表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病毒の王  作者: 水木あおい
2章
63/574

国家のためにもふもふするお仕事


「マスター。そのー……ご面倒をお掛けしますが、マスターはちょっと喜びそうな案件が」


「何その複雑そうな案件」


 面倒な案件です、とか、良いニュースですよ、とか、今までもそういう言い方は聞いていた。

 しかし、これは初めて。



「バーゲストを三十匹、受け入れてほしいと」



「お受けして、リズ」

 頷いた。


「詳細を聞いて下さい」

「分かった。詳細を」


「各地で『番犬』として使われているのを、こちらへとりあえず三十匹預けたい、と。報告が上がっている、前線でのバーゲストとの連携による戦果が素晴らしいとの事です」


「ええと、私は何をすればいいの?」

 首を傾げる。


 リズが、一瞬だけ動きを止めた。

 そしてため息をつく。



「好きなだけもふもふして下さい」



「……リズ。それは正式な命令?」


「まず、命令ではありません。あくまで依頼です。ええと……大雑把に訳しますが、『手腕を見込んで、バーゲストの調練をお願いしたい』との事ですね」


「それで、なんでもふもふ?」


 私がたまに使っている、ゆるふわな言葉だ。

 付き合いの長い副官さんと言えど、プライベートならまだしも、誤解のないように用件を伝える際に使う言葉ではない。


 ――本当にもふもふするのでなければ。


「個人的には認めたくないのですが、マスターの『手法』が効果的だと認めざるを得ません。二度目があるかは分かりませんが……正直、マスターに任せます。重要な案件以外、『仕事』です」


「リズ。私に本当にそんな許可を出していいの?」



「国家のためです」



 国家のためにもふもふするお仕事。


 とても"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"のお仕事とは思えない。



「分かったよリズ。私は仕事熱心な最高幹部だからね。国家のために全力を尽くす所存だとも!」



「……私は……マスターの事を疑っておりませんし……その言葉が本心だという事も分かるつもりですが……今まで聞いた中で、一番元気な宣言ですね……」


 どことなく死んだ目のリズ。


「癒やしが足りないよ。一緒にもふもふしよう」

「それは命令ですか?」


「どう取るかは任せるよ」

「……はい」




 数日後、ひとまずは十匹という事でバーゲストが送られてきた。

 様子を見ながら増やしていくらしい。


「それでは……」


 ぺこりと頭を下げて、御者が鞭を振った。

 空っぽの荷馬車が走り去っていく。


 周囲を固めるのは、揃いの黒い全身甲冑を着て、騎乗した十名の暗黒騎士だ。


 リストレア魔王国において、騎乗した騎士というのはごくわずかだ。


 単純に、馬が貴重なのだ。

 放牧に適した土地は少なく、家畜を襲う魔獣は数知れず。


 それでも細々と飼育されている馬は、そのほとんどが馬車と、荷馬車用に割り当てられる。


 その中で、馬体が大きく戦馬(ウォーホース)として相応しいと判断されたごく少数の馬が選抜・育成されている。


 しかしそこまでしても、攻撃魔法が飛び交い、身体強化した戦士達が切り結ぶ戦場において、騎兵に絶対的な優位がない。


 しかし、しかし――それでも、騎馬と鎧と剣とにスムーズかつ有機的に強化魔法を配分する事が出来れば。

 『人馬一体』を実現すれば。


 機動性に優れ、馬上から相手の頭部へ武器を打ち下ろし、戦鎚に等しい軍馬の蹄によって非装甲戦力を容易く蹴散らす。


 多くのダークエルフの子供が一度は寝物語に聞き、大それた夢と思いつつ、それでもなお憧れる。

 それがリストレア魔王国暗黒騎士団の、重装騎兵だ。


 馬次第なので多少数は変動するが、五十騎に満たない最精鋭。


 普段は、王都を拠点としつつ、国内の魔獣対策に、地方を巡回警備している。

 文字通り、リストレアの守り手だ。


 それが、十騎。 



 つまり、それだけの危険が想定されていたという事。



「マスター。何度も申しましたが、改めて申し上げます。黒妖犬(バーゲスト)は危険な魔獣であり、特に群れると危険度が跳ね上がっていきます。それゆえの段階的に数を増やす措置ですが……『十匹』という数は、通常安全とされる数の、限界に等しいという認識を強く持って下さい」


「多い時で、四十八匹いたよ?」


「気付くのが遅れたのは、首が飛びかねないミスですけどね……減る方は気を付けていたんですが、まさか増えるとは」


「私も知った時はびっくりしたけど」


「『びっくり』で済ませないで下さいね……。十匹以下が普通。二十匹で危険、三十匹で……街一つ滅びかねませんよ」


「そんな大袈裟な」


「五十匹でドラゴン並の脅威って言ったじゃないですか。偶然英雄クラスの戦士でも居合わせなければ、三十匹でも並の街の一つや二つ滅びますよ」



 馬車より下ろされたばかりの、十匹のバーゲストが、遠巻きに私を見ている。



「どうしますか、マスター?」

「ひとまず慣れてもらうとして……よし」


 足下のバーゲストの前に、膝を突く。


「遊ぼっか!」


 ガシガシと頭を撫で、顎下を掻く。

 気持ちよさそうに目を細める、前からいたバーゲスト。


「……新しく来たバーゲストは?」

「慣れるまでそっとしておこう。無理矢理『遊ばされて』も嫌でしょ」


 なので、とりあえず『うちの子』を構い倒す。


 しばらくそうしていると、おずおずと一匹が寄ってきた。


「お前も遊ぶ?」


 聞くと、すっと頭が差し出された。

 私は手を伸ばして、ゆっくりと撫でた。


 最初の一匹が、ごろんとお腹を見せたのでそちらも撫でる。


 そうしていると、残りの九匹も順番に寄ってきたので、私も順番に撫でる。


 頭を撫で、顎下を撫で、首筋を撫で、背中を撫で、腹毛を撫で、たまに太い足を撫でさすり。



「……現実離れした光景ですね」



「うん! これだけ沢山の大型犬とたわむれる経験はなかなか出来ないよね。しかも全部真っ黒。家族みたいだよね」


「ええ、まあ……そういう意味ではないんですけどね……」


「ねえリズ。もふもふするのがお仕事って事は、つまりこの子達の腹毛を枕にして昼寝するのもお仕事だよね?」


「はい。間違いなく……間違いなくお仕事です」


 認めたくない、と言外に言っているリズ。

 しかし、認めてくれた。


 なので、またごろんとお腹を見せた、多分最初の一匹の腹毛にそっと後頭部を当てる。

 お互いに身をよじり、丁度いい場所を探す。


 フードがずれ、腹毛が頬をさすった。

 手を伸ばし、長い毛に指を差し込んで、ゆっくりと梳く。


 抜けた手を、もう一度差し込んで、今度は手のひらでさわさわと撫でた。


 残りの十匹が、わらわらと寄ってきて、団子になる。



「本当に現実離れした光景ですね……」



「なあリズ。一応連絡は受けていたが、『あれ』は何の真似だ?」

「レベッカ。マスターは今珍しく、やる気に満ち溢れてお仕事中です」


「いや、正直おかしいだろあれ」


「間違いなくお仕事中です。ですので今は言わないで下さい……」

「あ、ああ。分かった」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あつまれ!黒犬さんの巻 わーい♪ [気になる点] >「慣れるまでそっとしておこう。無理矢理『遊ばされて』も嫌でしょ」 レベッカには適用されなかった… [一言] リズ、詳細の説明必要?で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