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病毒の王  作者: 水木あおい
2章
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船団襲撃


 一難去ってまた一難、という言葉がある。


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"こと、私にもぴったりな言葉だ。


 あるいは、この国、リストレア魔王国にも。



「船団での補給?」



 定期報告で受けた内容は、新しく対処せねばならない難題だった。

 レベッカ、サマルカンド、ハーケンと共に、リズに託された報告を聞く。


「はい。後方の小国家群より、帝国と神聖王国を中心に、海上ルートで物資が運び込まれているようです」


 三つの大国を、生産基盤から締め上げていくのが、私の――"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の立てた、基本プランだ。


 小国家群から『供出』か『交易』か『援助』か、なんと名を付けているかは不明だが、物資が流れるのは、弱い言葉で言えば、好ましくない。



 強い言葉で言えば、絶対に許容出来ない。



「陸路は今物騒だからねえ……私達のせいだけど」


 小国家群と呼ばれているのは、文字通り十三の小国家だ。

 厳密にはそれぞれ独立国なのだが、王国、帝国、神聖王国の三国より遙かに国力で劣り、この三国の属国扱いされているのが現状。


 捨て置けはしないのだが、私の可愛い部下達にも限りがあるし、地理的にも、リストレア魔王国からすれば大陸の端と端に位置する。


 温度差を作るためにも、攻撃はしていない。

 ただ、物資の輸出に関しては、なるべく潰している。


 ――陸路に関しては。


「海からかあ……海路は、危険だって聞いてたんだけど?」

「我らが出て、時に全滅する陸路よりはマシ、という事でしょう」


 海は、危険だ。

 航海技術が未発達というのもあるが、一番は、海棲の魔獣が陸棲の魔獣とは比べ物にならない脅威だという事。


 サイズがおかしい大海蛇とかいるらしい。

 かつて一度だけ建造された大型船が一呑みにされた過去があるとも言う。


 海との付き合いは国を問わず、沿岸での漁業ぐらいで、外洋への進出は行われてこなかったと聞く。

 陸の争いが激しく、海の浪漫に予算をつぎ込む余裕もなかったのだろう。


「敵なのは分かってたけど、後回しにしてあげてるんだから、そのまま黙ってれば良かったのに」

 リズに渡された報告書をざっと眺める。


 結構細かい数字が出ている。

 距離があるゆえ、連絡は頻繁に行えない。情報精度を優先したのだろう。

 速度も欲しかったが、今はこの精度がありがたい。


「どういたしますか?」


 私は、報告書をテーブルに放った。



「全て沈めろ」



「……は?」

「はい」


 レベッカと、リズの反応が対照的だ。


「船そのものを沈めるのは、暗殺班だけで可能か?」

「停泊中を狙えば、可能かと」


「暗殺班を小国家群沿岸部に集中させる。船乗りを順番に殺せ。漁師もだ」

「全てですか?」


「可能な限り全てだ。船を扱える人間に例外はない。可能な限り配置に付いてから、向こうの警戒が強まる前に、三日を目処に狩れるだけを狩れ。……ああ、家族も残すな」

「……家族も?」

 そこで、打てば響くと言った風だったリズが、迷いを見せた。



「そうだ。私達の意志を知らしめろ」



「分かりました」

 リズが頷く。


「では、詳細を詰めてくれ」

「……それはマスターがやるんですよ」


「え」

「暗殺班の編成とか。地域毎の割り当てとか。大体は、普段から資料読み込んで分かってますよね」


「それは分かってるけど」

「ならお願いします。一日で出来ますよね?」


「出来るとは思うけど。……リズも手伝ってくれるよね?」


 リズが、とんとん、と放り出された報告書を丁寧にまとめて、私に突き出した。


「もちろん、私も補佐しますよ」


 リズの補佐は嬉しい。

 でも、丸投げしたかった。




「でーきーたー……」


 朝食から夕食前の今まで、半日掛けて作った編成表をリズに差し出して、机に突っ伏す。


 難しい作業では、ない。

 うちの暗殺班は練度も士気も高く、多少の無理は利く。


 現在の配置場所から、沿岸部へ集中させる『だけ』の話だ。

 バーゲストを含めれば五百近い数を、一応休暇ローテーションなどを意識して、だが。


 リズがそれを受け取って、ざっと目を通すと、笑顔を向けてくれた。


「さすがマスターですね。誇りに思います」


 リズの褒め言葉は嬉しい。

 でも、飴と鞭のアメだという事ぐらい分かる。



 分かっていても嬉しいのがどうしようもない。



 姿勢を正して、きちんと命令した。


「以後は現地活動班に全権を譲渡。こちらの人員の安全を最優先。その上で、戦果を期待する、と」

「はい」

 リズが頷く。


 また机に突っ伏す。


「ああー癒やしが足りない……」


 そっと上目遣いにリズを見る。


「リズ、一緒に寝ない……?」


「……ごめんなさい。この後は、現地活動班と打ち合わせしなければなりませんので……」


「そっかー、そうだよね……」


 ぐてーっと潰れながら、私は言葉を続けた。


「レベッカは……? 今日空いてる……?」




「待て、待て! そんなに押すな!」

「ごめんなさい、本っ当にごめんなさい! バーゲストに噛まれたと思って!」


 賑やかな声が、開かれたドアの向こうから聞こえてくる。


「謝るんじゃなくて事情を説明しろ」


 レベッカが、リズに背中を押されて部屋に入ってくる。


「やあレベッカ」

 ベッドに腰掛けたまま、手を上げて挨拶した。


「オーケー理解した。帰っていいか」

「ここで休んでいいよ」


「……拒否権は?」

 リズが神妙な顔で、黙ったまま首を横に振る。


「大丈夫、変な事しないよ。一緒に寝るだけ」

「それは十分変な事だ。後、リズにしてもらえ」


「私は現地活動班との打ち合わせがあります。申し訳ありませんが……」


 レベッカが、再びリズを見る。

 リズも、再び黙って首を横に振った。




「はあぁ~レベッカは可愛いなあ!」

「そうか……この状況で言われても全く嬉しくないな……」


 心なしかぐったりしているレベッカに気付かないふりをして、ベッドに腰掛けて、自分の膝に載せたレベッカを後ろから抱きしめている。

 ああなんだか元気が出てきた。


 魔力供給の時と同じポーズだが、今回は魔力をごっそり取られていないというのもあるかもしれない。


「いつまでこうしていればいい?」

「私の気がすむまで」


「それはどれぐらいの話だ?」

「分かんない」


「……そうか」


 そっとレベッカを促して、ベッドに一緒に寝転がる。

 太陽は傾いているが、お日様の熱を蓄えたシーツはまだ温かく、至福のまどろみを誘うぽかぽかさだ。


「寝たら抜けていいか?」

「……しばらくはいて……」


「……私も寝るぞ」

「それでいいよ……」


「おい。そのまま寝る気か。冷えるぞ」

「ん……」


 書類仕事で細かい数字を追っていた目は疲れていて、開きそうもなかった。

 同じく疲れ切っていた頭も、考える事を放棄したのが分かる。


「全く、世話の焼ける……」


 意識を手放す直前、肩まで布団が掛けられるのを、感じた。


 レベッカは、優しいな……。



 起きたら次の日の朝だったので、リズのご飯を一食、食べ損ねた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 丸投げ禁止(笑) リズの飴と鞭の加減がいいですね。 強い命令を出した後のマスターが精神的不安定になることわかってるから、レベッカに拒否権を与えない 添い寝もお仕事。 [気になる点] 朝食は…
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