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病毒の王  作者: 水木あおい
1章
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竜の翼の音


 自室で書類仕事をしていると、ノックの音が聞こえた。


「入って、リズ」

 許可を出すと同時に、リズが素早く入室する。


 ちなみに聞く前にリズだと分かったのは、彼女と私しかこの屋敷にはいないというだけの話だ。


 目を通していた書類を机に置いて、顔を上げた。


「マスター。――悪い知らせです」

「どんな」


 色んなパターンが瞬時に頭を駆け巡った。


「ランク王国の現地活動班に犠牲者が出た模様。使者が来て、報告が入りました。詳細は不明ですが、取り急ぎ第一報を。館に来ておりますので、直接話を聞く事も出来ますし、私が聞いた後、まとめて文書化してお渡しする事も出来ます」


「直接聞く。案内して」


 立ち上がった。


「はっ……こちらです」

 リズが軽く頭を下げ、先導するのに付いていく。


「マスター。仮面は?」

「要らない」

「分かりました」



 謁見室に入る。

 赤絨毯が敷かれ、一段高い段と、そこに置かれた椅子があるだけの部屋だ。


「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様がお見えです」


「あ……"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様……? ご無礼を。このような……見苦しい姿で……」


 椅子の前の床にへたり込んでいるのは、焦げ茶のフードをかぶった男のダークエルフだった。全身のそこかしこに乾いた泥がこびりつき、ボロボロで、疲れ果てているように見える。

 立ち上がろうとして、失敗するほどにふらついていた。


「そのままでいい。見苦しい事などあるものか。すまないが、休む前に話を聞かせてくれ」

 手で制し、座り込んだままの彼の近くへと歩み寄る。



「"ドラゴンナイト"が出てきました……」



「……どうなった?」


 ――"ドラゴンナイト"。


 三大国の一つ、ランク王国の誇る、最高戦力。

 大空を自在に舞うドラゴンを駆る竜騎士達。

 その数は、実に百騎を超える。


「こちらの飛行型不死生物(アンデッド)十四、及び各二ずつの随伴死霊(レイス)がやられました」


「……死んだ、のか?」

「はい」

 彼は、力なく頷いた。


「全滅……です。私以外……」


 目の前が、真っ暗になった。


 失った……!


 戦力を!

 機会を!!


 部下を!

 仲間を……!!


 怒りと、後悔が、内臓を滅茶苦茶に掻き乱していく。

 吐きそうだ。あるいは、心中を全て吐き出してしまいそうだ。


 手近な何かを殴りつけるか、誰かを怒鳴りつけたくなる衝動を、右の手のひらを強く口元に押し当てる事で全て身の内に抱え込む。


 そのまま椅子に腰掛けた。

 動作は自然と乱暴になり、がたん、と音を立てる。


「ろ、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様……」


「……残存の、戦力は。生き残りは、いるのか。擬態扇動班は?」


 自然と、固い声と口調になる。


「は、はい。擬態扇動班は全員無事です。暗殺班は、さっき言った通り、移動用の飛行型不死生物(アンデッド)が全滅、同時に死霊(レイス)が二十八名やられ……他に、地上にいた者もダークエルフと獣人、あわせて二名がやられました。私一人を残して……ほぼ、全滅いたしました」


