城塞都市リタルサイド
城塞都市リタルサイド。
リタル山脈のそばにあるからリタルサイド。
なんとも覚えやすい名前は、この街が、明確な目的意識を持って築かれた、計画都市だという事を示すものだ。
しかし矛盾するようだが、この街は自然発生した都市でもある。
城塞は意図して築かれたもの。
だが、都市の方は、いくつかの理由で勝手に発展していった。
常駐する大軍を養うために、農地などが近郊にあった方が便利という事で作られたのが一つ。
軍人及び、農地で働く人達への日用品の供給のために市場が作られたのが一つ。
そして軍人、農業従事者、商人達の家族が住む家が作られたのが一つ。
そんな風にじわじわと大きくなったこの街は、リストレア魔王国南部を代表する街だ。
南の守りであり、最前線。
常に危険はあり、けれど同時にある意味で最も安全だ。
魔王軍の通常戦力の七割が常に駐留し、そして"第一軍"のドラゴン達は国境線代わりのリタル山脈を――ここを守るための盾だ。
上空からはドラゴンの炎が襲い掛かり、城壁の上からは撃ち下ろされる攻撃魔法と矢の雨がお出迎えする。
防御側としての王道ゆえに、犠牲を厭わない人海戦術という王道しか、攻撃側も取れる手段がない。
そこまでしても、所詮ここは大陸の北方。
まともな経済観念があれば、国を揺るがすだけの被害を出して、領有したい土地ではない。
なのにこんな戦争が続いているのは、異種族間絶滅戦争だからとしか。
それでも、リタルサイドは『平和』だ。
築かれてより、約四百年。
人間は、ここが攻めるに難い場所だという事を学習した。
それゆえの『ガナルカン砦建設』であり、『ドラゴンナイトによるドラゴンの排除』を主軸に据えた攻勢作戦が立てられたのだ。
しかしガナルカン砦はもうなく、ドラゴンナイトも、もういない。
だから、人間は、大軍を動かさなくては落とせないこの砦を、馬鹿正直にしか落とせない。
大軍を用意し、人海戦術で補給線を繋ぐしか。
問題はそれが理論上は可能である、という事だろうか。
私達魔王国は、人間の対魔族同盟に比べて、遙かに国力と総戦力において劣る。
しかし私は、理論上という言葉がいかに信用ならないかを知っている。
理論上成功します、という言葉には、大抵現実的な失敗要素が眠っている。
つまり、三つの大国と、十三の小国家群が、足並み揃えて、犠牲を厭わず、魔族の絶滅という心の安心しか得る物のない不毛な大戦争を仕掛けるのは、『理論上可能』ではあるが、そんな事は中々難しい、という事だ。
現代の地球だって、国連参加国の仲が良くて、人類が皆兄弟なら、色々な問題が一気に解決するだろう。
というか、環境問題以外はそもそも問題にすらならないだろう。
やっぱり、種族は信頼する理由にならない。
……まあ、それは異種族共生国家の魔王国にも言える言葉なのだけど。
運用がしやすいように、種族ごとに軍をまとめているのだから、なおさらだ。
それでも、魔王国は、この街を築いた。
ダークエルフと、獣人と、不死生物と、悪魔と、竜が、共に力を合わせ、城壁を築き、四百年の長きに渡って維持している街だ。
未だ城壁のない時代。
建国間もない魔族の国を脅威とした近隣国家相手の、果てしない防衛戦。
戦いながら城壁を築き上げた。
背後の全てを守らんとして。
"第一次リタルサイド防衛戦"と呼ばれた、第六次まであるリタルサイド防衛戦の中で、最も過酷だったと伝えられる戦いを経て、先人が築き上げた南の守り。
異種族同士が手を取り合うという、リストレア魔王国の理想を象徴する街。
それが、城塞都市リタルサイドだ。
私達、"病毒の王"陣営の一行は、今、馬車でそのリタルサイドに向かっている。
