国家のためにもふもふするお仕事
「マスター。そのー……ご面倒をお掛けしますが、マスターはちょっと喜びそうな案件が」
「何その複雑そうな案件」
面倒な案件です、とか、良いニュースですよ、とか、今までもそういう言い方は聞いていた。
しかし、これは初めて。
「バーゲストを三十匹、受け入れてほしいと」
「お受けして、リズ」
頷いた。
「詳細を聞いて下さい」
「分かった。詳細を」
「各地で『番犬』として使われているのを、こちらへとりあえず三十匹預けたい、と。報告が上がっている、前線でのバーゲストとの連携による戦果が素晴らしいとの事です」
「ええと、私は何をすればいいの?」
首を傾げる。
リズが、一瞬だけ動きを止めた。
そしてため息をつく。
「好きなだけもふもふして下さい」
「……リズ。それは正式な命令?」
「まず、命令ではありません。あくまで依頼です。ええと……大雑把に訳しますが、『手腕を見込んで、バーゲストの調練をお願いしたい』との事ですね」
「それで、なんでもふもふ?」
私がたまに使っている、ゆるふわな言葉だ。
付き合いの長い副官さんと言えど、プライベートならまだしも、誤解のないように用件を伝える際に使う言葉ではない。
――本当にもふもふするのでなければ。
「個人的には認めたくないのですが、マスターの『手法』が効果的だと認めざるを得ません。二度目があるかは分かりませんが……正直、マスターに任せます。重要な案件以外、『仕事』です」
「リズ。私に本当にそんな許可を出していいの?」
「国家のためです」
国家のためにもふもふするお仕事。
とても"病毒の王"のお仕事とは思えない。
「分かったよリズ。私は仕事熱心な最高幹部だからね。国家のために全力を尽くす所存だとも!」
「……私は……マスターの事を疑っておりませんし……その言葉が本心だという事も分かるつもりですが……今まで聞いた中で、一番元気な宣言ですね……」
どことなく死んだ目のリズ。
「癒やしが足りないよ。一緒にもふもふしよう」
「それは命令ですか?」
「どう取るかは任せるよ」
「……はい」
数日後、ひとまずは十匹という事でバーゲストが送られてきた。
様子を見ながら増やしていくらしい。
「それでは……」
ぺこりと頭を下げて、御者が鞭を振った。
空っぽの荷馬車が走り去っていく。
周囲を固めるのは、揃いの黒い全身甲冑を着て、騎乗した十名の暗黒騎士だ。
リストレア魔王国において、騎乗した騎士というのはごくわずかだ。
単純に、馬が貴重なのだ。
放牧に適した土地は少なく、家畜を襲う魔獣は数知れず。
それでも細々と飼育されている馬は、そのほとんどが馬車と、荷馬車用に割り当てられる。
その中で、馬体が大きく戦馬として相応しいと判断されたごく少数の馬が選抜・育成されている。
しかしそこまでしても、攻撃魔法が飛び交い、身体強化した戦士達が切り結ぶ戦場において、騎兵に絶対的な優位がない。
しかし、しかし――それでも、騎馬と鎧と剣とにスムーズかつ有機的に強化魔法を配分する事が出来れば。
『人馬一体』を実現すれば。
機動性に優れ、馬上から相手の頭部へ武器を打ち下ろし、戦鎚に等しい軍馬の蹄によって非装甲戦力を容易く蹴散らす。
多くのダークエルフの子供が一度は寝物語に聞き、大それた夢と思いつつ、それでもなお憧れる。
それがリストレア魔王国暗黒騎士団の、重装騎兵だ。
馬次第なので多少数は変動するが、五十騎に満たない最精鋭。
普段は、王都を拠点としつつ、国内の魔獣対策に、地方を巡回警備している。
文字通り、リストレアの守り手だ。
それが、十騎。
つまり、それだけの危険が想定されていたという事。
「マスター。何度も申しましたが、改めて申し上げます。黒妖犬は危険な魔獣であり、特に群れると危険度が跳ね上がっていきます。それゆえの段階的に数を増やす措置ですが……『十匹』という数は、通常安全とされる数の、限界に等しいという認識を強く持って下さい」
「多い時で、四十八匹いたよ?」
「気付くのが遅れたのは、首が飛びかねないミスですけどね……減る方は気を付けていたんですが、まさか増えるとは」
「私も知った時はびっくりしたけど」
「『びっくり』で済ませないで下さいね……。十匹以下が普通。二十匹で危険、三十匹で……街一つ滅びかねませんよ」
「そんな大袈裟な」
「五十匹でドラゴン並の脅威って言ったじゃないですか。偶然英雄クラスの戦士でも居合わせなければ、三十匹でも並の街の一つや二つ滅びますよ」
馬車より下ろされたばかりの、十匹のバーゲストが、遠巻きに私を見ている。
「どうしますか、マスター?」
「ひとまず慣れてもらうとして……よし」
足下のバーゲストの前に、膝を突く。
「遊ぼっか!」
ガシガシと頭を撫で、顎下を掻く。
気持ちよさそうに目を細める、前からいたバーゲスト。
「……新しく来たバーゲストは?」
「慣れるまでそっとしておこう。無理矢理『遊ばされて』も嫌でしょ」
なので、とりあえず『うちの子』を構い倒す。
しばらくそうしていると、おずおずと一匹が寄ってきた。
「お前も遊ぶ?」
聞くと、すっと頭が差し出された。
私は手を伸ばして、ゆっくりと撫でた。
最初の一匹が、ごろんとお腹を見せたのでそちらも撫でる。
そうしていると、残りの九匹も順番に寄ってきたので、私も順番に撫でる。
頭を撫で、顎下を撫で、首筋を撫で、背中を撫で、腹毛を撫で、たまに太い足を撫でさすり。
「……現実離れした光景ですね」
「うん! これだけ沢山の大型犬とたわむれる経験はなかなか出来ないよね。しかも全部真っ黒。家族みたいだよね」
「ええ、まあ……そういう意味ではないんですけどね……」
「ねえリズ。もふもふするのがお仕事って事は、つまりこの子達の腹毛を枕にして昼寝するのもお仕事だよね?」
「はい。間違いなく……間違いなくお仕事です」
認めたくない、と言外に言っているリズ。
しかし、認めてくれた。
なので、またごろんとお腹を見せた、多分最初の一匹の腹毛にそっと後頭部を当てる。
お互いに身をよじり、丁度いい場所を探す。
フードがずれ、腹毛が頬をさすった。
手を伸ばし、長い毛に指を差し込んで、ゆっくりと梳く。
抜けた手を、もう一度差し込んで、今度は手のひらでさわさわと撫でた。
残りの十匹が、わらわらと寄ってきて、団子になる。
「本当に現実離れした光景ですね……」
「なあリズ。一応連絡は受けていたが、『あれ』は何の真似だ?」
「レベッカ。マスターは今珍しく、やる気に満ち溢れてお仕事中です」
「いや、正直おかしいだろあれ」
「間違いなくお仕事中です。ですので今は言わないで下さい……」
「あ、ああ。分かった」