 報告を終えると、うなだれる。長い耳も力なく下げられていた。


「そうか……」

 椅子から立ち上がる。



「ありがとう」



「……は?」


「よく生き残ってくれた。よく、帰還してくれた。よく、報告してくれた」

 歩み寄り、膝を突いて、彼の手を両の手で握り込んだ。


「本当にありがとう」


「そのような! そのようなお言葉ッ……!」

 悲鳴のような声で、勢いよく首が振られた。


「自分は失ったのです! 部下を……仲間を、みすみすっ……!」


「私の命令だ。――部下を失ったのは、私のせいだ」


 自分が、非道を行っているという理解はある。だが、それは敵国だ。敵の国の、自分達とは違う、自分達を殺す事を許容した国の住民相手に、だ。


 これは、違う。


 命令を下した時、知っていた。

 全員が帰ってくる事はない。

 犠牲のない作戦などない。

 犠牲のない戦争など、ない。


 安全を最優先させてなお、それでも。


 そして死ぬのは、最前線の部下なのだ。



「責めてくれて構わない」



「誰が……誰がそのような……」

 うつむいた顔がフードに隠れる。

 フードでも隠せない涙が、頬を伝うのが見えた。


「誰がそのような……」


 彼の肩に、そっと手を置く。

「後でまた、詳細をリズにも話して報告をまとめて欲しい。……だが、一日は休んでくれ」


「はい……」



 彼が退室すると同時に、天を仰ぎ、両目を両の手のひらで覆った。


「人間共めっ……!」


 怨嗟の声が漏れる。


 ランク王国内に派遣した暗殺班の一つから、飛行系の不死生物(アンデッド)を使っての、上空からの攻撃が上手く行っていると報告を受けたのは、つい三日前の事だ。


 物流の中継になっている都市を攻撃したと聞いた。

 大岩を落とし、倉庫の屋根を破壊してから、馬の死体を放り込んだとか。


 現場からの発案であり、事後承諾に近い報告だった。

 けれど、現地活動班にはそれだけの権限を与えている。

 効果の大きそうな作戦を発案し、実行出来る部下を頼もしく思ったものだ。


 それは、つい三日前の事だ。



 効果は絶大だったのだろう。



 敵に、切り札を投入する事を決意させるほどに。


「……リズ」


「はい、マスター」

「ランク王国での、攻撃の手を緩めるべきか否か。どう思う?」


「……マスターの好みの答えと、そうでない答えがあります」

「その順番で、両方頼む」


「下げれば、損耗はなくなります。"ドラゴンナイト"が出てきた以上、軽はずみな行動を行うべきではありません」

「うん」

 頷いた。


「……もう片方、よろしく」

「攻撃を続けるべきです。もう、空を飛べない事を前提に作戦を以前の物に戻し、編成を組み直しましょう」


「……また、死ぬかもしれない」

「元より覚悟の上です」


「私の……覚悟じゃないんだ」

 口の中に、苦い味が残っていて。


「覚悟、してる、つもりだったけど」

 胸の奥が、ひどく痛んだ。


「慣れないんだ。慣れないんだよ」


 これほどの被害を出したのは、初めてだ。

 けれど、今までだって部下を何人か失った。


 その度に、私はこの苦さと痛みを味わった。


「自分の命令が、味方を殺すのにだけは……」


「――だからこそ、です」

 リズが、静かに、けれど力強く断言した。



「私達が、その覚悟はします。私達はリストレア魔王国の軍人。そして"第六軍"の長たる"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の名の下に戦っています」



 彼女の目には、何の迷いもなかった。


「お命じ下さい。あなたのために戦えと。あなたのために死んでこいと」


 前線を知らぬ者の口から出たとすれば、あまりにも心ない言葉だった。

 けれど、彼女は近衛師団の中でも、折り紙付きの叩き上げだ。


 立場ある者も、そうでない者も、命令に従って暗殺し続けた、生え抜きの精鋭暗殺者(アサシン)

 "薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"の名は、酒場の与太話が元と聞いてはいるが、同時に与太話の方が真実に近いという事も知っている。


「……私に、そう命令しろって?」

 彼女の言葉は、きっと正しい。


「――私を信じてくれるもったいない奴らを死地に追い込めって? 炭鉱のカナリアをやれって、命じるのか?」


 それでも、正しさとは、心が痛くない事を意味しない。


「……はい」

 それを分かっているのだろう。リズも、表情を引き締めたまま、顔を伏せて一礼した。


「でも、そうしろとは言いません。戦力の温存が、正しいかもしれません」


 正しい事が、誰の目にも分かればよかった。


「何が正しいかは、分かりません」


 この胸の痛みが、正しさを教えてくれるのなら。


 痛くないという事が正しさの証明ならよかった。

 せめて、痛い事が正しいという事ならよかった。


「……理性と、感情……判断基準にどっちを使っても後悔するな……」


 理性は、攻撃を続けろと言う。

 感情は、今すぐ部下を安全地帯まで逃がせと言う。


 決めなければ、ならない。

 何が正しいかを、考えて、決めて。

 そして命令するのが。


 指揮官の――魔王軍最高幹部、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"としての、私の仕事だ。


「まずは詳しい報告を聞いてからにしよう。なるべく多く情報が欲しい」

「はい」


「でもリズ、多分、私は必要なら……」

 少し迷って、そのまま言葉を続けた。



「死んでこいって命令するよ」



 そして顔を伏せる。

「でも、部下には一人も死んで欲しくないって……思うんだ」


「それは、マスターのいい所ですよ」

 リズが微笑んだ。



「そういう方だからこそ、あなたの命令に従う者達がいるのです」



「……そうか」

「そうです」


「私も、少し休む」

 椅子から立ち上がった。


 胸の奥が、痛んで。

 私を信じた人が、何十人か、いなくなったという事が、寂しくて。

 私はリズの方を見た。



「……一緒に寝る?」



「隣で寝るだけなら」

「それでいい。お願い」




 自室の豪華なベッドで、私は眠れないでいた。


 清潔なシーツも、ふかふかの掛け布団も、光を遮る天蓋のカーテンも、普段なら安眠を約束してくれる要素なのに。

 窓と天蓋の、二重のカーテンの隙間から部屋に忍び込む月明かりが、私の目を闇に慣れさせていく。

 私の横で、目を閉じて静かに寝息を立てるリズの顔を眺めた。


 声を掛ける。


「リズ。起きてる?」

「今目が覚めました」


 ぱちりと目を開けるリズ。

 必要とあれば、いつでも好きな時に眠れる訓練と、いつでも起きられる訓練を積んでいる――との事。


「……眠れないんだ」

「私に、何か出来る事はありますか?」



「抱きしめていい?」



「……いいですよ」

 リズが布団を持ち上げて、スペースを作ってくれる。


 距離をゼロにして、彼女の背に腕を回す。

 彼女の肩に額を当てるように体を丸め、寄り添った。

 もう一度、目を閉じる。


「マスター、冷たいですね」

「リズは、あったかいね……」


 じんわりとしたぬくもりが、心と体のこわばりを取っていく。


 それ以上口を動かすのをやめて、意識的に、ゆっくりと、そして深く規則正しい呼吸をする。

 後は、ぬくやわこい感触に身を委ねていればよかった。


 さっきまで眠れなかったのは、一体なんだったのかと思うぐらいに、私はするりと眠りの世界に落ちていった。



「マスター?」

 リーズリット・フィニスが、自分に抱きついて一分もしない内に寝息を立て始めた主を、小声で呼ぶ。 


「抱き枕になった甲斐は、あったみたいですね」


 起こさないように気を付けて、少し布団を引き上げて……そこでふと思いついて、そっと黒髪を撫でた。


「……おやすみなさい」


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[良い点] 物語の核となりうる回。 マスターの慟哭。 >痛くないという事が正しさの証明ならよかった。 せめて、痛い事が正しいという事ならよかった。 ずしんとくる言葉。 [気になる点] 副官リズの…
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