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病毒の王  作者: 水木あおい
2章
79/574

おいでませリタルサイド


「我が主。リタルサイドが見えて参りました。窓をお開けになれば、中からも見えるでしょう」


 サマルカンドの言葉に従って、窓を開けた。

 途端に、思わず声を上げる。


「わあっ……!」



 景色が、よく見えた。



 二つの山脈に挟まれた城壁。


 その城壁の下に朱色の屋根の群れ。


 右の山脈からは、森林限界まで生えた針葉樹の間を縫って川が流れ、キラキラと太陽を反射して水面が光る湖に流れ込む。


 道を挟んで右側には、複数の大きな風車が風を受けてゆっくりと羽根を回し、周りには黄金色に色づく穂が揺れる。


 道を挟んで左側には、放牧場らしい木の柵に囲われた空間に、ぽつぽつと茶色の獣の姿が見える。遠くに見える白い群れは、羊だろうか。


 そしてそれらの隙間を埋めるように、所狭しと色鮮やかな花が咲き乱れる花畑があり、甘い蜜の匂いが鼻をくすぐる。


 空を一筋切り裂くように白い飛行機雲……いや、竜雲が伸びる。リタル山脈のドラゴンだ。



 知っていた知識が、目の前の景色と融け合って、私の中に"リタルサイド"という像を結ぶ。



挿絵(By みてみん)



 ちなみに景色がよく見えるのは、道の角度のおかげだ。

 向こうから、馬車の側面がよく見えるような角度に道が曲げられているのは、積み荷を早い段階で判別するためだと言う。


 なお、この馬車は"第六軍紋章"ではなく、単純に魔王軍である事を示す"リストレア王国紋章"を掲げている。

 王城の馬車を馬ごとレンタルしているというのもあるが、無用なトラブルを避けるためでもある。


 数度曲げられた道が終われば、一直線にリタルサイドへと向かう大道が続く。


 私達の乗った馬車は、そのまま道なりにリタルサイドへと入った。




 ホテルへ到着した。

 太い焦げ茶の梁が白い漆喰に映える、朱色に塗られた屋根が可愛い、三階建ての美しい木造建築だ。


 城塞の方に泊まらせて貰えばタダだったろう。

 しかし、自腹を切って民間のホテルを選んだのには、三つの理由がある。



 一つ。暗黒騎士団の下っ端をどこまで信用していいか分からない。


 護衛班が充実した今、何かトラブルがあったとして、下っ端相手なら、私の身の安全は保証されるだろう。

 だが怖いのは『何かトラブルがあった時にうっかり殺してしまう事』なのだ。


 もしホテルの方に来たら?

 民間のホテルに襲撃を仕掛けるような馬鹿を炙り出すのも仕事の内なので、そこは仕方ない。



 一つ。民間へ無理なくお金を落とす機会である。


 経済とは、どこかでお金を使わない人がいると回らなくなる。


 そして私は、経済の敵だ。

 最高幹部のお給料を貰いながら、自由に使う機会がないから溜まる一方。


 基本的に可愛い部下を愛でるだけで日々を楽しく送れているというのもある。


 だからこそ、こういった機会に財布の紐を緩めるのは、最早義務と言っても過言ではない。


 なお、多分過言だ。



 一つ。せっかくお仕事で違う街に来たのだから遊びたかった。


 説明不要。


 最高幹部にはかなり広い範囲での自由裁量権がある。


 陛下より直々の命令を下されていない場合、独自の作戦を立案し、自軍を指揮し、独自行動を取る権限がある。


 それがリストレア魔王国の利益に反しないと判断される限り、ではあるが。


 日程に余裕を持たせている事だし、遠慮なく独自の作戦を立案し、自軍を指揮し、独自行動を取るつもりだ。


 観光の拠点が軍の宿舎では、味気ない。




 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の正装から、仮面と杖と肩布抜きのプライベートの恰好でチェックインする。

 と言っても、この辺りはリズ任せだ。


 磨き抜かれた板床を見れば分かる、行き届いた清掃。

 日本人的にちらりと隅のホコリをチェックしてしまうが、そこも完璧。


 主に眺めているのはリズだが、フロントのお姉さんも物腰丁寧な美人さんだ。


 素敵なホテルに泊まりたいという私欲をポケットマネーで満たした甲斐があった。



 リズに案内され、部屋に向かう。


「マスター。それでは我らはこちらへ」

「隣ゆえ、何かあれば遠慮なく呼ばれよ」


「分かった」


 サマルカンドとハーケンに頷く。


 リズとレベッカを伴ったまま、私に与えられた部屋へ向かう。


「一番いい部屋ですよ」


「なるほど」


 確かに言葉通りいい部屋だ。


 広いし、絨毯や布張りのソファーなど、内装も割と豪華。

 普段からお屋敷に住んで、王城の客間も知っている身としては、豪華さよりも、屋根の太い梁が組まれた様などにきゅんと来たりする。


 どちらにせよ、いい部屋だ。


「ところで、ベッドが一つだけだね」


 天蓋こそないが、大きめのベッド。

 白いシーツがしわ一つなくぴっちりとベッドメイクされているのは客室係の誇りと執念を感じる。


「ええ。この部屋に泊まるのはマスターだけですから」


「……リズ。私の言いたい事が、分かるね?」

「……ええ。分かってしまいます。私これでも一年以上、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の副官を務めておりますので」


