英雄達の肖像
ブロマイド販売の現状の視察へ、メイド服姿のリズと二人連れ立って再び街へ。
サマルカンドとハーケンは、離れた位置で警護に付いている。
なので、ちょっとデートみたい。
私が"病毒の王"の正装で、歩く先の人達が、怯えたように道を譲る事を除けば、だが。
なので、ちょっとモーゼみたい。
そして目当ての店に着くと、リズが声をかけた。
「……繁盛しているようですね」
「えっ……あっ、本物!?」
昨日と同じ店員さんが、私に気付いて狼狽する。
私を――"病毒の王"を確認した瞬間の対応が、素晴らしく素早かった。
滑らかな動作で土下座。
「申し訳ありませんでした!」
「その反応から察するに、これが、無許可であるという認識はあったのですね」
リズが土下座した彼女を見下ろして、言い放つ。
「……悪気は無かったんです……売り上げは全額『寄付』しますから、お願いだから毒虫の餌だけは勘弁して下さい……」
なお、私はまだ何も言っていない。
リズも、そんな事は言っていない。
リズに軽く手を振って合図し、長い耳を寄せた彼女にささやく。
「……なんかすっごく酷い人間になった気がするんだけど」
「必然ですよ。プロパガンダが上手くいっている事を喜ぶべきです」
リズが、私の耳に口を寄せてささやく。
中々聞く機会のない、ウィスパーボイスを堪能出来て嬉しい。
仮面を一撫でして、音声変換機能を、オンにした。
「面を上げよ。立つがよい」
地獄の底から響くような重低音だ。
「は、はい」
「こちらの要求は、即時の販売停止と――」
立ち上がった彼女に向けて、リズが発言するのを遮って宣言した。
「――こちらの要求は、一つだ」
リズと店員さん、それに周りの人達も、皆が私に注目している。
「魔王陛下と他の魔王軍最高幹部、及び上級幹部のブロマイドも販売せよ」
「はっ!? "病毒の王"様、何を!」
「……見逃して頂けるので? あ、売り上げ全額とかですか……?」
私はコツン、と杖の石突きを石畳に当てて、小さな音を鳴らした。
「誤解があるようだな……」
びくり、と店員さんの肩が震える。
「私は"病毒の王"。どう噂されているかは知らぬ。だが、恐らくは我が二つ名通りなのであろう」
「はっ、はい……」
「しかし、私の力が向けられるのは敵である人間のみ。まして、国民の正当な対価をピンハネしようなどと浅ましき性根は有しておらぬ」
「ははーっ!」
頭を下げる店員さん。
気持ちは、ちょっぴり時代劇。
「許可は公式に取り付けておこう。必要とあらば、記憶映像を提供してもよい。それゆえ、多少は売り上げから頂く事になるだろうが、それも正当な商取引や、税金の範疇に収めるつもりだ」
「それはもちろんでございます!」
「ちょっと、"病毒の王"様!?」
「よいな?」
「……は。"病毒の王"様のお言葉とあれば」
リズが頭を下げる。
ちょっとすまない気分になる。
が、打ち合わせしていなかったのが悪いと思う。
「……あの。どうして、そこまでしていただけるので?」
「まだ戦争は続く。……国民には厳しい生活を強いるであろう」
この国は、ずっと戦争をしている。
常に、不安を抱えている。
物理的にも、精神的にも、負担は大きい。
そんなものがなければ、この世界はどれほど素晴らしかっただろう。
色んな種族が、各々の得意分野を生かして、争わず、手を取り合って生きる事が出来れば。
それは、どんなに。
「希望が必要だ。勝つために。勝った後に良き未来を築くために」
だから、私はそれを見たい。
それを、私が見る事は、ないかもしれないけれど。
それでも、そのために、戦いたい。
戦うなら、そんな理由がいい。
「そのために我らは戦っている。……我らの姿が国民の慰めになるのなら、これほど嬉しい事はない」
首元に下げた、三種の護符を握り込んで、少し顔を伏せた。
嘘ではないけど、少し恥ずかしい。
このブロマイド、沢山の人が買ってるんだよな。
「"病毒の王"様……」
目が潤んでいる。
「はいっ! 全身全霊を懸けて売りまくります!」
「だがしばし待て。陛下に許可を頂くまではな」
「分かりました。本当にありがとうございます!」
「また寄らせてもらおう……」
「お待ちしております!」
私は、歓声と声援に、背を向けた。
帰り道、二人きりになったところで、三歩後ろを歩いていたリズが小走りで距離を詰め、隣に並ぶ。
「仮面外していい?」
「いいですよ」
許可が出たので、仮面を外して、懐にしまう。
「……あれで良かったんですか?」
「いいんだよ。言ってる内容に間違いはないんだから」
そう、間違いはない。
けれど。
「でもごめんね。相談してから言うべきだったね」
「いえ、いいですよ。対応は決めておりませんでしたし、あの程度なら普通のイメージアップも良いでしょう。あんなものが民間から売られるぐらいですし、そろそろ国内向けには、方向性を転換するべきかもしれません」
「私の世界にも似たような商品あったんだけどね」
「はい。新商品のアイデアですか?」
「ランダムに握手券を付けて売るってどうかな」
「……あの、握手券ってなんですか?」
「それが当たると、握手してもらえるの」
「それはやりすぎです」
「じゃあ、陛下と最高幹部と幹部級メンバーで人気投票をしてね。そのための投票権をブロマイド一枚ごとに一口封入するっていう」
「それもやりすぎです。後、不敬って言葉知ってます?」
リズの言葉が正論すぎた。
少し気になるが、個人的には最高幹部限定ならブリジット一択。
幹部級も入るとなると、まだ見ぬ可愛い子がいるかもしれないが、やはりレベッカは捨てがたい。ベテランなのでまず候補に挙がるだろう。
リズが入るなら、やはりリズに一票を入れよう。
でも暗殺者なので、顔出しNGかもしれない。
なんて事を考えていると、リズがしみじみと呟いた。
「……マスターの世界は、やっぱり狂ってますね」
リズがそう言うと、いつも少しだけ思う事がある。
狂っているのは、どちらの世界なのだろう、と。