特別な一枚
私は行動が迅速で的確(で非道)だと評判な最高幹部なので、ブロマイド販売に関する、諸々の手続きをスムーズに済ませた。
というか、陛下に許可を貰って、後は王城の財政を握る人達にぶん投げた。
何を面倒な事を、みたいな目で見られたが、私はそんな視線を跳ね返せないほど柔な最高幹部ではない。
リズにもよく、「マスターは本当に面の皮が厚いですね。ある意味尊敬します」と褒められる。
大もうけ、までは無理だしやりすぎとしても、多少財政に潤いを与えるぐらいなら十分狙える。
というわけで、一週間もしないうちにプロジェクトはスタートし、私はここぞとばかりに最高幹部の権限を遠慮なく使い、初刷りを手に入れた。
「レベッカ。こういう物売り出す事になったから」
「なんだこれ……え、売り出す?」
レベッカに見せると、レベッカが困惑しかない顔を向けてくる。
「私達の懐には一銭も入らないけど問題ないよね」
「とりあえず拒否する。いや、金の問題ではなくてな」
「悪いけど、"第一軍"から"第五軍"まで、私以外の魔王軍最高幹部全員の許可は貰ってきたから」
「……は?」
「正確には、陛下の全面的な賛成と協力ね」
「なんだって?」
「陛下はなんか楽しそうだったよ」
「長生きすると娯楽に飢えるようになるからな……戦争中だし……」
「まあ、ある意味お遊びの案件だしね」
それほど長生きしていない私でも、この殺伐とした情勢には心が荒み、隙を見て癒やしと潤いを求めたくなるのだ。
建国時より四百二十年の長きに渡ってこの国のトップを務めている魔王陛下ともなれば、もっとだろう。
「獣人軍や暗黒騎士団も賛成したのか?」
「ラトゥースは今国境の方だから。でも大丈夫」
「根拠は?」
「細かい事気にしなさそうだし、派手好きっぽいし」
「……まあ、そうかもな。暗黒騎士団は?」
「丁度王城に来てたみたいだから、私が陛下立ち会いの下、直接許可取り付けた」
「え? 暗黒騎士団長が? なんて言ってた」
「『馬鹿な事をやっているようだが、好きにするがよい』って」
暗黒騎士団長……ブリジットとは、いずれちゃんと仲直りしたい。
呆れたような目で見られたのは、相談もなしに"病毒の王"名乗って、非道を売りに最高幹部デビューしたの、まだ怒ってるのかな。
……私が彼女の立場なら、怒るな。
単純に、今回の案件が馬鹿っぽいせいかもしれない。
うん、そういう事にしておこう。
「諦めているな……」
「許可は許可です」
レベッカが頷いた。
「まあ、いい。好きにしろ」
言質も取ったので、レベッカに、彼女……『レベッカ・スタグネット』のブロマイドを二枚差し出した。
「直筆サイン二枚お願いね」
「……さいん……?」
「名前書いて。可愛くね」
「何に使うつもりだ……?」
ジト目で軽く睨むレベッカ。
「一枚は宣伝用、一枚は私的なコレクションに」
「やっぱり拒否してもいいか?」
「陛下も全面的に賛成し許可された、国民感情にも配慮した財政改善のためのプロジェクトで、公式に命令書にしてもいいレベルの案件だけど、拒否する覚悟は?」
「ないな……分かったよ」
レベッカが軽く肩をすくめる。
「可愛くとかは分からん。普通でいいな?」
レベッカがテーブルにつくと、時代がかった羽根ペンを手に取った。
この世界でも、羽軸にインクをつけて書く羽根ペンはとうに廃れた文化なので、正確に言えば羽根飾りペンだ。
「魂売り渡す契約書にサインするつもりで書いてくれればそれでいいよ」
「……本当にただのブロマイドなんだな?」
「本当にただのブロマイドだよ」
手を止めて見上げるレベッカに、頷いた。
そして、一枚のブロマイドを差し出す。
「後、これあげるね」
「なんだこれ」
「"病毒の王"の公式ブロマイド。サイン入りだよ! 大事にしてね!」
「魔除けにはなるかもな……」
冷めた目のレベッカ。
「なるほど。そういう売り方が」
「本気にするな」
暗殺者なので選考を通らなかったリズと同じく、サマルカンドとハーケンの発売は今回見送られたが、二人の所に寄ってきて、同じようにサイン入りブロマイドを押しつけ……じゃなくて、プレゼントした。
静かに涙をはらはらと流して押し頂いたサマルカンドと、顎の骨を打ち鳴らして爆笑したハーケン。
全くもって対照的な二人だが、最近よく一緒にいるし、これで馬が合うのかもしれない。
そして、最後の一人。
「リズ、プレゼント!」
私が差し出したサイン入りブロマイドは、二枚。
それを受け取ったリズが叫んだ。
「素顔バージョンはダメだって言ったじゃないですか!」
「いや、これは非売品だよ。直筆サイン入り、世界に一枚!」
工房に頼んで、一枚だけ、通常バージョンと同じポーズで仮面なしの、『シークレット素顔バージョン』を作ってもらったのだ。
「……世界に、一枚?」
「うん」
それに直筆サイン入りとなると、正真正銘世界に一枚。
「レベッカとサマルカンドとハーケンには公式の方のサイン入りあげたんだけどね、リズは、やっぱり特別だから」
「……私だけ、なんですか?」
「うん。……受け取ってくれる?」
いつも、こういう時、不安になる。
今回は物が物だし、私の好意とは、所詮ただの押しつけなのではないかと。
受け取ってくれないかもしれないし、受け取ってくれても、それは、ただ上司との間に波風を立てないための処世術なのではないかと。
迷惑なんじゃ、ないかって。
「……はい。仕方ないマスターですね」
リズは、笑顔で受け取ってくれた。
ちなみに、後日リズの部屋を訪れた時の事。
最初にあげた海賊版と、公式、それに一応公式だがシークレット、計三枚が綺麗な木製の額に入れられて、ベッドサイドに飾られているのを見つけた。