可愛くてフリフリの女の子を後ろから抱きしめるお仕事
レベッカとハーケンは、割とすんなりうちに馴染んだ。
今は、リズとレベッカと一緒に三人で食卓を囲んでいる。
ハーケンは不死生物かつ召喚生物ゆえに食事が不要。
サマルカンドは食事自体は出来るし、エネルギー補給にもなるらしいが、効率も悪く、魔力欠乏状態でもなければ必要ないとの事だ。
なので、今まではリズがする事もあった給仕役をハーケンとサマルカンドに任せている。
とは言え、うちの食事はフルコースみたいなメニューではないので、大抵後ろに控えているだけだ。
リズは着任当初「私が作れるのは家庭料理だけですので、過度な期待はなされないように」と言っていたし、多分その通りなのだけど、全く問題ない。
可愛いメイドさんが作ってくれるだけで地球なら割増料金だし、可愛いダークエルフさんが作ってくれるとなれば、それは最早地球では天井知らず。
そしてこの殺伐とした日常で私が望むのは、贅沢で絢爛豪華な宮廷料理などではなく、国は違えど、どこかほっとするような、そんな家庭料理なのだ。
レベッカも、不死生物なのに食事をしているのは日々消費する魔力の補給というだけでなく、当たり前の感覚を忘れないためなのだとか。
不死生物の存在限界は、純粋な時間というよりも、自分の存在意義を失い、自分自身を疑った時なのではないかと言われている……とはレベッカ談。
朝食を終えてお茶を飲んでいると、レベッカが話を切り出した。
「近いうちに、一日留守にする。残存魔力が心許ないのでな」
「ん? 魔力供給?」
「そうだ」
ほぼ全ての不死生物が、他者からの魔力供給を必要とする。
有機物であれ、無機物であれ、この世界の物は全て魔力で出来ている。
そして不死生物は、生き物から魔力を奪う事が可能だ。
可能と言うより、必須、と言うべきだろうか。
そうしなければ、すぐに朽ち果てるだけ。
不死生物はその性質上、必ず人や動物を襲う。ゆえに、その存在は絶対に許されない――というのは人間の言い分。
リストレア魔王国では、全ての不死生物が魔王軍に属する事を義務付けられる。
戦闘向きの人員は普通に軍人として働き、戦闘向きでない人員は鉱山の他、木の伐採など、単純だが力の必要な――そして生き物を相手にしない――作業を中心に働いている。
開墾や整地以外の農作業に不死生物を使えないのは、作物や土中の微生物さえも魔力を吸収し殺してしまうからに他ならない。
ゆえに、不死生物が群れ、居座れば、いずれその土地は生き物の住まぬ、緑さえも失われた荒廃した土地へと変わる。
それでも、呼吸も食事も睡眠も要らない不死生物の特性を生かして、彼らは昼夜を問わず、生者にとっては危険な場所での労働にいそしんでいる。
人間の国では、不死生物は無条件の討伐対象だが、この国においては貴重な労働力だ。
そして、その見返りに、生者からの魔力供給を受ける。
「魔力供給なら、私がするよ?」
「……出来るのか?」
「うちのバーゲスト達は私の魔力供給受けてるよ」
リズが冷めた目で私を見る。
「頭とかお腹撫でてるだけじゃないですか……」
「だって、それで出来てるし」
「まあ、肌と肌が触れてればそれでいいしな……粘膜接触の方が効率がいいという俗説を聞いた事もあるが……」
「え、レベッカと? じゃあ夜にしなきゃダメかな」
めくるめく妄想が広がる。
見た目はどう考えても犯罪。
「……何を想像した?」
「多分レベッカが想像した事と同じだと思うけど」
しかし、この世界に不死生物へ手を出す事を禁ずる法律はないのだ。
ついでに言うと、最高幹部は軍務遂行に関する限り、ほぼあらゆる法律に縛られない。
そして部下の魔力供給は――軍務だ。
「俗説だと言ったろう……」
「まあそれはいいや。――つまり、レベッカに触り放題って事だね?」
私は微笑んだ。
「急だが、やはり今日行ってくる。明日には帰るから――」
「やだなあ、レベッカ」
早口で言って立ち上がろうとするレベッカに対して、ジェスチャーで座るように促した。
渋々とレベッカが浮かせていた腰を落ち着ける。
