申し合わせ
「……まずは、今回の『合同訓練』の申し入れを受けて頂き、感謝する」
「同じ魔王軍として、当然の事だ」
私は、"病毒の王"の正装で、ブリジットと対峙していた。
しかし杖はサマルカンドに預け、仮面もまた着用していない。
今は、リタルサイド城塞の一室で、私達"第六軍"と、"第二軍"暗黒騎士団とが、協力して開催する『合同訓練』のための打ち合わせをしているところだ。
私の右斜め後ろにはリズ。レベッカ、サマルカンド、ハーケンがさらにその後ろに並んでいる。
ブリジットの背後には、黒い鎧姿の暗黒騎士がずらり。
銀髪のポニーテールが可愛い彼女もまた、深紅の甲冑姿だ。
威圧感が凄い。
リストレア魔王国、魔王軍最高幹部、"第二軍"暗黒騎士団長、"血騎士"、ブリングジット・フィニス。
"第三軍"の獣人軍、"第四軍"の死霊軍と並び、この国の武を象徴する部署であり、彼女はそのトップを張っているのだから、それも当然かもしれない。
お互いに立ったままで話を続けた。
「日時は一週間後。基本的には、木剣を使用した模擬戦形式となる。異論は?」
「ない。そのまま話を続けてくれて結構だ」
「お互いにメンバーを選抜し、腕を競う形になるだろう。……こちらの要望としては」
ちらり、とブリジットが背後の騎士達を見る。
その中の一人、ブリジットを除けば、並ぶ中で最も若く見える、プラチナブロンドを撫で付けてオールバックにした一人が一歩進み出て、一礼した。
ダークエルフは老化の遅い種族だから、見た目通り二十代という事はないだろう。
しかし、相対的には若いはずだ。
「是非、"病毒の王"殿の胸をお借りしたい。……"第六軍"のトップを張る腕前を、是非拝見したく……」
慇懃無礼、という言葉がぴったりな口調。
分かりやすいなあ。
「無論だ。だが、ブリングジット・フィニス。あなたの提案は『少々』変更させていただこうか」
「……どの部分を?」
私は、胸に手を当てて宣言した。
「相手をするのは、私一人だ」
「……なんだと?」
ブリジットが眉をひそめる。
「十名ほどが適当か。私に不満を持つ若い者から選ばれよ」
「……いや、不満などと……」
「――ここに至って言葉を飾る必要は、あるまい」
私は、上官に対して慇懃無礼な口調を向けてくれた若手騎士に、慇懃無礼な口調で応じた。
「私の持てる限りの能力をもってお相手しよう」
「っ……さすが"病毒の王"殿ですな……」
「伊達に、最高幹部を務めているわけでも、ないのでな」
冷たい視線を向ける。
「不満をさえずるだけなら雛鳥にも出来るという事を、骨身に刻んでやろう」
「雛鳥っ……!? ――私達が?」
「違うというのならば、剣をもって証明するがよい」
私は少しだけ声に出して笑った。
「完全にルールに従って『正々堂々と』お相手しよう……」
軽く手を振った。
リズが、書類を差し出す。
今回のルールをまとめたものだ。
「こちらでルールは決めさせていただいた。もちろん、不満や質問があれば検討しよう。誇り高き暗黒騎士団ともなれば、このルールで不満などあるはずがないと信じてはいるが……な」
「当たり前だ!」
一歩踏み出して叫ぶ若手騎士。
ブリジットが、籠手を装着した手を軽く振った。
「よせ。――拝見させて頂こう。我らを高く評価して頂いてありがたく思う。だが、こちらが明らかに不利になるようなら遠慮なく変更を申し入れさせて頂く」
「無論だ」
頷く。
さすがブリジット。挑発に乗らず、きちんと利を取る。
「しかし……驚きですな。"病毒の王"様のその姿は」
対してこちらは……。
若手騎士をちらりと見て、その後ブリジットに哀れみと労りを心の中で贈る。
暗黒騎士団は大所帯だし、苦労してるんだろうな。
「ストレートに、見た目通り『人間なのか』と聞けばどうだ?」
「……やはり、そうなのですね?」
「もう、隠す意味もないだろう。少なくとも、軍内においてはな」
素っ気なく言い捨てた。
そして笑う。
「人間と戦う訓練の機会を、くれてやろう」
私は、ブリジットの事を友人だと思っているし、彼女のために何か出来ればとも思う。
けれど、私は暗黒騎士団ではない。
ならば、私がするべきはたった一つ。
宣言全てを、現実のものとする。
「来た時に案内された別室で待機させて頂こう……。問題がなければ、誓約魔法をもってそのルールで戦う事を誓う。――サマルカンド。連絡役を務めてくれ」
「はっ、我が主。……暗黒騎士団長殿。部屋の外で待機させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「許可しよう。とりあえず三十分ほど頂こう。必要ならもっとだ」
「もちろんだ。それでは、『正々堂々とした』戦いを期待している」
誓約魔法は、問題なく行われた。
誓約魔法をかわした後ホテルに戻り、"病毒の王"は中庭でハーケンと訓練に。サマルカンドはその周辺警護に。
そしてレベッカと二人きりになったリズは、手を組んでリタルサイド城塞の方向へ向けて懺悔した。
「うう……ブリジット姉様ごめんなさい……」
「……リズ? 何を謝っているんだ?」
レベッカが首を傾げる。
「部下の暗黒騎士十人が、多分物凄く残念な感じに負けるので……後のケアが色々大変だろうなって……」
「……は?」
「マスターが、そう言ったじゃないですか」
リズの言葉には、確信があった。
「いくらひよっこ共とはいえ、相手は『暗黒騎士団』だぞ? 木剣でも、あのマスターでは、まず勝ち目はないだろう」
しかしレベッカは、至極常識的な意見を述べる。
「ほどほどに正々堂々と戦って、ガス抜きをする段取りじゃないのか?」
「……『正々堂々』?」
ふっと、厭世的な笑みを浮かべるリズ。
「うちのマスターが? "病毒の王"が……?」
完全な確信を持って、未だ主との付き合いが短いレベッカに、噛んで含めるように現実を教える。
「あの、超が付く負けず嫌いで卑怯で非道の悪鬼の呼び名に恥じない、それこそ、最高幹部級の外道さを誇るマスターが、正々堂々と勝ち目のない戦いなんて挑むわけないじゃないですか」
「待て。何を言っている?」
それでも、理解出来ないといった風なレベッカ。
「あいつは、暗黒騎士団に、剣で勝つつもりなのか?」
「あの人、負ける気なんてさらさらありませんよう……」
「だが、あのルールだぞ? それこそ、正々堂々と正面からしか戦えないだろう」
「私も全部は知りませんけど……一つだけ言えます」
リズが、諦めと信頼の入り交じったため息をついた。
「あの人、マジもんの外道ですよ」