こがねいろの幸福
顔に似合わずハニートーストを売っている獣人の店主さんに、じゃがバターの店をオススメされた。
「実は女房がやってる店でね。甘い物の後に芋ってのも変に思うかもしれねえが、ほくほくの芋を割って、塩胡椒した後にバターを挟み込んでとろかすとそれはもう――」
「行こうリズ! じゃがいも様が私を呼んでいる!」
「え、まだ食べるんですか? そりゃ時間はありますけど」
「リズ。私は目的を持ってここに来た。ゆえに、私はその目的を果たそう」
「だから、目的は観光じゃないんですってば」
「私にとっては、合間の観光も目的だよ」
「じゃがバターに目がくらんでいませんか?」
「それは少し。まだお腹に、じゃがいもの一つぐらい入るよね?」
「まあ入りますけど。私もちょっと気になりますけど」
「私も……だな」
リズとレベッカの正直な意見は素晴らしい。
「気が合うね」
微笑んだ。
「その前にリズ。一口ちょうだい」
「どうぞ。……あーんして下さい」
「はい、あーん」
距離を詰めて口を開くと、一口残されたトーストが舌の上にのせられて、さくさく感に加えてバターと蜂蜜の甘いコラボレーションが脳をとろかす。
そこで、リズの指先に蜂蜜がついている事に気が付いた。
「リズ。指に蜂蜜ついてる」
「お見苦しいところを。今――」
ぱく。
リズがハンカチを出すより先に、彼女の褐色の指の先を口の中に入れた。
「ま、マスター!?」
最後にべろん、と口の中の指を一つ舐めて綺麗にすると、解放する。
リズが耳の先まで真っ赤にして私を睨み付けた。
「何しやがるんです」
「甘かったよ」
「ほんとに仲がいいなあ」
「全くだ」
店主さんと一緒になって頷くレベッカを、リズが横目でやぶ睨む。
そのまま私も、もう一度じろりと睨まれた。
「マスター。人前でこのような事は」
「あれ、二人きりならいいの?」
「そういう事ではなくてですね。相応の振る舞いというものを……」
「……お偉いさんかい?」
「聞かない方がいい」
「ん、しがない屋台の店主だからな。聞かねえよ。言ってたのは、広場の向かいの店だ。見りゃ分かると思うが」
「ありがとう! あ、ごちそうさま!」
ぶんぶんと手を振って別れる。
「そこの美人の猫耳お姉さん、じゃがバターを三つ! ハニートーストの屋台さんからオススメされて来ました!」
黒毛の猫耳にダークエルフほどでないが日に焼けた肌が似合う獣人の、黒髪ロングでさっぱりした美人のお姉さんに勢いよく注文をする。
「あ、ああ。元気だねお嬢ちゃん。一つ銅貨二枚、三つで六枚だ。一人一つずつ?」
「はい!」
「私がするかい? それとも自分で?」
意味が分からず固まる私。
レベッカが代わりに頷いた。
「私がやる」
「はいよ」
「手を出せ」
「こう?」
レベッカの手に合わせて両手を差し出すと、小さい手が添えられたので、とりあえず握り込む。
「そういうのいいから」
一つ小さく息をつくレベッカ。
「まあいいか……"炎耐性付与"」
淡く赤い光が私の手に灯り、溶け込むように馴染んで消えた。
「これなに?」
「炎耐性……というか熱耐性付与だな。使用魔力が低いのが取り柄の弱い魔法だが、便利だぞ。素手で熱い物触っても大丈夫になる」
「つまり、熱いキスしても大丈夫って事?」
レベッカがリズを見た。
「リズ。脳に効く魔法あったか?」
「あったら使ってます」
「あはは! お熱いねえ!」
黒猫のお姉さんが蒸し器から芋を取り出して割りながら笑った。
「いや、私は違うんだ。主にこっちが」
「え? そうなのかい?」
「レベッカ。ちょっと。適当な事言うのやめてくれますか」
「あまり適当とは思わないんだがな」
「それが適当でなくてなんですか」
リズとレベッカが掛け合いをしている間にも、お姉さんはてきぱきとブレンド済みの塩胡椒をぱらりとふりかけ、割った芋にバターをひとかけ挟み込む。
私は銅貨を調理台の端に並べて置いた。
「ほい! ありがとね、うちの旦那に聞いて来てくれたんだってね」
「いえ、じゃがいも様が私をお呼びになられただけですよ」
「あはは!」
笑うお姉さんから黄金色の芋を受け取り、二人に渡す。
素手で、湯気の立つほかほかの皮ごとじゃがいもを持っているにも関わらず、手には、『それが熱い』という事実だけが伝わってくる。
「ほんとだ。熱くない」
「口の中はいつも通り熱く感じるからな。気を付けろ」
「え? これ手だけ?」
レベッカに聞くと、彼女は小首を傾げてみせた。
「お前は熱くない芋を食べたいのか?」
「よく分かった。ありがとう」
「よかったら皮ごと食べとくれ。苦手ならこっちにゴミ箱あるからね」
「いけるなら遠慮なく皮ごといきます」
「ではマスター」
「はい、あーん♪」
自分の分を一口かじったリズに、笑顔でじゃがいもを差し出す。
「……あーん」
ここで抵抗した方が長引くと学習しているリズが、しかし躊躇いがちに、控えめに口を開き、一口をかじる。
「そっちもちょうだい!」
「わっ」
リズの細い手首を掴んで、引き寄せるとリズのじゃがいもを一口頬張る。
「あふっ……熱い……」
「そんな勢いよくいくからです」
リズの呆れた目を気にせず、口の中のじゃがいもとバターをもきゅもきゅと咀嚼し、ごくりと飲み込む。
「でも美味しいな。ほくほく感にバターの甘みが染みこんでるというか」
「はいはい。では……」
リズの手首を再び引き寄せた。
「もう一口」
「もう一口っていうか全部いきましたね!?」
ぺろっと、完食ついでにリズの指を一舐めし、笑顔で自分のじゃがバターを差し出す。
「リズ。私は気が付いたんだよ。リズに食べさせてもらって、自分の分をリズに食べさせてあげる。これが一番手順が少なくて合理的なんじゃないかな」
「マスターの論理は時々恐ろしく飛躍しますね」
文句を言いながら、私の手首をがしりと掴み、私のじゃがバターを、同じく一口で頬張るリズ。
「あ、リズ。まだあーんしてない」
「要りませんそういうの」
「……この子達、これでほんとに恋人同士じゃないのかい?」
「これでもそうらしい」
自分の分のじゃがバターを食べながら、店主の黒猫お姉さんと世間話をしているレベッカ。
リズがじろりと睨んだ。
「だからレベッカ。適当に相槌打つのやめてくれますか」