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病毒の王  作者: 水木あおい
2章
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悪い魔法使い


 翌日、先日帰還した部隊と交代で現地へ赴く現地活動班に、封をした命令書を渡した。


「開封時刻は記載されている通りに。各班への連絡を頼む」

「お任せ下さい」


「命令書にもあるが、お前達の安全を最優先しろ。万が一計画が漏れていると判断したならば、即座に作戦行動を中止して撤退しろ。"ドラゴンナイト"の時ほど緊急ではないという事は忘れるな」


「分かっております。……我らの身を案じて下さって、ありがとうございます。"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様」


「本当に気を付けてね」

「もちろんです。――それでは」


「ああ。武運を」


 あの後、各所から追加で送られてきて三十一匹になったバーゲストの内、二十匹もまた前線に送られる。


 屋敷の門の前で、荷馬車に揺られていく皆を見送りながら、私は物思いにふけっていた。


 今回の任務は、標的のほぼ全てが非戦闘員だ。

 それでも、ある程度規模の大きい町となれば、相応の防衛戦力を備えている。


 死者が、いないといい。

 私達の側にだけは。


「少し、いいか」

 レベッカの声で、我に返る。


「あれ、リズは? サマルカンドとハーケンも」

 全員が、見送りに来ていたはずだ。


「少し、外してもらった。二人きりに、なりたくてな」


「なあに? 愛の告白?」


「それはないだろ」

 一言で切り捨てられる。


 レベッカが、一つ息をついて、口を開いた。



「……お前は、あの命令を、下せるのか」



「下せるよ」

「船乗り自体、非戦闘員だぞ? それに、家族などと……」


「レベッカは、優しいね」


 彼女の言葉を遮って、私は微笑んだ。


「私は、悪い魔法使いだから」


「お前は、まともな人間だろう。確かにちょっとワガママで好き勝手に振る舞う事があるが」


「――そう、思うの?」


「ああ。……これでも、長く生きている。人を見る目は、あるつもりだ」

 なるほど。

 軍歴も、人生経験も、私より長いだけはある。


「お前は、耐えられるのか? ……あんな命令に」

「言ったでしょ? 私は"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。悪い魔法使いだよ」


 私は、真人間だ。

 ゆえに、私は理屈で動いている。


「この国には、私みたいな人間が必要。どれほど非道でも、勝つために必要な命令を下す存在が」


 だから私は、"悪い魔法使い"になる事を選んだ。

 許せないもの全てを滅ぼし、守りたいもの全てを守るために。



「……全部、私の責任」



「私達は、お前に、辛い役目を押しつけているのか……?」


「現地活動班の方が辛い役目だよ。でも、だからこそ、私は"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を名乗るんだ。私の名の下に、私の命令の下に、みんなは動いたんだって」


 手を汚しているのは、私ではない。

 私の命令が万単位で人を殺したとして、私が実際に手を下した人間など、片手の指で足りてしまうのだ。


 だから、私は指揮官として、命令に責任を負わねばならない。


「レベッカもね。気に病まなくていいよ。それだけのものは貰ってるし」

「金の問題ではないだろう」


「うん、お金の問題じゃないよ。リズもレベッカも可愛いしね」

「え、そういう問題なのか?」



「割とそういう問題だよ?」



 私は、この国が好きだ。

 その理由の一つに、ブリジットやリズ、それにレベッカが可愛い美少女だという事実があるのは間違いない。

 そうでなかったら、私はここまでしただろうか。


 全く、可愛さも美しさも、共に罪なものだ。


「……それは……なんと言うか……」

「あ、前したばっかだけど、魔力供給する? それとも、昨日みたいにただお昼寝する?」


 後ろからレベッカを抱きしめる私。


「あ、ああ……うん。いや、お前がいいならいいんだが」

「あー、うちの部下は可愛いなあ!」


 素直に抱きしめられたままのレベッカに頬ずりする私。

 レベッカが呟く。



「結局、これは演技なのか……?」



 ……鋭いなあ。

 頬ずりするのをやめて、遠くの空を見た。

 もう、現地活動班を乗せた荷馬車も、併走しているバーゲスト達も、道の向こうに消えてしまった。


「ちょっと自分を騙すために、無理してでも明るく振る舞ってる事は否定しない。でも、そうしてる内に段々これが本来の自分だったんじゃないかって」


「大丈夫なのかそれは。……一度、誰かに相談してみたらどうだ」


 サマルカンドにカウンセリングが必要かと思う時が多々あるが、確かに私の方が必要かもしれない。

 しかし。


「ええー? 私"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"名乗って魔王軍最高幹部やってるんですけど、実は人間で、異世界から来た一般人で、おんなじ人間を殺す命令を下すのが辛いんですけど、どうすればいいですか――って?」


「そこまで言えとは言ってない」

「あはは」


 私は笑った。



「……やはり、辛いのか」



「辛くないって言えば嘘になるよ」


 私はまだ、人を殺す命令をして、何も感じないほど壊れてはいない。


「――でもね、そうするって決めたんだよ」


 それでも、必要なら、私はそうする。

 そう、出来てしまう。


 それに、私が下している命令の非道さに比べれば、私の辛さなどゼロに等しい。


 この世界もまた、恨みや憎しみだけで人は死なないのだな、とはっきり分かる。


「私が、決めたんだ。誰かに命令されたんじゃない。私は、自分で言ったんだよ。陛下に、『三年で人類を絶滅させてみせましょう』ってね」


「……無茶を言うやつだ」

 レベッカがため息をつく。



「私は、そうするよ」



「……そうか。なら、私も私の役割を果たすとしよう」

「お願いね、レベッカ」


 最後に、もう一度軽く抱きしめて、レベッカを解放する。


「で、いつ一緒に寝る?」

「あ、さっきの本気か?」


 頷いた。



「私は、いつだって本気だよ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] レベッカの問いかけに本音をちゃんというマスター。 意外と誤魔化さないんだなと。 レベッカがチーム病毒の王に納得して加入したと思える話。 [気になる点] >現地活動班の方が辛い役目だよ。 …
[良い点] 今日幾つかの話を読み返していて、「やっぱりこの遣り取り、とても好き!!!」と思ったので足跡的な書き込みです。 特に > 「結局、これは演技なのか……?」 とその後が、「好き」の塊で、もう!…
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