「君は私の護衛も兼ねている。君が外出すれば、その間、この屋敷の守りが薄くなる。それは"第六軍"の長として、許容出来る物ではないな」
一つ一つ、単純な事実を積み重ねて、彼女の逃げ場を塞いでいく。
「今日は正論を使わせてもらうよ?」
「……正論が通用しない相手もいる、と言っていたよな?」
「うん」
頷いた。
「私はそうだよ。でも、レベッカはそうじゃないよね? 君が正論を認めないと言ったら、君の判断基準は君自身にとって信頼に足るものではなくなる。……そうする?」
レベッカがじとーっとした視線を向ける。
私が言っている事は正論であるし、階級差もあるので、せめて視線で抗議するといったところか。
その可愛い抗議を気にせず、私は胸元に手を当てて宣言した。
「ちなみに私は、『私の気に入るように面白おかしく』が判断基準だよ」
「最低の判断基準だな」
「褒めてくれてありがとう」
「これっぽっちも褒めてないぞ」
さらに湿度を増した目で私を見る。
しばらくそうしていたが、私が笑顔を崩さないのを見ると、視線をそらした。
「……はあ」
レベッカが、わざとらしくため息をついた。
「分かった。だが、変な事はするなよ」
「そう言われるとしたくなるけど……」
「……やはり外出許可を申請してもいいか?」
「しないってば。嫌われたい訳じゃないし」
そこでリズが話に入ってくる。
「マスター。私、実は、マスターの殺害許可を頂いたままなんですよ」
「だからしないってば。……ところでそれ、薄々知ってたけど初耳だよ?」
とても重大な事をさらりと言うリズ。
「ええ。今、お伝えするべきかと」
「私は一体何だと思われてるんだろうね」
「自分の気に入るように面白おかしく振る舞う非道の悪鬼だろ」
言い返せなかった。
私の部屋で、レベッカと二人きり。
天蓋付きのベッドに腰掛けて、膝の上にレベッカを載せ、両手を繋いでいる。
ちなみに普通、片手を繋ぐだけでいい。
「魔力だけはまあまあだな」
「これでも最高幹部ですから」
レベッカはもう少し照れるかと思ったのだが、諦めたのか思ったより普通だ。
しかし、膝の上に載せた身体に多少強張りを感じるのは、少しは緊張しているのだろうか。
「全く魔法的な能力はないと聞いていたのだがな……」
「まあ、魔法使いとして最高幹部になった訳じゃないから」
日常生活用魔法は一通り覚えた。
が、未だに攻撃魔法と防御魔法は使い物にならない。
「言ってる事微妙におかしいぞ……」
「これでも最高幹部らしく振る舞おうと日々努力してるんだよ」
訓練の甲斐あって、偉そうに喋るのと、仮面の目っぽい紋様をいい感じに光らせるのと、動作に合わせてローブの裾をひるがえらせたりはためかせたりするのは、随分と上手くなった。
「……今のこれが最高幹部らしい振る舞いとは、私には思えないがな……」
「気が合うね。私も思わないよ」
「じゃあやめてくれ」
「それは無理。今は大切なお仕事中だから」
レベッカの手を離し、後ろから細い体をぎゅっと抱きしめた。
「はああ~、可愛い女の子抱きしめてるだけでお給料が出るんだって! 本当に凄いよね!」
「言ってる事最低だぞ、分かってるか」
ポーズは甘いのだが、叩き付けられた言葉は辛辣極まりない。
癖になりそう。
「もうちょっとしたら報告が上がってくるから……そしたら真面目にお仕事するよ。それまでは死なないのがお仕事で、そのためにはうちの幹部さんの魔力供給をして、万全の状態にしておきたい。何かおかしいかな?」
レベッカの顔を覗き込んだ。
深紅の瞳が横睨みで私を見つめ返す。
「おかしくはない。ただ……聞こうか。魔力供給をなんだと思っている?」
「合法的に自分より小さい女の子を抱きしめられる絶好のチャンスだと思ってますけど、それが何か?」
「やっぱり最低だ……」
「これでも"病毒の王"で通ってますので」
「いや、そういう問題じゃないと思う……」
レベッカが正しい。
しかし、私は"病毒の王"。
理解の及ばない、恐怖そのもの。
なので、外見は年下の可愛い部下を後ろから抱きしめて、その幼い感触を堪能する事がお仕事だと言い張っても許される。
多分。