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病毒の王  作者: 水木あおい
1章
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魔王陛下の無茶振り


 翌朝、目を開けると、隣には誰もいなかった。

 そっと、昨日リズがいた辺りのシーツを撫でる。


 なんとなく寂しい。


 時計を見ると、そろそろ昼だった。

 道理でお腹が空いている訳だ。


 着替えると、ベルを鳴らした。

 すぐにやってきたリズに、手を上げて挨拶する。


「――おはよう、リズ!」


「マスター。昨日の様子から心配しておりましたが、どうやら元気になったようで何よりです」


 リズが笑顔になる。

 私も笑った。


「魔王軍最高幹部に必要なのは打たれ強さだよ」

「……マスター、割と打たれ弱くありません?」


 リズが怪訝そうな表情になる。


「じゃあ、魔王軍最高幹部に必要なのは立ち直りの早さって事で」

「マスターのへらず口は最高幹部級だと思いますよ」


 褒めてない事は分かる。


 とりあえず、気持ちを切り替えた。


「リズ。昨日の件はどうなった?」

「彼はつい先程王城へ行きました。報告書は机の上に。概要は昨日聞いた通りですが、場所や日時などを含めた詳細な情報となっています」


「分かった。後で目を通す」

「後で?」



「まず、朝ご飯とお昼ご飯をまとめて食べる」



「……マスターはご自分の欲望に忠実ですね」

「魔王軍最高幹部に必要なのは、立ち直りの早さと元気な胃袋だよ」


 リズが呆れ顔で、一つ息をつく。


「マスターを見ていると、魔王軍最高幹部がとても簡単になれる地位に思えてきますよ……」


 実際は、僅か六人しかいない。

 それも、各軍団長でもあるから、普通増えたりしない。


 暗黒騎士団、獣人軍、死霊軍、そして悪魔(デーモン)(ドラゴン)を束ねる二人の五人が、建国以来の最高幹部だった。

 それぞれ各種族の長でもあるから、獣人、デーモン、ドラゴンは確定。

 実はそういう規定はないが、伝統と慣例だ。


 暗黒騎士団と死霊軍もまた、ダークエルフと不死生物(アンデッド)が最高幹部としてトップに就く事になっている。

 やはりこれも規定はないが、伝統と慣例だ。


 トップが部下と同じ種族の方が、何かとやりやすい。

 各種族が平等に地位を与えられているという事を示す面もある。



 だからこそ、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"とは異例の存在だ。



 この多種族共生国家における『種族不詳』の存在だから。


 そのような曖昧な立場で、約四百年間存在しなかった"第六軍"を率いている事実は、軽くない。


「そんな訳で、ごはんよろしく!」

「はい、少々お待ち下さいね……」


 こんな存在だとは、まず思うまい。



 コンコン、とノックの音がした。


「はーい。リズ、入って」


 食休みも兼ねて自室のソファーで思うさまくつろいで報告書を読み込んでいた私は、軽い口調で入室の許可を出す。


 リズが入室し……眉をひそめた。


「失礼します。……マスター。私、入室の許可頂きましたよね?」

「出したよ?」


 私は姿勢を一切変えていない。

 今さらリズ相手に取り繕う外面など、ないのだから。


「ああはい……まあ、いいんですけどね……」


 それ以上時間を浪費しない事を選んだ優秀な副官さんが、手元の紙に記された内容を読み上げる。



「陛下から、すぐにでも王城へ参上するようにとのご連絡が」



「……迎えは?」

「馬車が来ています。門の前で待って頂いています」


「分かったよ、リズ」


 報告書をトントンと整えると、ソファーからよっこらせと立ち上がる。

 私は魔王軍最高幹部なのだ。給料分は仕事せねば。


「早急に王城へと参上しよう。供を頼む」

「はい、マスター」




 館を出ると、夏の日差しが目に眩しかった。

