きんいろの幸福
二軒の屋台をはしごして、今は私、リズ、レベッカの三人でリタルサイド城塞を目指している。
そう遠くはないはずなのだけど、買い食いという名の寄り道のせいで、中々辿り着かない。
「時間はまだあるよね?」
「まあ、早く着いてもいいんですけどね。まだ買い食いとかしたいのですか?」
「いや、もう買い食いは……」
そう言ったところで、バーらしい店の軒先で、立ち飲みでビールと思われる金色の飲み物を、ジョッキでぐいっとあおっている猫科の獣人さん達を見てしまった。
ごくり、と喉がなる。
「ねえリズ、あれ……」
「さすがにアルコールは許可出来ません。軍務ですよ」
すげなく断られる。
レベッカが口を開いた。
「それを差し引いても、多分、ビールはやめた方がいいぞ」
「なんで? 実はリタルサイドのビールは美味しくないとか?」
「そんな事はないが」
「じゃあなんで」
レベッカが、心底不思議そうに小首を傾げて見せた。
「お前は、一口目を飲まれたビールを許容出来るのか?」
「ごめん、それは無理」
本当にクリティカルな理由だった。
リズが毒味なしの食事を、自分が作った物以外許してくれない以上――
そこで閃いた。
「樽ごととかどうかな」
「毒味がどうとか以前に許可出来ませんね」
「分かった……」
「分かってくれましたか」
そこでまた閃いた。
「口移しとかどうかな」
「どうやら酒気で酔ったみたいですね」
「いつも通りに見えるが」
まあ今は諦めよう。
また今度、機会を見て瓶入りかな。
「でも、金色の物って素敵なもの沢山あるねえ」
偶然だが、ハニートーストもじゃがバターもビールも、全て金色だ。
「今日の金色は食べ物ばかりだが、金細工などに興味はないのか?」
「嫌いじゃないけど……欲しいとは、思わないかな。あんまりアクセサリー似合わないし……」
「そうですか?」
「リズがもし欲しいって言うなら、それはもう全力でプレゼントして、きらきらに飾り立てるけど?」
「いえ、いいです」
うちの副官さんは欲がない。
レベッカが、呆れたように呟いた。
「悪い女に貢ぐなよ……」
「そこは悪い男に、じゃないですかね?」
「――あ、でも。一つだけ、欲しいアクセサリーはあるかな」
「買えばいいじゃないですか? 最高幹部のお給料、まともに使ってないから結構あるでしょう」
首を横に振った。
「お金じゃ、買えないものなんだよ」
「そんなに、貴重なんですか?」
そこでリズがはっと気が付いたように目を見開く。
「……あ! 王冠とか言いませんよね!?」
「その発想はなかった。大丈夫だよ」
魔王陛下が苦労しているのもよく知っているので、名前にこそ王を戴いているが、本当の王様になりたいとは思わない。
今さら無責任に部下を放り出すような真似はしないが、魔王軍最高幹部の地位も肩に食い込むと言うのに。
「で、なんなんです?」
「……指輪なんだけどね」
そこで、探るようにリズの表情を窺う。
「はあ」
リズは全く分かっていない顔をしている。
それを見たレベッカが、小さくため息をついた。
「……マスター。どうも、うちの序列第二位殿は、察しが悪いようだ」
「失礼ですね。レベッカは分かるんですか?」
「……まあ、な」
「教えて下さい」
「そんな野暮が出来るか」
「……どういう事です?」
うちの序列第三位殿は、察しがいいようだ。
「リズ」
リズの左手を取った。
「……あの?」
そっと彼女の薬指を一周するように、指先で撫でる。
「ここにはめるのとか、どう?」
「ば、馬鹿じゃないですかね!?」
リズが頬を染めて、腕で赤くなった顔を隠すようにしながら叫んだ。
「マスター。その時は言ってくれ。腕のいい彫金師を手配するぞ」
「ありがとう。レベッカは顔広いね」
「長く生きているからな」
「いや、おかしいところがあるでしょうよ。私とマスターは女同士ですって」
「……まあ、うちのマスターの事だからな」
謎の信頼感。
「気持ちがあれば性別は問題にならないと思うんだよ」
「レベッカ。何か言ってやってくれませんか」
「もうくっついてしまえ」
「……レベッカ。マスターを私に押しつけたら、自分の負担が減って、楽になるとか思ってません?」
「それは思ってるが」
レベッカが、ため息をついた。
「うちのマスターがお前を大好きな事ぐらい、まだ着任して日の浅い私にも分かる事だぞ」
「れ、レベッカにもちょっかい出してるじゃないですか」
レベッカが私を見て、肩をすくめた。
「……だ、そうだ、マスター。リズが気に病んでる。やめてやれ」
「そのリズの顔が可愛くて」
「私を当て馬にするのやめてくれ」
「レベッカのその顔も可愛くて」
「あらゆる意味でやめてくれ」