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病毒の王  作者: 水木あおい
2章
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信頼に足るもの


「あ、レベッカ。散歩でも行かない?」


 気分転換に自室を出たところで、たまたまレベッカがいたので声をかけた。


「なんだ。リズに外出許可は取ってあるんだろうな」


「いや、散歩って言っても庭先をぶらぶらとね」

「まあ、構わないが」


「ありがと。じゃあ行こうか」




 庭に出ると、バーゲストが足下に寄ってきたので、軽く首筋を撫でた後、引き連れてゆっくりと歩く。


黒妖犬(バーゲスト)……話には聞いていたが、本当に安全なんだろうな?」


「安全だよ。大体、今はこの子一匹だけだし」


 黒妖犬(バーゲスト)を使役するに当たって、安全限界は十匹とされる。

 しかし、接触相手から吸収した魔力を糧に数を増やすという性質上、構い倒している内にいつの間にか増えて、一番多い時で四十八匹いた。


 それが、今手元にいるのはたったの一匹。

 けれど、この子が王城へ助けを呼びに走ってくれたからこそ、私は今生きているのだ。


 二人共無言で歩いていたが、レベッカが口を開いた。


「……本当にただの散歩だな」


 確かにただ庭を歩いているだけだ。


 隣のレベッカの、割と下の方にある頭に載っている、きらきらと日の光を浴びて輝くティアラの精緻な細工とか、ピンと伸びたエルフ耳とか、小さくて愛らしい顎のラインなどを鑑賞しながら、だが。


「歩くだけで、楽しいのか?」


 ちらりとこちらを見やる深紅の瞳を、見つめ返す。


 バーゲストに加えて、彼女もまた楽しい要因の一つなのだけど、それはそれとして、私は普通に答えた。


「ちょっと体を動かすだけでも、結構気分が変わるものだよ。おうちの中で陰惨な計画立ててばっかだと、それこそ非道の悪鬼って呼ばれかねないし」


「それはもう呼ばれていると思うし、それが仕事なのでは?」

「まあね」


 頷いた。


 自分が非道の悪鬼と呼ばれ、恐れられたり頼りにされたり罵られたりする未来は、この世界に来る前の私は、一ミリも思い描いたことがなかった。


「それにね。レベッカはここでずっと過ごしてると思うけど、私はまだこの国に来て、一年ちょっとだから」


 季節がどんな風に移り変わるか。

 二年目の今年だからこそ、去年と同じ空気感に触れる事を、嬉しく思う。


 すっかりと秋だ。少し庭をぶらつくには、よい季節。

 この国の秋は、短いから。

 それを愛おしむのには、ほんのわずかな時間しかない。


「……そうだったな」


 レベッカのまとう空気が、少し真剣な物に変わった。

 私が感じた印象そのままに、彼女は真面目な口調で口を開く。


「聞いても、いいか?」


「散歩中の雑談の範囲ならね。私、今お仕事モードじゃないから、大抵の事は笑って流せるよ」



「……私は、お前をどのように信じればいい?」



「信じてないの?」


 軽く首を傾げる。


「誤解するな。私はお前の部下だ。"第六軍"の序列第三位を頂いた。立場を忘れる事はないし、仕事はする。これは、そのための信頼関係を築くための質問と思って欲しい」


「分かった」


 頷いた。


「……でも、難しいね。階級や立場じゃ、駄目?」


「それをかさに着て遊ばれた身としては、な」

「それはごめんね。つい魔が差して」


「つい……?」


「レベッカが可愛いのが悪いんだよ。全く。これだから美少女は」


「待て。なんで私が悪い流れになっている」


「それはもう。可愛さはそれだけで罪だから」

「危険思想すぎる」


「あはは」


 笑った。

 そして笑みを口元に留め、ゆっくりと唇を引き結ぶ。


「私はこんなだけどね。それでも――こんな私を、信じてくれる人がいるんだよ」


 何も、持っていなかった私を、友人と呼んでくれて。


 妄言に近い、真っ黒に歪んだ戦争計画を語る私を、最高幹部にまで取り立ててくれて。


 護衛として、副官として、メイドとして、陰日向なく働いてくれて。


 暗殺に来たその足で、忠誠を誓い、自らの命を盾としてくれて。



 そういった人達がいるから、私は今この立場にいる。



「私は、その信頼を裏切るつもりはない」


 一周して、玄関まで戻ってきていた。


「こんな感じで、どうかな?」


「……悪くは、ない」


「――ここから、お仕事モードで、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"として言おうか」


 玄関入り口の石段を登り、登り切ったところで振り返る。

 ばさり、とローブの裾がはためいた。 



「私を見ていろ」



 力強く宣言する。


「私は"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。"第六軍"、魔王軍最高幹部。この名前は、伊達や酔狂で名乗れるほど軽い名前でも、立場でもないぞ」


 この名は忌名。

 恐れられ、忌避されるための名前だ。


 この国の闇全てを束ねた存在として、あらねばならない。



「マスター。可愛い子にはかっこつけますよね」



 そこに、リズが現れて、玄関の扉を細く開けた隙間から、湿度高めの視線と言葉を向けてくれた。


「しー、リズ、しーっ!」

 人差し指を唇に当てて、黙ってなさいというジェスチャーをする。


 リズがため息をつきながら、扉を押し開けて固定した。

 そして、私の右斜め後ろに立つ。


 なんとなく、しっくり来るものを感じる立ち位置だ。


「……なあ、リズ。私は本当にこいつを信じていいのか?」

「当たり前じゃないですか」


 弾かれたようにリズを見上げたレベッカに、リズが微笑んだ。



「この方は"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。我らが魔王軍最高幹部。信頼に足るお方ですよ」



「……そうか」

 レベッカが、納得したという風に一つ頷いた。


「でもセクハラされたら言って下さいね。なるべく拒否して下さいね。あんまりな物は、実力で抵抗して下さいね」


「今、信頼に足ると言ったというのは私の記憶違いか?」

 リズと私をジト目でやぶ睨むレベッカ。


「レベッカには教えておきましょう。魔王軍最高幹部の選定基準は貢献度と指導力であり、『性格』や『素行』ではないのです」


「軍を辞めるのを検討するお言葉を頂いて感謝するよ」


「大丈夫大丈夫。私はこう見えても常識的な上司だよ」

「歩く非常識が何を」

 リズの辛辣な言葉にめげない。


「きちんとお給料は出すし、リスクとリターンを考えて、あんまり危険な任務はさせないよ。命令は明確に誤解させないように説明して、命令書と報告書をちゃんと作成するよ」


 実は、私が陛下に重用されているのは、書類周りが完璧、という一見地味な要素も大きい。

 もちろん、リズという優秀な副官さんの助けあっての事だ。


「……まあ、その辺は結構大事なんですが」

「それより大事な点があるような気がする」


「今の生活はお仕事がプライベートに食い込んでるからね。つまり、プライベートにもお仕事に食い込む権利があるって寸法だよ」


「いや、その理屈はおかしい」


「私は今からお仕事するけど。レベッカ。また遊んでね」

 手をひらひらと振って、部屋へ戻る事にした。


「……私は、『はい』と言うべきなのか?」

「一応。……まあ、慣れますよ」


「慣れたくない」

「慣れますよ……」


 リズの声が、妙に遠い所を眺めるような雰囲気に満ち溢れていたので、私は振り向かない事にした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どのように信じればいい? 漠然とした質問。それにゆっくり返すマスター。 空気感がいい。 [気になる点] 「かっこつけ」そんな言葉がでるリズの目に映るマスターは格好いいんだろうね それを他の…
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