「私はまだ着任して、経験が浅いから分からないんだが」


 リズが、レベッカに向けて、まだ何も知らない子羊を哀れむような目線を向けた――と思うのは、私が、これから彼女が口にする言葉を正確に予想出来ているゆえだろうか。



「マスターが私達に添い寝を命じます」



「は?」


「リズ。それは浅い理解だ」

 私は首を横に振った。


「……え? 申し訳ありません。そうでしたか」

 まさかそんな、という顔のリズ。


「そうだよな。リズ、考えすぎだ」

 ほっとした顔のレベッカに、私は言い放った。



「私が我が陣営の序列第二位と第三位に対して命じるのは、可能な限り序列第一位である私の安全を重視した、昼夜を問わない至近距離での護衛だ」



「リズの理解が完璧かつ、深い理解だと思うのは私だけか?」


「なるほど。ではレベッカ。方法は任せる。先の条件を完全に満たす回答を述べるがよい」


「……私とリズが、お前と、ベッドで……添い寝する……」


「ふむ。確かにそれならば、私の安全性はかなり高まるだろう。リズ。彼女の意見をどう思う?」


 真面目な口調でリズに話を振る。

 リズは、一言でばっさりと切り捨てた。



「レベッカの意見っていうか、この流れが茶番ですよね」



「そんなざっくり言ったらこの話終わっちゃうじゃない」

「終わっていいんですよ?」


「――それで?」

「……あ、続くんですね」


 リズが、ため息をついた。


「レベッカ。命と立場を懸けて抵抗するなら、付き合いますよ」

「さすがにこの程度の事に命を張ってられないな」


「さすがレベッカ。じゃ、フロントに部屋キャンセルの連絡してくるね」

「そういうの私が行きますから。後、不要です」


「なんで?」

「貸し切りましたので」


「あれ、会計どうなってる?」


「"第六軍"の予算から補助が出ています。加えて、貸し切ったのと、それに伴って一部のサービスをなくしてもらう契約で、割安になっています。普通に泊まるのと、ほぼ変わらないかと」


「分かった。このホテル結構大きいよね? 部屋割りどうなってるの?」


 お金の方は、気にしない事にする。


 手続き全般、全てリズに任せたのは私だし、そもそも、いつも専属メイドさんとたわむれる贅沢はプライスレスなので、最高幹部の額面の大きい給料は、こういう時に使うためにあるのだ。


 実際、リズに任せていれば間違いはないだろう。


「私とレベッカ、サマルカンドとハーケンで二人部屋取りました。貸し切ったのは安全上の理由がメインですが、擬態扇動班もローテーションで使います」


「それで私は一人? 全く、仲間はずれとか寂しいなあ」


「最高幹部という自覚をもっと持って下さってもいいんですよ?」


「そんな寂しいものが最高幹部というなら、私はここにいないよ、リズ」


 私は、魔王軍最高幹部。

 "第六軍"軍団長。


 だが、それでも。


 それ以前に、可愛い女の子を愛する一人の人間だ。


「それに私、寂しいと死んじゃうタイプだから」


「うちのマスターは本当にメンタルうさぎさんですね……」

「年中発情期の所とかよく似てるよな」


「レベッカ。よく、階級が上で、護衛にかこつけて添い寝を要求するような相手にそんな憎まれ口を叩けるね」

「かこつけてって言ったか今」


「マスター。レベッカに手を出したらさすがに怒りますよ」

「つまり、リズならOKって事だね」


「いや、そういう事は言っておりません。……私が一秒かからずにあなたを殺せるという事実を、思い出して頂ければ、と」

「忘れた事なんてないよ」


 私は一人ベッドに腰掛ける。



「私は、自分が一番弱い事ぐらい、知ってるよ」



 そして微笑む。


「さて、それでも私は最高幹部で、長旅で疲れて、ちょっと癒やしと潤いが欲しいなあと思ってる訳だけど?」


「……仕方ないマスターですね」

「ああ、全く」


 リズとレベッカが、私の隣に腰掛ける。

 私は、二人の腰に手を回し、まとめて抱きしめた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >知っていた知識 マスターのことだからちゃんと予習していたのですね 基本勉強家。 [気になる点] 普段トラップ満載の屋敷に守られてるから、ホテル貸し切りも当然か。そして添い寝も… [一言]…
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