは使えるのだろうが……」
「種族が人間だという事は、間違いないので?」
「私の知る限り」
「試合場と、木剣に関しては?」
「試合場はリタルサイド城塞の練兵場をこちらが指定する。木剣もこちらで用意するつもりだが……もし向こうが用意してきてもチェックすればいいはずだ」
簡単な質疑応答を繰り返し、ルールのチェックを終わる。
「団長。我らの力を、誇りのない戦い方しか出来ぬ"第六軍"に見せつけてやりましょうぞ」
プラチナブロンドを撫で付けてオールバックにしたダークエルフが一歩進み出て、不敵に笑う。
「……ああ、そうだな。お前達の活躍を、期待している」
誓約魔法は、問題なく行われた。
彼女は、城壁の上にいた。
「ブリングジット様。こちらにいらしたという事は、何か面倒事でも?」
銀髪を短く切り揃えたダークエルフ――馴染みの女性弓兵が、視線を、実質的な緩衝地帯である荒れ野へ据えたまま、声をかけてくる。
「邪魔してすまない」
「いえ。邪魔ではありませんが」
「少し……ここへいさせてくれ」
「大方、一週間後の合同訓練の件とお見受けしますが」
「もう、噂に?」
「ええ。城塞内は噂の花盛りですよ。なんでも"病毒の王"が直々に参加され、我ら暗黒騎士団の『精鋭』を相手に十人抜きをなさるとか」
「……持ち場を、離れていないよな?」
「弓兵の耳と目を侮られまするな。……というか、皆様大声で吹聴されていますからね」
「なんだと。……全く」
あの馬鹿共、という言葉を飲み込んだ事を、馴染みの弓兵は察する。
「どう思う?」
「負けるでしょうね」
「……どちらが」
「我らが」
「何故、そう思う?」
「噂話が本当なら、という前提ですので、確認したいのですが。誓約魔法をもって、『正々堂々としたルール』を守られるのでしょう?」
「ああ。おかしな点は……ない」
「皆様がそう言われるからには、ルールの『文言には』ないのでしょうね」
「何を言っている?」
「私は暗黒騎士団に籍を置いておりますが、一介の弓兵です。ゆえに……騎士道精神など持ちません」
「……それが、どうした?」
「だから、ご同類の事には、なんとなく鼻が利くのですよ」
「……つまり?」
「正々堂々という言葉は、忘れられた方がよろしいかと」
「あのルールで、どうやって? 木剣しか使えないのだぞ」
「そこまでは分かりかねますが。相手が提示したルールなど、信じるものではありません。敵が勝ちを確信し、こちらがその根拠を分からない以上、負けると考えるのが妥当でしょう」
淡々と断言した。
「それに……かの方は人間だとお聞きしました」
「そこまで?」
「ええ。皆様、半信半疑のようですが」
「いや……間違いないよ」
呟くように言う。
それだけは、間違いないのだ。
城壁に手を置いて、視界の彼方、黒い焼け跡が残るだけの廃墟を見る。
かつての、ガナルカン砦の残骸。
あの日も、こんな曇り空だった。
しばらくの沈黙の後、淡々とした声が静寂を破る。
「人間は、獣人のような獣の耳も、鋭い感覚も持たぬ種族です。我らダークエルフのような平均的に高い魔力も、長い寿命も持っていない。悪魔ほどの魔力や、竜のような翼や鱗は言わずもがな。そして不死生物となった同胞を敵とみなす」
「何が言いたい」
「人間が恐ろしいのは数。しかしかの方は一人で戦うと言う。その上で勝つと言うのならば」
彼女は、監視の務めとして視線を遠くへ据えたまま、静かな声で続けた。
「正々堂々という幻想が介在する余地は、ありません」