 この世界は地球と暦は同じ、と言ってもいいだろう。少なくとも一年は三百六十五日で、月は十二に分けられている。


 けれど、この地域の夏は、日本の夏より随分と涼しい。

 日が落ちれば肌寒く、人の温もりが恋しいほど。


 とは言え全体的には、湿度も低いし、過ごしやすい。

 その分、冬が寒いのだけど。


 迎えの馬車に乗り込んで、揺られながらふと気が付く。

 郊外は勿論、町中にも緑はあるのに、セミの声がしない。


 セミの声がしない夏……か。


 何故だか、石畳や、馬車や、隣に座っているリズの耳が長くて、褐色肌のダークエルフだとか、そんな明確な異世界要素よりも。


 ここは日本ではないのだな、と強く思い知らされた。




 王城に着くと、そのまま以前も通された応接間に案内される。

 陛下がソファーに腰掛けて待っていた。


「陛下。お呼びとの事で参りました」

 一礼する。


「うむ、呼び立ててすまないな」

 仕草で示され、ソファーに座る。リズは背後に控えて立ったままだ。



「貴公は、"ドラゴンナイト"によって兵を失ったと聞いた」



「はっ……全責任は私に」

 痛みが胸に蘇り、顔を伏せる。


「責任を追及しようと言うのではない。だが、ランク王国で、"ドラゴンナイト"を投入しての決戦の機運が高まっている」


「はい。承知しております」



「どうだ、潰してくれんか?」



「……はい?」

 思わず、立場とか、マナーとか、全部忘れた間抜けな声を上げていた。


「あ……失礼しました、陛下。申し訳ありません。もう一度、今度は間違えようのない正確さでお命じ下さい」

 慌てて取り繕う。


「"ドラゴンナイト"を、少なくとも、決戦に投入出来ないまでにしてもらいたい。手段は任せる。あまり多くの兵も金も追加では出せぬが、必要ならば言うがよい」


「期限は?」


「厳密にはない。……が、"ドラゴンナイト"が健在のまま決戦が始まるようでは、遅すぎる」


 陛下が沈痛な面持ちになる。


「今、決戦になっては、おそらく……」


「勝ち目はないでしょうね。分かりました、陛下」


 力強く頷いた。



「命令を承りました、陛下。我が部下を殺し、我が国の安全を脅かすあの竜騎士共を、役立たずにしてご覧に入れましょう」



「期待している……」


「それでは、失礼致します。早急に部下と詳細を詰めねばなりませんので」


 陛下が鷹揚に頷かれた。

 頭を下げて、立ち上がる。


 退室する寸前で、陛下の声が背中に届いた。



「……すまぬな。いつも、無理を言う」



「……いえ。これでも私は、魔王軍最高幹部ですから」


 上司の無茶振りには慣れてます、という本音は、一国の王にしてはフランクに接して下さる陛下にも、さすがに言えなかった。




 帰りの馬車。リズが口を開いた。


「マスター。それで、どんな策があるんですか?」

「それをこれから練るんだよ」


 リズの視線に含まれる湿度が上がった。


「……あのー、具体的な策なしに、あれだけの啖呵切ったんですか?」


「そうだけど?」


 ますます視線に含まれる湿度が上がる。


「……ええー……」

「あの場はああ言うしかないでしょ」


「上司が無計画で苦労するのは部下ですよう……」

「だから私が苦労してるんだよ」


 さすがに陛下が無計画とは言わないが。


「私も苦労しろって事ですね……」

「そういう事。よろしくね」



「はい。上司の無茶振りには慣れてますから」



 私は飲み込んだ言葉を、上司である私に平然と叩き付けるリズ。

 職場の風通しが良い事を喜ぶべきか、自分に当たるすきま風が冷たい事を嘆くべきか、迷う所だった。


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[良い点] セミの声がしない夏 タイトルでもいいくらいよいフレーズ でもタイトルは魔王陛下の無茶振り 確かに部下をガバッと無くした中間管理職に振る仕事じゃないねエグい [気になる点] >早急に部下と詳…
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