二頭立ての普通の馬車だが、引いているのは普通の馬ではなく、骸骨馬だ。
普通の馬と比べて少々パワーに劣るが、燃費に優れる。
ただし何かあった時には死霊術師がいないとどうにもならない。
普通の馬だって、何かあったら知識持った人がいないとどうしようもないし、生き物を扱っている分、さらにデリケートとさえ言えるのだけど。
今回は優秀なネクロマンサーであるレベッカがいるので、大抵の事は安心。
車内に四人乗りで、車外に御者一人なので、志願したサマルカンドに御者を任せている。
出発前サマルカンドに「ずっと外だけど大丈夫?」と聞いたら、「我が主の信頼があれば寒風の何が問題になりましょうか」と返してきた。
信頼で防寒は出来ない、という事を丁寧に説明したが、上位悪魔は丈夫な種族なので大丈夫らしい。
ついでに御者台は二人並んで座れるので、ハーケンがサマルカンドと二人で周辺警戒に当たっている。
彼は確かに寒風を問題にしないとはいえ、外でいいのかと聞いたら、「女性三人でゆるりと過ごされるがよい」との事。
サマルカンドと男二人で結構楽しそうにしていたので、素直に厚意を受ける事にした。
中には、私、リズ、レベッカ。
外の二人と合わせて合計五人。"病毒の王"陣営の序列第一位から第五位が勢揃いしている。
ちなみに私とリズが隣同士、レベッカが前だ。
隣にリズ、目の前にレベッカという、横を見ても、前を向いたままでも美少女が視界に入る素敵な配置。
残り一つの席には荷物が置かれている。
レベッカとハーケンはまだ着任して日が浅いので、今回の旅で皆と親睦を深められたらいいなあ、と思っているが、どうなる事やら。
「間もなくリタルサイドです。後十キロの標識を通過いたしました」
御者台近くの小窓が開き、御者のサマルカンドの声が、新鮮な空気と共に入ってくる。
「そうか。後り僅かだが、気を引き締めて頼むぞ、サマルカンド」
「お任せあれ。我が主の道中を狙う愚かな輩がいれば、大地への捧げ物といたしましょう」
道が悪くなったりしていないか、とかそういう心配をしたつもりだったんだけどな……。
王都からリタルサイドまでの道は未舗装だが、踏み固められているし、重要な道として整備もされているので、王都の石畳より揺れが少ないぐらいだ。
普通の馬車で、魔法使いなしで、無理のない日程で七日。
これは、馬がスケルトンでもあんまり変わらない。一定速度で走り続けられる燃費の良さが売りだからだ。
私達は、特別な日程で二日。
一日目で朝から晩まで目一杯走らせて距離を稼ぎ、中継点としていくつか街道沿いにある街で宿泊。
そして二日目の今日、昼頃に着くために馬車で揺られている。
どうしてこんなに早いのかというと、主にレベッカのおかげだ。
彼女は不死生物に対する支援魔法が得意分野との事で、今回は骸骨馬にその力を発揮してもらっている。
加えて、レベッカ、ハーケンは通常の補給を必要としない。サマルカンドも似たようなものだ。
なので食料なども切り詰めている。
さらに着替えなども日常生活用魔法があるし、必要なら道中の街で買ってもいいし……とほぼ手ぶら。
普通の荷馬車で普通に荷物を積んで普通に行くより、随分と速度が出る。
今回は、暗黒騎士団より正式な合同訓練開催を希望され、公務として赴く――つまり、純粋に仕事として行くわけだが。
良い旅になるといい。
「マスター? どうしたんですか?」
楽しげな様子を見せた私に、リズが首を傾げる。
「いや、ちょっと楽しみでね」
「観光に行くんじゃないんですよ?」
「分かってるよ。リズ」
「ならよいのですが」
「美味しい物食べて、いいホテル泊まって、楽しい思い出作ろうね」
「分かってないじゃないか」
「観光に行くんじゃないんですよ?」