会議という名のお茶会
小国家群の海上補給ルートを、沿岸部の港町と漁村ごと潰してから数日。
今日はサマルカンドではなく、リズが王城に行っていた。
護衛が充実した事もあり、彼女の外出中地下室に閉じこもる必要も、もうない。
「おかえりー!」
しかし、彼女を抱きしめて出迎えるのは、変わっていない。
「わっ。……相変わらずオーバーですねマスターは……」
「嬉しいんだよ。でも、どしたのリズ。不景気そうな顔して。――王城で、何かあった?」
「マスター、姉様に何したんです?」
「……姉様って……ブリジット? 何もしてないよ?」
リズにジト目で見られるが、今日は心当たりがない。
「私にはリズがいるし」
「……なんで私が出てくるかは分かりませんが……」
「――本当に分からない?」
くい、とリズの顎に指を掛けて視線を合わせた。
軽く頭を一振りして払われる。
「分かりません! 大体『そういう事』じゃないんですから!」
「分かってるじゃない……」
「うるさいですね!」
「……何の騒ぎだ」
「「レベッカ」」
ハモった。
「仲のおよろしい事で。だが、痴話喧嘩は寝室でしてくれるか。廊下だとうるさくてかなわん」
レベッカが呆れた口調で淡々と言う。
「痴話喧嘩じゃないですから」
「そうそう。リズが何か言いたい事があるらしくて」
リズが頷いた。
「レベッカも一緒に……いや、サマルカンドとハーケンも呼んで話しましょう。私達"病毒の王"陣営に関する話です」
談話室にティーセットとお菓子を持ち込んで『会議』の準備を整えた。
「やっぱり会議はこうでなくちゃね」
実は全員で囲めるテーブルがないので、各自思い思いの席につく。
……はずなのだが、サマルカンドは私の斜め後ろに影のように控えた。
確かに「好きな所に座って」とは言ったけど。
床に片膝を突いた状態であろうと、私の近くがいいらしい。
ちなみに、サマルカンドは今は遠慮し、ハーケンは飲食不要なので、ティーカップとお菓子は三人分だ。
「……なんでお茶会風なんですか……」
「そんなに緊急の案件ではなさそうだったから」
「そんなに緊急ではないですけどね……これ、一応意志決定機関としての会議ですよ?」
「私、ギスギスした会議って嫌い。お茶飲んでのんびりしながらゆっくりお話するぐらいの余裕が欲しいよね」
甘えるように、膝の上に頭をのせてきたバーゲストを撫でると、耳をぺたんと倒して、目を細めた。
ふりふりと緩く揺られる尻尾も愛らしくてたまらない。
「それはまた優雅な事だな。"病毒の王"の口から出た言葉とは思えん」
「レベッカの知ってる"病毒の王"は公的な顔だからねえ」
「それはもう思い知ったが……」
「だからこれは比較的公的な会議なんですってば」
「私的な知り合いでもある事だし」
「誰が私的な知り合いだ。お前と私は上官と部下だ。間違えるな」
「え? 一緒にお風呂入ったし、同じベッドで寝たのに? お姉さん寂しいなー」
「それは仕事だ」
ばっさり切り捨てるレベッカ。
少し落ち込んでうなだれる。
「友人と思ってたのは私だけだったか……」
「……ん? 友人でいいのか?」
「え? ……あ、恋人とか言うと思った?」
首を傾げる私に、レベッカがバツの悪そうな顔になって、一つ咳払いをした。
「……いや、まあ……友人となら……思ってもいいぞ」
「ありがとうレベッカ!」
レベッカに抱きついた。
「馬鹿! 軽々しく抱きつくな!」
顔を赤くしたレベッカに怒られる。
肩を掴んで引き剥がされながら、さらに軽く睨まれて、たしなめられた。
「大体お前には、リズがいるだろう?」
「私は部下ですからね」
「……え。恋人じゃなかったのか」
「違います。前に一度否定しましたし、大体、どこをどう見たらそうなるんですか」
「……いや、どこをどう見ても……」
「だから違いますってば。なんでこんなふざけてばかりの人と」
「リズ。私ふざけた事なんかないよ」
「その発言自体がふざけてますね」
「ちょっと潤いを求めて権限の範囲内で真剣に遊んでるだけだよ」
「それをふざけていると言うと思うのですが、どうも言語認識に深刻な齟齬が発生しているみたいですね」
「――我が主。おたわむれもよろしいですが、そろそろ本題に入られては」
見守っていたサマルカンドとハーケンの内、サマルカンドが口を開いた。
「そうだねサマルカンド。――レベッカ。リズと私は、公的には上司と部下で、プライベートでは友人だよ」
うんうんと頷く。
「まあいずれ変わるかもしれないけど」
「どういう風にですか」
「あえてリズが上司になるとかどうかな」
「……それはないと思いますよ」
リズが目をそらす。
確かに、私は魔王軍最高幹部だ。
その私より上となると魔王陛下しかいない。
そして私が最高幹部の地位を追われるとなれば――それは多分、殺伐とした事情で、リズが上司になる事もないだろう。
命があるかさえ、怪しい。
でも、主従逆転したらどうなるかとか、妄想するとちょっと楽しい。
「主殿。たわむれはやめて本題に入られるのではなかったか?」
今度はハーケンが口を開く。
「そうだったね、ハーケン」
リズがぼやいた。
「お茶会の雰囲気で会議なんてするもんじゃないですよやっぱり……」