暗黒騎士団長からの手紙
リズが、ぱん、と両手を打ち鳴らす。
「――はい、会議を始めます。しゃんとして下さい」
「分かったよ、リズ。真面目にやるから議題をお願い」
「はい、暗黒騎士団長より、私に私的な手紙が届きました」
「私的な?」
「それを踏まえて、暗黒騎士団に関して、二つお伝えすべき事があります。一つは『合同訓練』の申し入れです。もう一つは……その……」
「何か? 機密に関する事?」
リズが言い淀むのは、珍しい。
「ではないのですが……その、マスターに聞かせたくないというか……」
「……わざわざ会議まで開いといて?」
思わず首を捻った。
「そうなんですけど……マスター……気は長い方ですか?」
おずおずと聞くリズを、安心させるように微笑んだ。
「それはもう。三年計画で人類を絶滅させようと思うぐらいには気が長い方だよ」
「それ短くないか」
「そういう見方もあるね」
レベッカの呆れ声に真面目な顔で頷く。
「……怒らないで聞いてくれますか?」
「内容による。でも、リズに怒ったりしないと思うよ?」
悪い報告をした部下を怒れば、次は悪い報告が来なくなる。
――それは、良い報告しか来ない事の、何倍も怖いのだ。
って、確か昔読んだビジネス書に書いてあった気もするし、古代中国の思想家も言っていたような言っていなかったような。
「……その、暗黒騎士団の若手を中心に、マスターの資質を疑う者がいるようです。今回の『合同訓練』に……"病毒の王"を出してほしいと。さすがに訓練申し入れの文面にはありませんが、剣をもって"病毒の王"の化けの皮を剥がすとか息巻いている一派がいるようです。どうも、前回ラトゥース様……獣人軍の長に助けられた件が、変な風に広まったようで……」
「ふうん」
「……怒らないんですか?」
「聞き飽きたって、そんなの」
ひらひらと手を振った。
この程度で怒っていては、"病毒の王"など……いや、魔王軍最高幹部など務まらない。
「そうですか……」
リズが、ほっとしたように息をつく。
「ブリジットは、なんて?」
「ブリジット? ブリングジット・フィニスか?」
レベッカが、ひょいと眉を上げた。
「そう。縮めて呼んでるの」
「不仲と聞いていたが、実は仲が良いのだな」
「……どうなんだろ」
思わず考え込んでしまう。
――私は、まだ、彼女の友人なのだろうか?
リズが口を開いた。
「正直微妙ですね。というか、一年以上まともに話されていないのでは?」
「でも友人と呼んでいいって」
「社交辞令じゃないですか?」
「え、でもプライベートなシーンで言ってくれて」
「その後怒らせて不仲になったとか言ってませんでした?」
「い、言ったけど」
「……ブリングジット様は、なんと言っておられるので?」
リズに問い詰められて、私が震え声になって、涙目になりそうなところで、サマルカンドからの助け船が入った。
「それが、団長からは、適当にガス抜きに付き合ってほしい、と。――やり方は全て、"病毒の王"に任せる、との事です」
「――へえ?」
私は、余裕を取り戻して、不敵な笑みを浮かべた。
「お受けして、リズ」
「……いいんですか?」
「いいよ」
跳ねっ返り共の思い上がりを叩き潰す、丁度いい機会だ。
「この短時間で、腹案をお作りになられたのですね」
「ほう。我が主君は頭脳明晰であるな」
感服するサマルカンドとハーケンに、私は宣言した。
「どうするかはこれから考える!」
「……その思いきりの良さを尊敬致します」
「確かに尊敬に値する猪突猛進さであるな」
「なあ、リズ。いつもこんな風か?」
「割とそうですよ。まあアイディアは悪くないものもあるので……きちんとするのは、おおむね私達部下の仕事ですけど」
「……まあ……そこが大事かもな……」
「でも、どうして急に決めたんです?」
「ブリジットは、私の事を友人と思ってくれてるって事かな」
「意味が分かりませんよ」
「分からなくていいよ。――ないしょ」
人差し指を、唇に当てた。
「……マスター……本当に姉様と……何もないんでしょうね……?」
リズが疑惑の詰まった視線を向ける。
「リズが考えてるような事はないよ」
やり方は任せる。
『私の』やり方で。
それを、友人の信頼と受け止めなくてどうするのだ。
……本当に"病毒の王"の非道さを見込んでとかだったら、どうしよう。
「とりあえず資料ちょうだい。真面目に考えるから」
「まず資料見てから決断して下さると嬉しいんですけどね。部下といたしましては……」
そういえば、部下の時は私も思った気がするなあ、それ。
「ごめんね。――でも、みんなの事、信頼してるよ」
「ありがたきお言葉です」
かしこまるサマルカンドの口元には、満足気な笑み。
「主君の信頼とあらば、応えぬわけにはいかぬな」
ハーケンがからからと顎骨を打ち鳴らして笑った。
「……マスターのそういうとこ卑怯ですよ……」
リズがぼやきながら苦笑した。
「精々苦労してやるよ。『マスター』?」
皮肉気にレベッカが笑う。
そういえば、思った事がある。
笑顔の溢れる職場で働きたいなあって。
「よろしくお願いね」
私も、みんなに向けて笑った。